表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
469/730

20

 美夜さんによると、子猫の美夜さんを引き取った夫婦は五年前に亡くなったという。孤児になった天風一族の猫には選択肢が二つ提示されるらしく、一つは新たな家族を人間に紹介してもらうこと、もう一つは自由猫として生きていくことだ。子猫の自分を引き取ってくれた夫婦をこよなく愛していた美夜さんは、自由猫になる選択をした。天風一族の自由猫は、自由猫の身分を示す首輪をすれば、コの字型の山に囲まれたこの地のどこで暮らしても良いという。美夜さんはこの地の平地部分が大好きで、好みを等しくする猫達と共同生活を始めたそうだ。その年の夏に虎鉄と出会い、出会うなり二匹は恋に落ち、そこからノロケ話第二段がしばし続いたのだけどそれは置き、俺は二匹に謝った。


「虎鉄がこの地で初めて過ごしたとき、ここで暮らしたいって言ったのは美夜さんと出会っていたからなんだね。虎鉄、美夜さん、引き離してしまい申し訳ございませんでした」


 そんなことないにゃ、そんなことないですよ、と盛んに否定する二匹が幸せオーラを燦々と放っていたのでピンと来て訊いたところ、推測どおりだった。虎鉄はこの地を去るさい、美夜さんにプロポーズしたそうなのである。美夜さんによると、虎鉄は自分が一時的な来訪者なことを過度に気にしており、そのせいでこの地の猫にプロポーズするつもりが無いことを他の猫づてに聞いていた。だからつがいにならずとも半年に四週間だけ一緒に暮らす恋猫のままで十分と思っていたけど、虎鉄がこの地を去る当日、突如プロポーズされることになった。番になる夢に諦めが付いた日の出来事だったため殊更嬉しく、その時の嬉しさが今も胸に残っている。だから謝らないでくださいと、美夜さんは訴えたのだ。そんな話をされたら、首を縦に振るしかない。了承した俺は、その代わりこちらから話題を振った。


「写真の地で暮らしても、今までどおり半年に四週間はこの地に帰って来る予定なんだよね。という訳で虎鉄と美夜さんは、ここと向こうのどちらで子猫を生みたい?」


 医療技術の進歩しているこの星では、地球のように犬猫を去勢しない。繁殖衝動を一時的に消し去る手術をするに留め、法的な飼い主が役所に届け出れば、ナノマシン薬を飲ませるだけで繁殖衝動を1シーズン呼び戻せる。その法的な飼い主の資格を、大人として自立した俺は得ることが出来たのだ。

 ただし飼い主には、法的な義務も生じる。それは、子猫の飼い主を探して役所に届け出ること。幸い天風一族は猫好きだし、虎鉄を大好きな人達も複数いるのでさほど苦労しないだろうと思われる。それにたとえ誰も見つからなかったとしても、俺はそこそこの高給取りらしいから全然平気だしね。

 という訳で俺としては至極当然のこととして「どちらで子猫を生みたい?」と問うたのだけど、思いがけず二匹はそれにパニックを起こした。子猫のうちに件の手術をされその記憶もないため、繁殖衝動と無縁の十数年を過ごしてきたそうなのである。だがやはり、この手のことに肝を素早く据えるのは雌なのだろう。先に平静を取り戻し、写真をジッと見つめていた美夜さんは、俺に顔を向けこう訊いた。


「写真の地で暫く暮らしてから決めていいですか?」


 否などあろうはずなく、その想いを全身で表現し虎鉄に向き直ったのだけど、虎鉄は頚椎が心配になるレベルの高速首肯を繰り返すばかりだった。どうやら、まだパニックを脱し切っていないらしいのである。とはいえ、17連続童貞人生の俺はもっとひどい状態になること間違いない。よってそれを正直に伝えたところ、虎鉄は平静を取り戻した。その平静な心がパニックへの羞恥を呼び覚まさせるより早く、ここを出発する日時について俺は虎鉄に相談した。

