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10メートル進んだ先に、光学迷彩で隠された扉があった。にもかかわらず、扉の存在を知らせる表示は出ていない。癪に障った訳ではないが試されている気がして、自然に減速し自然にドアノブを掴み、ノブを回転させた。読みは当たり、扉は難なく開いた。
トンネルに傾斜がなかったことから予想していたとおり、扉の先は階段になっていた。実物の階段に見えるが、落とし穴を警戒すべきだろう。しかし慎重になり過ぎるのは負けと、勘が囁いている。輝力工芸スキルで四本の触手を作り、仕掛けの有無を確認しつつ通常速度で階段を上ったところ、五段目が開閉式になっていた。固定されていても、油断禁物。俺は五段目を踏まず、仕掛けのない六段目を踏みしめた。
階段を上り切った先は、2メートルほどの直線道になっていた。基地との連結部分は開いていても、その先は廊下が左右に伸びており先が見えず、矢印も出ていない。二本の触手で廊下の安全性を確認しつつ歩くと同時に、基地内の廊下の左右に触手を一本ずつ先行させる。左は1メートル先に扉があり、輝力の密度を下げて扉を透過させ内部を窺ったところ、トイレだった。右は2メートル先で左へ直角に折れているから、右が正解なのだろう。輝力の触手を作ったのはこれが初めてだが、使い勝手がべらぼうに良い。闇族に気づかれぬよう地面にこっそり展開し闇族の足首を引っ張ったら面白そうだな、などと考えつつ開閉部を跨ぎ廊下を右折。2メートル直進後の左折の先は、触手によると部屋があるようだ。廊下に仕掛けは無いが、壁と天井にはあるかもしれない。触手三本で壁と天井を確認しつつ、廊下を左折した。
左折した2メートル先の部屋は、たぶん食堂。長テーブルと椅子が見て取れる。触手によると、一辺10メートル四方の広さらしい。人の気配がしないから触手を展開していたけど、そろそろ失礼だろう。俺は触手を霧散させ、食堂に足を踏み入れた。
足を踏み入れてやっと、矢印による指示が再開した。いや、違うか。俺の触手を人類軍は感知していたから、指示を出さなかったと考えるべきだろう。まあいいかと開き直り、矢印で示された椅子の後ろに立つ。テーブル向かい側の椅子に「3D映像を投影します」の2Dが出たので直立不動。一拍置き、
「まったく翔は面白いヤツだな」
笑いを懸命に堪えた鷹司令官の3D映像が、投影されたのだった。
特務戦技研究隊のトップは、鷹司令官と予想していた。根拠は、核機の報告書を提出するのが鷹司令官だからだ。またここが小型基地飛行車であることから特務戦技研究隊の人数は少なく、ひょっとすると直属の上司が鷹司令官だったりしてと考えていたけど、正誤の判断は保留すべきだろう。これから鷹司令官が、いろいろ説明してくれるはずだからさ。
と思っていたけど、着席を許され最初に命じられたのは、触手の説明だった。笑いを懸命に堪えていたから軍規違反ではないと思うが、油断厳禁。鼠色にくすんだ殺風景なコンクリートの3Dをトンネル内壁に映していることから始まる推測を、鷹司令官に時系列で報告していく。鷹司令官によると、光学迷彩で隠された扉のノブを普通に掴んだことと階段五段目を踏まなかったことは司令官達をザワつかせただけだったが、触手の輝力密度を下げて扉を透過させトイレを確認したのは、「戦闘に有用なのではないか?」系の議論になりかけたという。「翔、どうだ?」「輝力密度を下げれば闇族に気づかれず触手を近づけられて、陽動に使えるかもしれないと自分は思いました」「ふむ、試す価値はありそうだ。企画書ができ次第俺に上げろ」「了解です」 的な会話を幾つか挟み、触手の報告を終えた。鷹司令官はニヤリと笑い、本題に入った。
「特務戦技研究隊は、本日1000に新設された部隊だ。責任者は俺、副責任者は綾乃。隊員は、分隊長格の空翔。今のところ、この三名による隊となっている。新設の経緯は・・・」
