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 などとほんのりイチャコラしているうち、カドリガが降下を始めた。垂直上昇を終えてから降下を始めるまで、3分かかかっていないはず。といっても秒速15キロのマッハ50未満だから、カドリガにとってはノロノロ運転だったと思われる。それはそうと、カドリガの名称は軍機かもしれない。数十年間お世話になるんだし、愛称を考えてみようかな。

 なんて感じにワクワク考えていたのだけど、俺には分不相応のF1マシンだからだろうか。愛称を思いつく前に、カドリガは深森宅の前に着陸したのだった。


 深森夫妻と小鳥姉さんは、俺の戦士試験合格を泣いて喜んでくれた。鈴姉さんと小鳥姉さんの涙にはある程度慣れていたけど、雄哉さんには驚いたというのが正直なところだ。それは女性陣にとっても同じだったらしく、「「子供達の結婚式以来ね」」と声を揃えていた。まったくもって、俺なんかにはもったいなさ過ぎの人達である。

 ここは真っ先に訪れた場所ですが報告とお礼をしたい人達が他にもいるのでどうか勘弁してください、と頼んだら三人は快く許してくれたと同時に、とても褒めてくれた。「人は一人では生きていけない」「翔に良くしてくれた人達へ」「報告とお礼をしておいで」 そういって送り出してくれた三人へ、車中から子供のように両手を振ってしまった俺だった。

 次に向かったのは、天風一族の本拠地だった。その道中、ヤベエ忘れてたと冷や汗を掻きつつ母さんに報告とお礼のテレパシーを送ったところ、誇張ではなく今生で最も後悔することになった。母さんに、さめざめと泣かれてしまったのである。でも誇張ではなく今生で最も後悔したことを正直に伝えたところ、「準四次元で行う次の授業で私のお願いを一つ叶えてくれたら許してあげる」との譲歩を得ることが出来た。その程度で泣き止んでくれるなら是非もない。願いを一つ叶えることを、俺は確約した。

 というテレパシー会話を終えふと気づくと、


「ん?」


 カドリガが空中で停止していた。窓に顔を近づけた俺の目に、眼下3万メートルに横たわる天風半島が映る。半島すべてが天風一族の私有地ゆえ、天風半島が公式名称になって久しいそうだ。それは置くとして空中に停止している理由を美雪に尋ねたところ、「酷く落ち込んでいる分隊長をカドリガが心配したのです」との事だった。俺は顔を両手でゴシゴシ擦り景気づけに頬を二度叩いて、カドリガに語りかけた。


「戦士になれた報告とお礼をしに行くのだから、あんな表情はしていられないよね。カドリガ、気遣ってくれてありがとう」


 車内の照明が、ふわりと明るくなった。おそらくカドリガには音声機能がなく、その代わり照明をふわっと明るくすることで自分の気持ちを伝えようとしたのだろう。高度3万メートルは、宇宙ではない。だが漆黒の宇宙の気配は如実に感じられ、そのような場所で柔らかな光に包まれたことへ思いを馳せていたら、柿本人麻呂の恋歌が不意に口を突いた。


「たまかぎる 昨日の夕べ見しものを 今日の朝に恋ふべきものか」


 美雪が、瞳を爛々と輝かせている。「意味が解るの?」と尋ねたところ、解らないけど素敵な恋の詩なことがひしひしと伝わってきたという。美雪も乙女だなあとニコニコしていたら、カドリガも美雪と同種の瞳をしている様子が脳裏をかすめた。ならば、歌の意味を紹介しないテはない。前世の記憶なのでかなり怪しいことを先に詫び、説明した。


「ほのかな光の中で、昨日の夕べに瞬刻お会いしただけなのに、今朝たまらなく恋しくなっている事があるのだろうか? いや、あるのだ。今の私のように。これは前世の故郷を代表する歌詠みの、柿本人麻呂の恋歌の一つでね。漆黒の宇宙の気配を感じる場所でふわりと明るくなった照明にほのかな光を想起し、それがこの歌を思い出させたのだと思う。うん、そうだな・・・」


 カドリガが気に入ってくれたらいいな、と思いつつ提案した。


「これから数十年も一緒にいるんだし、カドリガを愛称で呼びたいって深森邸への道中で閃いてさ。今の和歌で最初に心をかすめたのは恋の歌でレンカ(恋歌)だけど、レンカだと廉価を連想し、超高性能なカドリガとは真逆になってしまう。だからレンカも逆にして、カレンはどうだろう。超高速飛行を可憐にこなす、カレンだ。もちろん気に入らないなら、正直に言ってね」


 その直後、俺は笑い出してしまった。照明がギラギラになるやら車体が振動するやらになったからだ。いかにも嬉しげだったので訊くまでもなかったけど美雪に顔を向けたところ、「最高速度でこの星を一周しないと気が済まないレベルで興奮しているそうです」だそうだ。恋に興味津々だけど最高速度でこの星を一周したいだなんて、やんちゃな男の子みたいだな。いや小学三年生の頃の鶴のような、元気いっぱいの女の子の線もあるな。

 などと考えているうちカレンは降下を始めた。星一周を、諦めてくれたのである。十数秒後、俺はカレンにお礼を言い天風半島へ足を踏み出した。


 皆さんが勢ぞろいしている長期休暇にだけ訪問していたため、完全に失念していた。車外へ足を踏み出した俺を出迎えてくれたのは、学者ゆえに基地への勤務を免除されている秋宏さんを除けば全員、執事さんとメイドさん達だったのだ。言うまでもなく執事さんとメイドさん達にもお世話になっているから、とても嬉しかったけどね。

 秋宏さんの家の、応接間に招いてもらえた。戦士になれた報告とお礼に合わせ、橙についても説明していく。婿養子の秋宏さんと血は繋がっていずとも、茜さんのお爺さんを秋宏さんもとても慕っていたので非常に喜んでもらえた。また橙については、俺達がどちらも天風一族ではないからこそ、客観的に話し合えることがあるのも事実だった。「妻がいない状況でこれを翔君に訊けて良かった」 秋宏さんはそう前置きし、デリケートな質問をした。


「私と茜の息子の夏。鷹さんと綾乃さんの息子の鴇。橙君と鷲君は、天風一族の夏と鴇として、なぜ生まれなかったのでしょうか?」

「俺は、男の前世しか覚えていません。ですから血の繋がった祖父が息子として生まれてきた母親の気持ちや、血の繋がらない夫の祖父が息子として生まれてきた母親の気持ちを、まったく想像できないというのが本音です。けどその一方、男ゆえに想像できることもあります。それは息子として生まれてくる、橙と鷲の気持ちです。二人は俺に、こう打ち明けてくれました。『茜さんと綾乃さんに、申し訳ないという気持ちがあったのは事実です』と」

「わかります」


 秋宏さんはテーブルを見つめたまま重々しく首肯した。次いで顔を上げ俺と目を合わせ、再び頷いた。一度目は橙と鷲への同意、二度目は俺への同意と「腹に飲み込めましたから続きをお願いします」の二つを意味する首肯なのだろう。秋宏さんに頷き返し、先を続けた。


「これ以降は秋宏さん夫妻と鷹さん夫妻の、同じ境遇にいる四人にのみ明かして良いと母さんに許可された話です。どうか、ご了承ください」

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