 というのも、戦士試験合格の報告とお礼をしに行く人達がまだ残っているため、虎鉄と美夜さんを今すぐ向こうに連れて行ったら夜9時まで放っておくことになってしまうのだ。かといって次の休日に連れて行こうにも、俺の次の休日はまだ決まっていない。という情報を伝えたうえで、出発日時に関する虎鉄と美夜さんの意見を聞きたかったんだね。賢い二匹はそれに、まずは何より情報収集という鉄則を選択した。


「危ない生物は向こうにいるかにゃ?」「大型の獣と蛇はいない。でも大型の鳥となまずはいて、油断すると危険だそうだ」「大型の鳥の数は、ここより多いかにゃ?」「同じくらいらしいよ」「向こうの今日の天候と、ここと比べた気候を教えてください」「天気は晴れ、気温はここと同じくらい。雨はここより少なく、強い風が吹く日も少ないようだね」


 二匹はその後も質問を続けてしばし話し合ったのち、今すぐ出発することを選んだ。虎鉄はその理由を、「子供達のためにゃ」と堂々と述べた。子育てに適した土地か否かの調査を半月後に延期するなど親の怠慢と、二匹は判断したみたいなのである。さすがは、俺より何年も早く成猫になった虎鉄と美夜さんなのだろう。ならば、善は急げだ。俺達は五家へ向かい秋宏さんに挨拶し、カレンに乗ってこの地を離れた。


 カレンはさっきより速度を出したらしく、10分経たず白銀台地に着いた。白銀台地というのは、虎鉄と美夜さんが考案した愛称。「翔の勤務地を秘密にするなら愛称で呼ばねばならないにゃ、もう考えているかにゃ?」と五家への道すがら虎鉄に訊かれ、こんな簡単なことを見落としていた自分に我ながら呆れているうち、白銀台地に決定してしまったのだ。もちろん反論したけど、美夜さんの賢さに負けた。「天風の猫達は、翔さんを白銀王と呼んでいます。生まれて来る子供達も『白銀台地生まれ』と広まれば、天風猫社会に受け入れられやすくなると思うのです。それとも白銀王の治める土地という意味の、白銀王国が良いですか? 母親としては子供達に箔が付く、白銀王国を望みます」 白銀王子ですらない白銀王の、しかも白銀王国を引き合いに出されたら、「どうか白銀台地で勘弁してください~」と泣いてすがるしかなかったのである。いやはや虎鉄、お前は賢妻をもらったよ。

 それはさて置き、虎鉄と美夜さんはこの地をすこぶる気に入ったようだ。土地もさることながら、風妖精と地妖精と水妖精の協力を得られたのが決め手と言えよう。大型猛禽類と中型蛇と、子猫を捕食する大型鯰の接近を、妖精達が教えてくれる事になったのである。妖精達の協力は俺にとっても堪らなく嬉しく、お礼をしたいと申し出たところ、


「「「「聖地の絵を見たい!!」」」」


 と声を揃えられた。妖精達は基本的にテレポーテーションできないから、オリュンポス山は伝説に謳われる憧れの聖地なのかもしれない。「任せて」と胸を叩いた俺は輝力工芸スキルを総動員し、可能な限り巨大かつ精巧なオリュンポス山の構築を始める。ありがたいことに母さんが助けてくれて、あの山特有の神気を纏った標高1千メートルの輝力製オリュンポス山が白銀台地に出現した。妖精達はよほど感動したのか、涙を流してオリュンポス山に手を合わせている。ふと気づくと風妖精と地妖精と水妖精の長老のみならず、なんとこの台地の土地神までもがそこに加わっていた。感謝してもらえたのは嬉しかったけど、多数の長老と無数の妖精の先頭に立った土地神の、


「感謝します、白銀王」


 には崩れ落ちるしかなかった。俺は必死で土地神に頼み、白銀王を取り下げてもらうことに成功したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