鷹司令官によると、俺の戦技研究隊への着任は紛糾したという。「翔は指導の才と、新スキル創造の才の両方を持っている。指導の才を重視するなら、教導隊。スキル創造の才を重視するなら、戦技研究隊。どちらに就かせるか意見が分かれたが、司令官会議は新スキル創造を選んだ。翔、頼んだぞ」との鷹司令官の言葉に、俺は最敬礼したものだ。それは置き続いて語られたのは、美雪についてだった。美雪から聞いていたように、美雪を俺専任の秘書AIにするか3歳児の教育AIを兼任させるかも、意見が分かれていたという。当初は兼任派が優勢で、兼任が決定したら通常の戦技研究隊に俺を配属する予定だった。しかし身空スキルと自前バリアを実戦で使いこなしたことにより、優勢と劣勢が逆転。星母による身空スキルの核機指定が解除されない限り、通常の戦技研究隊では身空スキルの研究に支障が出てしまう。よって秘匿性の高い特務部隊を新設し、自由に研究させよう。秘匿性を保つなら関係者は少ない方が良く、ならば専任の秘書AIが必須となるだろう。といった感じの経緯により、美雪は俺専任の秘書AIに決定したのだそうだ。
次に説明されたのは、特務戦技研究隊と俺についてだった。
核機を扱う同隊は、極機と認定される。極機を知ることを許されるのは司令官と、各司令官の秘書官の計20人が原則。この20人以外に同部隊の秘密を洩らしたら、軍事裁判は不可避となる。この星に死刑は無いが、50年間の無報酬労働は確定と思わねばならない。特務戦技研究隊には小型基地飛行車が一基供給され、隊員は原則そこで生活すること。ただし既婚者や、軍規に基づく休日は別とする。
俺の休日は、通常より10日多い年間128日。多い理由は白銀騎士団等の活動を妨げないためと、俺のみに可能なスキル解明の仕事への報酬。人類軍の戦士の給料はこの星の全成人が閲覧可能なので、核機への報酬を金銭で払えないそうなのである。追加休日以外にも報酬は二つ用意されており、一つは分隊長格、もう一つは基地の無料使用。鷹司令官によると、そこそこ裕福な暮らしができるという。だが悲しいかな、美味しいものを食べる以外にお金の使い道を思いつけない俺だった。
分隊長格は、ハイゴブリンの単独撃破が可能と判断されたから。シミュレーションではオークの単独撃破も可能だったが、戦士としての実績が皆無なため保留されたそうだ。
鷹司令官からの通達は以上で終わった。これ以降は俺の軍務をどうするかを二人で考える時間らしいが、「ここまでで質問あるか?」と訊かれた。細かな疑問はあれど、秘書AIでも回答可能なはず。「ございません」と答えた俺に頷き、鷹司令官は改めて問うた。
「翔が考えている一日の軍務、及び当面の研究課題を教えてくれ」
「当面の研究課題を先に説明してよろしいでしょうか?」
構わないとの事だったので話した。俺が今最も解明したいのは、時間遅延スキルだと。
今日は生体ゴブリンと49圧で戦い、楽勝した。36圧でも油断しなければ勝てて、25圧でも全集中すれば勝ちは揺るがないと思う。だが16圧だと、50%の確率で俺は死ぬ。そう、3Dの虚像との訓練と異なり、俺は死ぬのだ。この「負ければ死ぬ」という訓練を含む80年を過ごさないと、闇王に勝てない気がする。まずはそれを、正直に述べたのである。
しかし、戦士試験に必須の生体ゴブリンが貴重なことも理解している。幸い俺は自前のバリアを持っているから、戦闘毎に生体ゴブリンを屠らずとも生きて戻ってこられる。しかし屠らないと戦闘経験を得たゴブリンは強くなり、人工島西側に隔離しておけなくなるかもしれない。よって説明中だが「屠らないとゴブリンは強くなるのか?」と「俺が屠れる年間ゴブリンは何体なのか?」を知りたい。そう希望したところ、鷹司令官は十全に叶えてくれた。




