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高度100メートルを飛ぶドローンにもだいぶ慣れた。皆の様子を知るべく、眼下へ視線をやる。目を見開いた俺は3キロ四方の地面を見渡したのち、「まずい」と呟いた。ゴブリンと戦っている生徒が、一人もいなかったのだ。俺は1千人のうち、二次試験に合格したビリだったのである。無意識に「でも6分51秒も残っていたんだし大丈夫」と、自分に繰り返し言い聞かせていた。
飛行車の隣に降り立った。周囲に人影はなく、代わりに飛行車の搭乗口から活発な話し声が聞こえてきていた。二次試験終了に伴い私語禁止が解除され皆お喋りを楽しみ、それが出入り口から漏れ出ているんだね。その輪に1秒でも早く加わりたかった俺は、声の方へ駆けて行こうとした。が、できなかった。豪華な感じの2D画面が眼前に出て、四人乗り飛行車に乗るよう指示されてしまったのだ。そういえば少し離れた場所に四人乗り飛行車が着陸していたような? と記憶を頼りに顔を向けたところ確かに着陸しており、そしてその飛行車には誰も乗っていなかった。足がすくみ、立っているのも覚束なくなっていく。999人は合格したが俺は不合格なため、別行動の指示が出たと思ったのである。それ正解だよとでも言いたげに1千人乗り飛行車の搭乗口が閉じ、離陸し去ってゆく。たった一人取り残された俺は目を袖でゴシゴシこすりながら、四人乗り飛行車へ歩を進めた。
飛行車が離陸し、高度をみるみる上げていく。その仰角と速度に既視感を覚え、確認すべく車外へ視線をやる。間違いない、これは超山脈合宿に向かう時の仰角と速度だ。首を捻った俺の目に、車の内装が映った。外見は大衆車だったのに、内装は高級かつ高性能っぽい雰囲気をやたら漂わせている。そうか、たった一人の不合格者の俺を慰めるため、人類軍はこの高級飛行車を用意してくれたのか。そう判断した俺は身だしなみを整え背筋を伸ばし、座席に座り直した。
この飛行車は俺の想像より高性能らしく、瞬く間に赤道を越え超山脈を前方に捉えた。そこに連れていかれる理由は解らねど、俺は背筋を伸ばし胸を張り続けた。が、
「ん?」
首を捻った。飛行車が、降下を始めたのである。窓に顔を慌てて近づけ、降りていく方向を凝視する。なんとなく、超山脈北側の大穀倉地帯に設けられたレストランの一つに向かっている気がする。戦士試験不合格者はあのレストランで食事を振舞われるのかなと思うことで、丸まりそうになる背中を無理やり伸ばした。
飛行車が駐車場に着陸した。深呼吸し、醜態を晒さぬよう注意して車外へ足を踏み出す。それは、半ば叶い半ば叶わなかった。醜態までは行かずとも、思いもよらぬ人に出迎えられ尻尾をブンブン振ってしまったのだ。定期的にメールのやり取りをしていたが7年ぶりに会ったその人は、春雄さん。鈴姉さんのひ孫弟子候補講義でとてもお世話になった春雄さんが、俺を出迎えてくれたのである。
「春雄さん!」
「翔君、久しぶり!」
春雄さんに駆け寄り、両手を握って上下にブンブン振った。春雄さんは涙ぐみ、「立派になったね翔君」と幾度も繰り返している。立派じゃないんですよ不合格だったんですよという言葉を呑み込み、「ありがとうございます」とだけ返した。大きく頷いた春雄さんは「ご案内します、こちらです」と接客のプロになった。俺は「お願いします」と腰を折り、春雄さんの後ろを付いていった。
見るからに高性能っぽい10人乗り飛行車の脇を通過し、なんだかやたら高級そうなレストランの玄関をくぐった。左右に10人ずつ控えていたウエイトレスさんが「「「「いらっしゃいませ」」」」と声を揃える。天風一族のメイドさん達に慣れていたお陰で「お世話になります」と自然に返せた。美人ぞろいの10人のウエイトレスさんに微笑まれても醜態を晒さなかったのは、響子さんを始めとするメイドさん達のお陰。今度お伺いしたらお礼のお土産を持っていくことに、俺は決めた。
豪華なシャンデリアの煌めく吹き抜けの大広間の中央を横断し、幅の広い正面階段を春雄さんに付いて上る。前世の記憶を基に推測すると、ここは個室のみの超高級レストランと思われる。また春雄さんが向かっているのは、このレストランで最も格式の高い個室な気がする。訳が解らずハテナマークを大量生産している俺をよそに、
「空翔様をお連れしました」
ひときわ重厚なドアの前で春雄さんが報告した。ドアが自動で開き、春雄さんが左に避け、左腕を斜め下に差し出す。さすがにここまでくると自分の間違いに気づいたが、かといって今後の展開はまったく予想できない。しかし何が待ち受けていても冷静さを失わぬよう覚悟し、俺は足を踏み出した。廊下から室内を窺うに目の前のドアは、長方形の室内の下座側に設けられたドアと思われる。もしそうなら正面近くに誰かがいて、上座へ挨拶するよう促してくれるはず。と今後の展開を予想しつつ室内に足を踏み入れたところ、当たっていた。一目で切れ者と判る秘書官が、正面少し右よりに立っていたのだ。ドアと正面の壁の中間まで進み、秘書官に敬礼。続いて左向け左をし踵を打ち鳴らして、前方の五人の高官に俺は最敬礼した。高官達が敬礼を返す。秘書官が「休め」の指示を出した。両手を腰で組み足を肩幅に広げた俺へ、高官の一人の鷹さんが語り掛けた。
「空翔、戦士試験1位合格、おめでとう。試験の評価及び今後の予定を通達する」
正直言うと1位合格との言葉が鼓膜を震わせた途端パニックになったのだけど、心を二分割してやり過ごした。冷静なもう一方の心で、鷹さんの言葉を記憶に刻んでいく。
それによると俺は一次試験で、歴代最高点を出したらしい。人類初の試験中の二往復と、人類初の試験中の音速走りと、20歳以下では人類初となる高原の音速走りが高く評価されたそうだ。捕捉として、一次試験で一往復以上走っても加点にならないが、歴代最長の距離を走った場合は加点されるとの事だった。
一呼吸置き、二次試験に移った。それによると、俺は二次試験でも歴代最高点を出したという。ゴブリンが恐怖し逃げ出した例は過去に数件あったが、自前のバリアを展開したのは俺が初めてだったそうだ。俺が行った陽動も、極めて優れていたらしい。虚像のゴブリンとの訓練ではもっと巧みな陽動をする生徒は多数いても、人生初の実戦かつ試験中とくれば「実力を半分も発揮できないのが普通だ」と鷹さんは苦笑していた。試験の評価はそこで終わり「質問あるか」と尋ねられた。「ございません」と返答した俺に、鷹さんが敬礼。俺も直立不動になり敬礼を返す。秘書官の「休め」に続き「今後の予定は私が告げます」と、綾乃さんがにっこり笑った。




