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「音声のみなら可能なそうです。手元に映します」
教材編集班の担当AIとは、予想以上に長く会話した。感銘を受ける話が多数あったのだ。最も感銘を受けたものを一つ挙げるなら、間違いなくコレになるだろう。「当人しか言葉にできない事柄があることを、班員は決して忘れてはならない」 担当AIはそれについて、こう語った。
『教材編集班の最重要業務は、歴史に名を残した戦士の伝記制作です。子供達が夢を膨らませ、大人達が戦死した家族に重ねて心の傷を癒す、伝記を創る業務を私達は最重要と考えています。本来なら本人に自伝を執筆してもらうのが一番なのですが、非常に困難なのが現実です。文章力の有無以外にも、戦争前は訓練等で忙しく、戦争後は亡くなってしまっているからです。したがって教材編集班の最重要業務となり、伝記制作に必要な資料として亡くなった戦士の言動の記録を班員は閲覧可能になりますが、心に常時留めねばならぬことがあります。それこそが、「当人しか言葉にできない事柄があることを班員は決して忘れてはならない」です。班員に天才的な文章力があり、言動の記録をどれほど閲覧しようと、他者の胸中はその人にしかわかりません。これを決して忘れず、子供達が夢を膨らませ大人達が戦死した家族に重ねて心の傷を癒す伝記を、私達は制作しているのです』
俺は班員の皆さんと担当AIに最大の敬意を払うと共に、戦士試験で歴代最高点を出した者として、胸中を可能な限り文章化しておくことを約束した。担当AIはとても喜ぶも「空分隊長が戦争後、自伝を執筆されることを切に願っています」と、音声のみではなく姿を現して言ってくれたのである。俺は毎晩僅かでいいから、将来の自伝の資料を書くよう心に誓った。といっても組織の件もあるので、公開可と不可に分けねばならないんだけどさ。
こうして教材編集班の担当AIとの会話は、非常に実りあるものとして終わった。鷹司令官に今度会ったら必ずお礼を述べねばな、と明潜在意識にメモして次へ移った。
これ以降は、椅子に座ってできる仕事ではない。俺は立ち上がり美雪に案内してもらい、基地の内外へ足を運んだ。
食堂の椅子が11脚だったことと、人類軍の分隊が11人で構成されることから推測していたとおり、隊員の個室は11室だった。分隊長だけ少し広いとかはなく全て均一なのはありがたかったが、ベッドとベッド下収納とトイレとシャワーが限界まで押し込められた部屋なのは泣けた。個室があるだけ感謝しろ、ということなのかな?
11の個室は横一列に並んでおり、男女の境界を廊下に設けていなかった。美雪に「大丈夫なの?」と訊いたところ、異性隊員のいる場合は物理的な壁を廊下に設置するという。そういえば食堂と個室エリアを結ぶ通路は、左右に一つずつあった。俺が右端の個室なので、男女混合分隊になったら右通路が男用、左通路が女用になるのだろうな。
基地内にあるのは食堂と個室とトイレのみ。湯船に浸かれる共同浴場は、外にあるという。内部はほぼ見終わったので早速外に出てみた。完璧な空調でも、圧迫感は否めなかったからさ。
俺の乗って来た飛行車は駐車場へ移動しており、通路を出たら屋外だった。美雪によるとここは人類大陸の北西に位置する、降雨の少ない4万平方キロの軍用地らしい。雨が少ないといっても乾燥してはおらず、地球に譬えるなら「緑の多いステップ気候」のような印象だ。豊富な植物のお陰で空気は美味しく、基地の敷地の外れに小川も流れているという。小規模ながら林も点在しているし、虎鉄の狩猟欲求を満たせるんじゃないかな。
この基地の敷地は、東西400メートル南北300メートルの長方形。100メートル四方に12分割されていて、11は隊員各自の訓練場、残り1つに基地と駐車場と共同浴場があるといった具合だ。共同浴場は男女に分かれており、6人用の湯船が鎮座している。人類軍の好意により、6人用の湯船を今日から毎日使用できるそうだ。鷹司令官へのお礼を、一つ追加した俺だった。
