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といった感じだ。繰り返すが、一度で理解し迷いなく行動するには少々複雑と言える。しかし担当AⅠに質問可能だから、理不尽ではないのだろう。とはいえ何事にも例外はあり、そしてあろうことかその例外に今回は俺が引っかかってしまった。一往復以上の希望者の箇所を霧島教官は最後に語ったため注意力散漫だったら聞き逃したかもしれず、また聞き逃さなかったとしても、現在時刻は0620なのだ。今すぐ申請しないと間に合わないのに、食堂にいる202人全員が着席しているのである。試験中なため野郎共は沈黙を守っていても、7年間の寮生活は伊達ではない。皆の胸中の爆笑が、実際に聞いているかの如く感じられる。二人の教官もそこに含まれているのだから堪ったものではないが、いたしかたない。俺は離席し、全員の注目を浴びつつキビキビ歩いて霧島教官のもとに向かった。そして敬礼し、申請する。
「教官殿、自分は一往復以上を希望します」
「許可する。一往復以上の者は、超山脈中央寄りに特別道を割り振られる。一往復なら第一山脈北麓が出発点、一往復半なら第五山脈南麓が出発点だ。翔の希望は?」
「二往復です」
「許可する。出発は0700だ。席へ戻れ」
着席して2分経たず、0625を迎えた。知ってはいたが、一往復以上の希望者は俺だけだった。霧島教官の声が食堂に響く。
「寝食を7年間共にした仲として、もう一度だけ言う。『今は試験中』だ。それを忘れず、各自行動せよ。現時刻をもって、着席の義務を免除する」
それを最後に二人の教官は口をつぐんだ。200人の生徒達が、三通りの行動を自発的に始める。最も人数が多いのは、2Dキーボードを出し担当AⅠとの対話を始める者。次に多いのは、野戦食二食を支給されに行く者。そして最も少数なのは、トイレに向かう者だ。ちなみに俺は、野戦食組。腹が減っては戦ができぬ、が俺の信条だからね。よってまずは食料を確保し、続いてトイレを済ませ、準備万端整えてから美雪とじっくり対話するという予定を俺は立てた。集中スキルのお陰で、霧島教官の説明は要約して記憶済だしさ。
準備を整え、再度着席する。2Dキーボードを出し美雪と対話し、記憶に間違いのないことを確認していく。よし、齟齬はないようだ。さあでは、ダメ元の質問時間といきますか。用を足しつつ考えたもっともらしい理由を添え、キーボードを弾いた。
「一往復以上の希望者は足が速く、すれ違い時の危険度が増す。危険排除の一環として、一往復以上の希望者数を教えてくれないかな?」「妥当な質問と認め、答えます。今年の一次試験で一往復以上を希望した生徒は、1名でした」「名前を明かすなら1人、伏せるなら1名。ということは希望者数だけなら、誰にでも開示可能ってこと?」
人類軍は名前を伏せるなら「名」を使い、明かすなら「人」を使う。この規則は日本語に通じるため入学早々覚えたのは置き、これを元に美雪の説明を考察するとこうなったのである。「一往復以上の希望者数だけなら、AⅠは質問者全員に『1名です』と答えるのではないか」と。
そしてそれは、どうやら正しかったらしい。
「妥当な質問であること。これが唯一の、希望者数を知るための制限です。人類軍によると希望者数を開示されたのは、2千人を優に超えるようですね」「あはは、さようですか・・・」
爆笑を堪える気配が食堂に満ちていると感じていたけど、理由はコレだったのか。意図的にガックリ項垂れてやろうかと思ったが、下手したら試験妨害になるかもしれない。俺はすまし顔を作り、0655までキ2Dーボードを弾いていた。
2Dーボードを消し、玄関に向かう。玄関を出たところで回れ右をし、寮に敬礼。再度回れ右をし、俺の訓練場にも敬礼した。ここで過ごした7年間が、脳裏に次々蘇ってくる。胸の中で今一度感謝を述べ、俺用の飛行車へ足を向けた。
野郎共が搭乗する1千人乗りの飛行車は、まだ到着していない。対して人類軍が差し向けてくれた俺用の四人乗りは、既に停車していた。食堂で美雪に確認したところ、建物や人への敬礼は試験中でも許されるという。俺は友人達に正対し、踵を打ち鳴らす。友人達も一斉に、踵を打ち鳴らしてくれた。そして、
ザッッ
この200人でする最後の敬礼を皆と交わす。寮と訓練場は終始くっきり見えていたが、友人達は無理だった。霞む199人に「またな」と心の中で告げ、俺は飛行車に乗った。
飛行車のAⅠとやり取りし、少し早いが出発してもらう。眼下に広がる学校は、あえて見なかった。霞む程度じゃ済まないって、判っていたからさ。
今日は快晴。美雪によると、超山脈も快晴らしい。南半球は半年後の季節と考えて正解だから、超山脈はこちらの10月1日。超山脈周辺は残暑もないし、きっと運動に最適の日なのだろう。天候悪化による試験中止を防ぐべく人類軍が気象コントロールを実地するそうなので、風も穏やかなのだろうな。
気象コントロールといえば、俺達の合宿所の生徒が超山脈で悪天候に遭ったことは一度もなかった。俺達の合宿所以外で悪天候が一度もなかったのは、舞ちゃんの合宿所を除けば極少数とのこと。それは偏に、超山脈の妖精さん達のお陰。天候を司る妖精さん達、7年間まことにありがとうございました。今日を含む三日間、俺と999人の野郎共は離れ離れになるけど、気象コントロールがあるから心配無用だな。
それにしても、一往復以上を走るのが俺だけなのは想定外だった。俺の知る限り颯と百花さんは確実に一往復でき、舞ちゃんに至っては朝飯前のはずだけど、加点にならないなら無駄なことはせず二次試験に注力するのが正解なのだろうか。でも俺は先生役を今後も続けていくつもりだから、箔がつく機会を逃すワケにはいかないんだよなあ・・・
などとイジイジ考えているうち、第一山脈北麓の出発地点に着いた。現在時刻は0720、試験開始までまだ40分あるけど、自分の目で見て確認すべく車外に出る。ホバリングしている俺専用のドローンが、幅11メートルの直線道の入り口を2D映像で地面に映してくれている。そのスタートラインの中央に立ったところ、足元に「空翔の道、使用者1名」との3D文字が浮かび上がった。美雪にそれを告げ、ここで合っているか最終確認する。無論「合っているよ」と返された俺は安堵の息をつき、気になっていたことを尋ねた。
「美雪、お隣さんと俺はどれくらい離れているのかな?」「西隣を走る男子生徒はいないわ。東隣とは、安全確保の名目で2キロ離れているよ」「安全確保の名目で2キロって、大げさな距離と意味深な言い回しだね。下手したら四度すれ違うことなり、お隣さんのやる気を削ぐかもしれないから、2キロ離したとか?」「ごめんなさい、それには答えられないの」「俺こそゴメン、質問を変えるよ。通常コースから2キロも離れたここを走る生徒は少ないと思うけど、足場の安全確認はどの程度している?」「重量300キロの多脚ロボットを二往復させて、幅11メートルの足場の安全確認をしたみたい。それと、母さんから伝言。『翔に因果がなければ、本体が直前に教えてくれます。心の耳を常に澄ませておきなさい』ですって」「了解です澄ませておきますありがとうって、母さんに伝えておいて」「了解」




