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避難所一階の中央へ続く廊下を、指向性2Dの美雪に先導されスタスタ歩いて行く。疲労の多い生徒は入り口近くを、余裕のある生徒は中央寄りを使うよう推奨されているからだ。推奨エリアに入ったので野戦食を摂りトイレを済ませ風呂に入り、昼寝を25分した。宿泊施設内は私語可能でも、疲労回復専念階だからか話し声を聞くことはなかった。チラ見した限りでは一次試験合格を危ぶまれる生徒はいなかったけど、今はまだ初日のお昼。みんな頑張れと心の中でエールを送り、俺はコロニー飛行車を後にした。
1時間の休憩を終えコロニー飛行車を出たのは、午後1時。午後は山脈を三つ越え、午後四時に第三峡谷宿泊所に到着する計画だ。俺に割り振られた道に戻る直前、第五山脈は体重軽減スキルを隠さなくていいと言われた。試験に挑む260万人全員が、第四峡谷宿泊所以降に進んだということなのだろう。道に戻った俺は、足取り軽く走り出した。
第五山脈を越え、ドローンが表示している折り返し地点をクルリと回り、第五山脈に再び足を踏み入れる。その後も順調に距離を稼ぎ計画ピッタリの午後四時、第三峡谷のコロニー飛行車に到着した。お昼と違い宿泊するので、階段を上り三階へ行く。美雪によると三階の使用者は現在おらず、宿泊者もおそらく一桁に留まるそうだ。そんなに少ないなら意識投射して講師をしても問題なかったけど、勇と舞ちゃんも試験中なのだから4月5日に延期して正解だったのだろう。ゆっくり入浴し1時間瞑想して、午後6時に寝た。
翌午前2時に目覚め、野戦食を摂る。二度寝して午前5時に起床。瞑想と輝力操作の訓練に励み、午前6時に出発した。
体調はすこぶる良好。登山と下山の体重を四割にしているからだろう、太腿も一切疲労していない。今日は山脈を8つ越える計画だけど、ことによると9つに変えるかもしれない。8つだと宿泊は合宿所だが、9つだとコロニー飛行車に泊まれるからだ。意識投射して、コロニー部分を探検してみたいんだよね。合宿所からも行けるけど、意識投射して天井を突き抜けてコロニー部分に入った方が、探検の醍醐味を断然味わえるはず。美雪によるとあの飛行車には、なんと光子崩壊炉が搭載されているらしい。製造して運用しないと、技術が失われてしまうからだそうだ。臨時宿泊所の役目を終え宇宙に戻るさいは、炉に火を入れるという。戦士になったら意識投射して、光子崩壊の様子を絶対見学するぞ!!
なんて感じにワクワクしていたら、いつの間にか正午になっていた。「練習は本番のように本番は練習のように」を座右の銘にしているとはいえ、緊張感がなさ過ぎではないだろうか? う~んでも登山と下山を四割の体重ですると、正直まったく疲れないんだよね。二次試験がないなら100%、三往復可能だったな。ハハハ・・・
6時間で山脈を6つ越えた正午、第三峡谷のコロニー飛行車で1時間の休憩を取った。昨夜ここに泊まった生徒は2000人近くいたそうだけど、今の利用者は俺一人。通常の一次試験で今ここを休憩所にしていたら不合格ほぼ確定だから、これは喜ぶべきこと。俺がボッチという訳では決してないのである。いや、ただの誤魔化しなんだけどさ。
それはさて置き、計画変更か否かを早急に決めねばならない。湯船に顎まで浸かり、ついでに明潜在意識にも浸かって考察していく。その結果、計画を順守することにした。意識投射によるコロニー探検も、無し。今は戦士試験合格に全力を注ぐべきだと、気づいたのだ。今夜を逃したら光子崩壊炉を二度と見学できないって事も、ないんだしね。
かくなる決定を下した俺はその後も順調に計画をこなし、今夜の宿泊場所の合宿所に到着した。一次試験で超山脈を一往復半する生徒は二晩目を合宿所で過ごすのが恒例だから、俺が一人で泊ってもさほど奇異ではない。教官すらいない合宿所に宿泊するのは、これが最初で最後だろうけどさ。
時刻は午後3時。1時間早く到着したから、瞑想と輝力操作訓練を昨日の三倍近くできるはず。午後六時までに2時間を瞑想と輝力操作訓練に充て、就寝した。
翌、午前5時起床。
瞑想と輝力操作訓練を50分して、午前6時に合宿所を後にした。
計画では、午前11時にゴールできるはず。正直言うと、超山脈を片道縦断した初日の時点で一次試験合格の通知をもらえている。けど、合宿所で7年間走り込んだ集大成として、やっぱ最後はゴールテープを切りたい俺だった。
昨日のように「いつの間にか正午になっていた」なんて事がないよう、気を張って駆けていく。試験三日目の今日、飛行器に支障は出ていない。疲労すら皆無なため美雪と相談し、スキルを一度も切らず二つの山脈と一つの峡谷を走破した。人目も無いので、ふわりふわりを抑制せず平地を駆けてゆく。お陰で宙を漂うふわふわ中に、体を弛緩させることを覚えた。続いてふわふわ中に輝力圧縮を解くことも覚え、この二つを重ねたところ、第三峡谷で音速の壁を楽に突破することができた。美雪によると、一次試験中に音速を出したのは人類初らしい。頭を抱えた俺の脳裏に、昇と奏を始めとする大勢の子供達が映った。「そうか、そうだったな。兄ちゃん忘れてたよ」 声に出して子供達に詫びたのち、美雪に尋ねる。
「一次試験中に音速を出したのが人類初ってことは、合宿中はいるって事かな?」「100年に1人レベルだけど、いるわ」「高原ではいる?」「挑戦者は10人以上いたけど、いない。歴代の最高速度は、時速715キロね」「美雪、俺は忘れていたよ」「うん、何を?」「俺は、大勢の子供達の先生なんだ。先を行く者として、俺は第三高原で音速走りに挑戦する」「了解です。翔、ご武運を!」
戦いに挑む者として美雪に対応してもらえた。
その嬉しさを胸に、宙を漂うふわふわ中の技術を磨いていく。具体的には、最高弛緩率と最長弛緩時間の見極めに全力を注いだ。音速維持に必要な筋力を100とするなら、足が地面に触れていない間の筋力をどこまで下げられるのか? 足が地面に触れていない時間を3秒とするなら、弛緩していられる最長時間は何秒なのか? この二つを、体の感覚だけを頼りに模索したのである。これは学校の2キロ直線では不可能な、超山脈でのみ可能なこと。それに今やっと気づいた俺は一次試験中にするしかなかったけど、子供達は合宿中に模索してほしい。合宿中に正解を見つけて試験に臨むのが、理想だからね。
だがその一方、今の俺のみに可能なこともある。それは一次試験中でも創意工夫と挑戦心を決して忘れてはならないと、子供達に見せることだ。その中には「無謀な工夫や挑戦であってはならない」という見本も含まれているから、超絶難しいんだけどさ。
しかし模索した甲斐あって第三峡谷を走り終えるころには、体重軽減率60%における弛緩率90%を達成するに至った。数値だけなら、五割増しの効率を叩き出したのである。といっても弛緩率90%は機械計測をしていない、ただの個人的感覚に過ぎないんだけどね、ハハハハ~~