俺の訓練場は、基地出入り口の正面。実際に見て回ったところ、戦士養成学校とまったく変わらなかった。基地内の個室より、体育館の生活スペースの方が断然快適と言える。試しに「こっちで寝ていいかな」と美雪に訊いたところ、禁止する軍規はないそうだ。ただし、
「朝食か夕食のどちらかは、基地の食堂で必ず食べてください」「訓練場に引きこもっていたら、分隊の連帯に支障が出るとか?」「ご明察です」
とのことだった。納得できるし、厳守するとしよう。
虎鉄の暮らす場所に、制約は無いという。ただここと同型基地の統計によると、飼い主の体育館の生活スペースで暮らすのがほとんどらしい。虎鉄もいるならこっちを定宿にするのは確定だな、と俺は思った。
それが、小川の見学で崩れた。幅5メートルなのに深さ3メートルという意外と深い小川のほとりに、小振りのキャンプ場があったのだ。共同浴場の裏に設けられているため見落としていたそのキャンプ場は、男心をすこぶる刺激する場所だった。特に気に入ったことが二つあり、一つは焚火が直火可能なこと。前世の俺は、竈を地面に直接作ったことが一度もなかったのである。気に入ったもう一つは、大地の妖精が活発で人懐っこかったことだ。「こんにちは」「「「「こんにちは~」」」」「今日からここで暮らすことになったんだ、よろしくね」「やった!」「嬉しい!」「「「「大歓迎~~」」」」 みたいに足元でワイワイされたとくれば、今夜はここに泊まるっきゃない。美雪も「問題ありません」という事務的な返答とは裏腹の、弾む声と笑顔になっていたしさ。
大地にかがみ、今夜の再会を地妖精たちと約束する。
そして立ち上がり、俺は駐車場へ歩いて行った。
現在時刻は、午後12時半。
美雪によると、人類軍に貸与された飛行車を使えば翠玉市まで10分かからないという。俺が借りたのは地球でいうところの、「羊の皮を被った狼」らしいのである。その狼の座席に身を沈め、深森宅へ向かうよう美雪に頼んだ。了解の声と共に浮き上がったと思いきや、3秒後には高度3万メートルに俺はいた。ただしこの秒速10キロの垂直上昇は、民間人立ち入り禁止の軍用地でしか許されないそうだけどね。
この飛行車には、ゴブリンを捕獲し隔離するバリア装置が搭載されている。その装置に供給する高純度反重力(?)を生む軍用エンジンを四基内蔵し、それを飛翔時の反重力推進に利用するため、一般的な飛行車を軽自動車とするならF1マシン級の動力性能を有しているのだそうだ。驚くべき性能を秘めたこの飛行車の名称を美雪に尋ねたところ、「由来は分かりませんがカドリガ擬装型と呼ばれています」と返ってきた。ほほう、という表情を無意識にしてしまった俺に、美雪が眼光鋭く説明を求める。といっても美人秘書の鋭い眼光は、むしろご褒美なんだけどさ。
「母さんによると、地球のギリシャという国にはアトランティス本国の植民地があったそうでね。ギリシャ神話に登場する神々は、アトランティス本国がしょうもない国だった頃の王や英雄らしいんだよ。ギリシャ神話には太陽神アポロンがいて、アポロンは四頭の馬を横一列に並ばせた馬車に乗っていた。その馬車の名前が、カドリガ。バリア用の軍用エンジンを四基搭載しているから、四馬並列の日輪の馬車になぞらえたのだろうな」
説明を終えると美雪が「バンザ~イ」的な表情をしたので訊いてみたところ、俺の秘書AIになったのだから地球に関する非公開情報の閲覧許可を母さんが出してくれたとの事だった。よほど嬉しかったのか「おめでとう美雪」「うん!」のように、美雪は秘書言葉ではなくなってしまう。それに「エヘヘ」とはにかんだ美雪は、危険なレベルで可愛かった。




