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綾乃さんによると、受験生260万人は一次試験で192万人に絞られ、好成績順に8万人ずつ二次試験を受けるという。最初の8万人のトップ10合格者が二次試験終了後に入れ替わっていた例は未だかつてなく、よってトップ10を確定としこのレストランに集め、親睦を深めさせるのが毎年の恒例なのだそうだ。通常トップ10は一堂に集められ、この通達も一度で済まされるが、今年は特別措置が採られた。「それをこれより、人類軍平時司令長官が説明します」 綾乃さんはそう述べ、五人の高官の中央に座っている女性に会釈した。ちなみに鷹さんは俺から見て五人の左端、綾乃さんは右端に座っている。鷹さんの階級章は「司令官7席」、綾乃さんの階級章は「司令官9席」、中央に座る人類軍平時司令長官は「司令官1席」だ。戦時ではなく平時は10人の司令官が人類軍をまとめていると座学で習ったが、その半数に今日こうしてお目にかかるなんて微塵も想像していなかったな。
それは置き、人類軍平時司令長官が話し始めた。
「空翔。身空スキルの解明、感謝する」
「お役に立てて光栄です」
直立不動になりそう述べ、休めに戻った。平時司令長官は頷き、先を続ける。
「身空スキルは今後も機密とする。身空スキルが人による反重力生成であること、及びゴブリンの隔離バリアが高純度反重力であることは、極機とする。ただし、空翔に特権を授ける」
隔離バリアは高純度反重力なのか、との驚きを巧く隠し背筋をもう一段伸ばした。
「反重力エンジンの学習を介し身空スキルを習得可能と判断した者へ、同スキル習得の手助けをすることを空翔の特権とする。また同特権は、天風翼と天風鶴に遡及するとする。特権行使によって編み出した習得法は核機とし、毎年4月1日に天風鷹司令官へ文書にて報告すること。質問を許可する」
「天風翼および天風鶴への説明に関する質問があります」
「続けよ」
「自分が今知った機密と極機と核機を、両名に説明して良いでしょうか」
「説明を許可する。ただし許可は、空翔が意識投射と呼称するものに限るとする」
「了解です。質問は以上です」
覚悟はしていたけど、俺が翼さんの訓練場に意識投射した場面を人類軍は観察していたんだな。意識投射を悪事に使わず、ホント良かった。そう密かに胸を撫でおろした俺に、綾乃さんが再び語り掛けた。
「空翔への特別措置を、現時点で終了します。空翔は向かい側の部屋へ移動し、9人の合流を待ってください。豪華料理を用意していますから、お菓子は控えめにしてくださいね」
綾乃さんは、ですます調の方が命令口調より高圧的に感じる人の最右翼だな、さすが烈女だ。などと考えていることがバレぬうちに、直立不動で最敬礼。敬礼を返された俺は左向け左をし、キビキビ退室した。
部屋を出て扉が閉まると同時に、大きく息を吐いた。クスクス笑っている春雄さんに、待ってくれていたお礼を述べる。「今の十倍の時もあるから気にしないで。さあ、こちらへ」 春雄さんに促され、司令官達のいる部屋と廊下を挟んで対となる部屋の扉をくぐった。さっきと同じ大きさの部屋の上座寄りに、十人掛けの丸テーブルが置かれている。「翔君はこの席ね」と引かれた席は、嫌な予感どおり上座だった。「春雄さん、緊張して胃が縮み食事が喉を通らないかもしれません」「その心配はしなくていいよ。このレストランはアトランティス星トップ3の、常連だからね」「うぎゃあ、楽しみ過ぎて唾がやばい~~」 などとワイワイやっているうち、ウエイトレスさんが紅茶とクッキーを運んできてくれた。香り、色、味の三拍子そろった紅茶に思う存分うっとりしたのち、クッキーを口に含む。目が零れるほど瞼を開いた。何コレ何コレ! 超とんでもなく美味しいんですけど!!
クスクスにニコニコを追加した春雄さんが教えてくれたところによると、第一山脈北麓で生産される農作物や乳製品は山脈中央に近づくほど美味しくなり、またそれは消費地にも適用され、超山脈の農産物等は超山脈に近い場所で食べるほど美味しく感じられるのだそうだ。俺はテレパシーで「オリュンポス山を聖地として崇めている妖精達のお陰とか?」と訊いてみたら「絶対そうだよ。同僚達には秘密だけどね」と春雄さんはテレパシーで同意した。それ以降はテレパシーも織り交ぜた会話になり、テレパシーなので組織の話もジャンジャンできて非常に楽しかった。こんなに楽しいなら春雄さんのいるこのレストランに足しげく通いたいと強く願うも、それは叶わぬ夢。だってアトランティス星トップ3の常連ならこのレストランは、呼吸が止まるほど高額なはずだからさ。
「おや翔君、肩を落としてどうしたんだい?」「ここは料金が高くて、足しげく通うのは無理だろうなって思ったんです」「たしかに料金は高いけど、それより予約を取ることが難しいんだよね。でも安心して、翔君は間違いなく予約を取りやすいから」
ウオオ理由を教えてください~~と取りすがった俺にゲラゲラ笑い、春雄さんはテレパシーに切り替えて理由を教えてくれた。
それによると予約を律儀に守っていると待ってもらう年数が伸びる一方なため、このレストランでは特殊な抽選法を採用しているという。それは、超山脈から吹く風に選んでもらうという方法。本人手書きの予約票を切れやすい紐に結んで風にさらし、切れた順に予約を受け付けるという方法なのだそうだ。「なるほど、本人の手書きなのですね」と意味深顔で問うた俺に、春雄さんも意味深顔で答えた。
「お客様とこうして接していると、お客様全員に共通点があると肌で感じられてね。皆さん一人も漏れず、世のため人のために日々を過ごしている人達なんだよ。その人達に報いようとするオリュンポス山の意向を感じ取り、偶然吹いた風を装って、妖精達は紐を切っている。僕はそう考えているよ」
素晴らしいと拍手した俺に、どんなもんだいと春雄さんが胸をそびやかす。ヒューヒューと囃し立てていたら、鈴を転がすような女性の笑い声が耳朶をくすぐった。どわっ、テレパシー会話を見られちゃったよと焦る俺に、春雄さんはウインクした。
「翔君、僕の奥さんを紹介させて。この人は僕の奥さん、微笑謡。謡、こちらが長年話題にしてきた、空翔君だ」
「空翔さん、始めまして。春雄の妻の謡です。お会いできて光栄です」
紹介されるさい立ち上がっていた俺は「こちらこそ光栄です!」と、ペコペコ頭を下げた。というのも謡さんと春雄さんが二人並んでいると、菜の花やタンポポの精霊王夫婦と対面しているように、俺には感じられたのである。
もしやと思い失礼を承知で春雄さんに訊いてみたところ、謡さんは俺の直感どおり、本体が黄色の人だった。本体の色の異なる夫婦にお会いしたのは、これが初めて。そのお二人は俺の目に、「夫婦愛は本体の色を越えることの証明」として映った。黄と緑の相性が元々良いのかは定かでないが、少なくとも春雄さんと謡さんは相性抜群と断言できる。緑の春雄さんが葉と茎、黄の謡さんが黄色の花弁を担当し、そこにお二人の春のような人柄が加わった結果、春に咲く黄色い花の代表である菜の花やタンポポの精霊王夫婦のように、感じられてならなかったんだね。




