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鷹さんは目を真っ赤にして謝意を述べてくれた。そして「幼年学校入学の件を早く知りたいのではなく、着任時の最後の軍務を始める」と宣言し、司令官に戻って立ち上がった。俺も立ち上がり直立不動になる。鷹司令官は、まさしく鷹の眼差しで俺に問うた。
「着任報告の終了をもって、戦士試験合格者は人類軍の一員たる戦士になる。よって最終確認をする。空翔は、戦士になることを望むか」
「はい、望みます」
「受理する。これをもち、着任報告を終了する」
鷹司令官と敬礼を交わしている最中、熱い想いが胸に混みあげてきた。そうか、そうか俺は正式な戦士になったんだな。目を赤くするだけに留まらず涙腺を決壊させてしまった俺に、「さっきのお返しだ」と鷹司令官が悪戯小僧の笑みを浮かべる。「してやられました」「ふふん、臆せずまた挑むがいい」的なやり取りを話のわかる兄貴としばし楽しんだのち、身空スキルの報告書の提出を求められた。2Dキーボードを素早く弾き操作画面を眼前に映したところ、軍人と私人の切り替えをせねば先へ進めなくなっていた。軍人にして、当該報告書を呼び出す。すると秘匿性を選ばねば送信不可になっており最高を選んだところ、機密、極機、核機の三つが追加された。腹に力を籠め、核機を選択。「少々お待ちください」と2秒ほど表示されてから、やっと送信可能になった。よほど緊張していたのだろう、送信完了と共に深呼吸を体に求められる。それを叶えた俺の耳に、鷹司令官の声が届いた。
「来年4月1日に提出する報告書を軍人になるなり提出したことを、空分隊長の実績として認める。分隊長の活躍を期待する」
「全力で臨むことを誓います」
鷹司令官の3Dが敬礼したまま消える。活躍を期待されたからには座る時間も惜しいとばかりに、鷲と橙と晴と藍について美雪に尋ねた。正面にすぐ現れ「全員同じ幼年学校に入学しました」と答えてくれた美雪の、その言葉だけを苦労して心に留め、メールを四通作成する。鷹さんと茜さんと颯と蒼へのメールを、鷹さんに送信した1分後に残り三人へ送信するよう美雪に頼んだ。まあまあ長文のメールだったのに鷹さんの返信がすぐ届いたのは、輝力圧縮を用いたからなのだろう。正午を過ぎていたからか茜さんと颯と蒼の返信もすぐ届き、皆さん深い感謝の気持ちを綴ってくれていた。茜さんと蒼のメールには、戦士試験合格のお祝いもあったけどね。
四人の返信に目を通すや、鈴姉さんを始めとする人達へのメールを作成し送信していった。訪問予定の深森邸と霧島邸は二人の姉が、天風一族の地は哲治さんが、すぐ返信してくれた。お祝いと訪問了承の綴られた返信に、目頭が熱くなる。続いて若林夫妻と小松夫妻と朝倉夫妻も同種の返信をくれて、熱さが更に増した。翼さん、昇、奏、鷲達と白銀騎士団の隊員達の返信で限界寸前になるもどうにか耐えていたが、鈴姉さんの孤児院から職業訓練校に進んだ44人の返信は無理だった。みんな判を押したように「私達の代わりに夢を叶えてくれてありがとう」と書いてくれたのに、耐えるなど不可能なのである。俺は思いのまま泣くことを、1分間だけ自分に許さねばならなかったのだった。
1分後。
しなければならぬことを多数抱えた俺が最初に選んだのは、美雪の軍服姿を称賛することだった。そう美雪は、秘書の軍服を着ていたんだね。超山脈北麓のレストランでお会いした男性秘書官の女性版の軍服なだけなのに、顔のふにゃふにゃ化が超絶不可避なのは、一体どういうことなのか? そんなの、俺が美雪に惚れているからに決まっているのである。その「惚れているからに決まっている」を正直に告げたところ、
「お気持ちは嬉しいですが私は今、軍務中です。場所と時間をわきまえてください分隊長」
とたしなめられてしまった。だが俺は断言しよう。頬を赤らめるもクールな表情を懸命に作る秘書姿の美雪に惚れ心を一層募らせぬなど、宇宙がひっくり返ってもあり得ないのだ。俺は開き直り、キリリと引き締まった表情でそれを再度正直に告げた。美雪は氷の声で「お仕置きです」と宣言しこちらに歩いて来て、俺の胸に顔をうずめる。左腕で美雪を抱きしめ、右手で美雪の髪を梳いてゆく。そのまま30秒過ごし、俺達は多数の仕事にとりかかった。
「美雪、身空スキルが核機になったのはいつ?」「分隊長の二次試験中です」「身空スキルを明かした人達を、時系列で挙げていくね。漏れがないか確認よろしく」「了解しました」
幸い漏れなく挙げられて、戦士試験を受けている人と受けていない人用のメールも短時間で書き終えることが出来た。ならば次は、この基地に足を踏み入れてからずっと気にかかっている事柄についてだ。本当は核機案件より先に確認したかったことを、美雪に尋ねた。
「虎鉄と一緒にここで暮らせるのかな?」「ご安心を、暮らせます」「よかった~~~」
緊張の解けた俺は椅子の背もたれに身を預け、大きな大きな息を吐いたのだった。
虎鉄を含む犬や猫たちは、生徒より一日早い3月31日に戦士養成学校を去っていた。表向きは「4月1日の夕方に新たな戦士養成学校生を受け入れるためには、前日に移動してもらうのが最善だから」と説明されているが、真の理由は戦士試験を学校で開始することにあると言われていた。朝食の野戦食を摂ったらすぐ試験が始まり、犬や猫に挨拶せず学校を去らねばならない。それは犬猫のみならず生徒にも多大なストレスとなり、第一次戦争の孤児達が戦士試験を受け始めた頃は、超山脈縦断のスタートラインに正しく並べない生徒が少数とはいえ出たほどだったという。犬猫だけが家族の孤児が10万人以上いるのだから、さもありなんだね。
よって直ちに対策が取られ、預けられる場所があるならそこへ、ないなら人類軍の用意した施設へ、犬猫は試験前日に去っていくよう定められた。人類軍の用意した施設といっても、犬猫好きのボランティアさんが愛情たっぷり世話してくれるので安心だ。戦士の配属先には犬猫不可の場所も極僅かあるため、その時はボランティアさんが自分の家族として迎え入れてくれる事になっている。だから安心してと人類軍は言うが、はいそうですかなどと到底思えないのが本音。この基地は犬猫可なのか不可なのかを、いの一番に確認したかったのが俺の真情だったのである。
虎鉄は今、天風一族の地にいる。みんな虎鉄が大好きだし、テレパシー会話可能な人達も複数いるから、俺以上に安心できる生徒はそういなかったと思う。それでも気になって仕方ないのが本音でも、今は犬猫可だった喜びを胸に仕事を処理すべきだろう。俺は背もたれから身を離し、頬を両手で小気味よく叩く。そして気合いを入れ直し、美雪に頼んだ。
「教材編集班の担当AIを、お待たせしたら悪い。話せるなら、今話したいと思う。美雪、訊いてみてくれる?」「音声のみなら可能だそうです。手元に映します」




