9
顔をグイグイ近づけてくる二人に気圧されるも、まさしく二人の指摘どおりインターネットという巨大な変化が社会に訪れていたのでそれを説明した。すると説明するにつれ「変ねえ」「不可解だわ」系の疑問の言葉を、二人は首を傾げて呟くようになっていった。なんとなくだが、二人の疑問に答えられるのは母さんだけな気がして、顔を母さんに向けてみる。母さんは「決定的な情報はまだ開示できないと思うけど、三人で話を先へ進めてごらんなさい」と、会話の継続を俺達に促した。二人と話すのが大好きな俺に、否などあろうはずがない。「不可解や変と感じる理由を教えて」と問うたところ、疑問顔を引き続き浮かべつつ、美雪と冴子ちゃんはこんなことを言った。
「暗記中心の教育は、自分で考えることの偉大さや素晴らしさを子供達に気づかせない教育でもあるの。テレビや新聞等のマスメディアの台頭は、その教育と相性がとても良かった。『テレビや新聞で配信される情報は正しい情報だから、国民は自分で考えず、それを盲目的に受け入れていればいい』 人々をそう誘導することで政府とマスメディアは、自分達に都合の良い国民を量産していったのね」
「けどインターネットは、マスメディアと根本的に異なる。個々が自分の意見を自由に発信するインターネットでは、自分で考えることが不可欠になるの。大勢の人達が発信する多種多様な情報の中から、正しいと思われる情報を自分で考え選び取っていく作業が、インターネットではどうしても必要になるのね」
「政府やマスメディアが社会のこの変化を、自分達の存在を揺るがす由々しき事態と捉えられたら、ある意味まだ救いがあったわ。政府とマスメディアに、それを認識するだけの知性があるという事だからね」
「でも翔の話によると、日本の政府とマスメディアにその知性はなかった。国会議員の大半を占める老人達は新聞とテレビを相変わらず情報源にし、マスメディアは偏向報道と低品質番組を垂れ流すことで国民の信頼を急速に失っていった。こうして政府とマスメディアは過去の遺物となり、それに対し国民は新時代の風に後押しされるから、普通なら革命が成功しやすい状況になっているはずなのに・・・・」
「翔の前世の日本では、革命が起きる気配はなかったのよね? ううん革命どころか、その数歩手前の改革すら、無理な気配が濃厚だったのよね??」
「それが私と美雪には、どうしても不可解だったのよ」
正直、俺は混乱していた。
前世が日本人だった俺は、革命どころか改革すら自力で成せなかった理由を、ぼんやりとなら理解していた。そのぼんやりを文字にするなら、「それが日本人の国民性なんだよ」になるだろう。
だが、その国民性を持つに至った原因は何なのかと自問しても、小さな原因が心にちらほら浮かぶだけで決定的な原因はまったく解らなかった。第二次世界大戦後の改革は、GHQが強引に推し進めただけ。明治維新も一握りの人達が成したにすぎず、民衆は無関係。為政者が朝廷から武士に代わった鎌倉幕府の成立も主体は武士だし、それ以前も民衆が主体となった改革はない。戦国期に宗教が主導した地方限定の改革はあったが、主導したのは宗教であって民衆ではない。このように日本人はフランス革命のような、名も無き一人一人が立ち上がったいわゆる市民革命を、有史以来たった一度も成功させていないのである。ならばその理由は、いったい何なのか? そう自問してもぼんやりとした理由が解るに留まり、決定的な理由は思い付くことすら不可能。という自分の状態に、俺は混乱したのだ。その耳に、
「解答とはとても言えませんが、私が答えましょう」
母さんの声が届いた。俺と美雪と冴子ちゃんが、定規を当てたが如く背筋を伸ばす。そんな俺達に柔らかな光を放ってから、母さんは話し始めた。
「現行の学問では、決定的な理由は判明しないと断言できます。しかしそれは、オカルトやスピリチュアルや都市伝説等に正解があるという意味では決してありません。翔なら、耳にしたことがありますよね。ユダヤの失われた十二部族の一つが日本人の先祖であるという、説を」
もちろん聞いたことがあった。というか聞いたことがあったから、母さんが教えてくれたソロモン王の逸話と箸墓古墳の伝説を結び付けられたのだけど、それは脇に置き。
「はい、あります」
「良かった。では日本人を特別視するオカルト系の説を、可能な限り挙げてくれますか」
母さんにそう頼まれた俺は頼りにされた気がして、喜んでそれらを挙げていった。だが、四十年以上に渡る中二病で貯め込んだ数多の説をもってしても、正解にかすりもしなかったらしい。「やはりありませんでしたか。正解にほんの少しでも触れていたら、それを足掛かりに様々なことを話せたのですが」 そう溜息をつき、独り言のごとく語り始めた母さんの話はしかし、中二病に侵食された俺の心を刺激してやまない内容だった。
「日本人がかつていた場所には、太陽と星に類する物はあっても、月はありませんでした。伝説に謳われた無辺の空に、伝説に謳われた月を仰いだ人々は、親しみと愛情を月へ捧げずにはいられなかったのです。と言っても月にそのような想いを抱くこと自体は、美雪や冴子の疑問となにも関係ないんですけどね」
母さんによると、月を愛し親しむ文化は、地球では珍しいらしい。言われてみれば狼男は満月を見て変身するし、また史実としてヨーロッパでは20世紀ごろまで、満月の夜は馬が落ち着かず苦労したと伝えられている。月の光を浴びて力を増す悪しき存在を警戒する風習は世界中にあってとも、月を心待ちにして宴を開くお月見のような文化は稀有と、母さんは語ったのである。独り言のような演出をしていたため質問しようにも質問できず、身もだえしたけどさ。
そうこうするうち訓練時間が終わりに近づき、「スキルの等級について取り急ぎ話してしまいましょう」との事になった。ホント言うと等級に多大な関心を寄せていた俺は、聴く姿勢を大急ぎで整える。俺が転生時に見た等級は、勇者級を上限として数えると8つあった。しかし、それをそのままアトランティス軍に適用するのは無理だった。なぜなら勇者と称される司令長官を上限として数えると、アトランティス軍には1つ多い、9つの階級があったからだ。
「スキル審査は、『素質の等級』と『現在の等級』の二つを計測します。ですが13歳にならないと、その両方を知ることはできません。3歳の審査では両方を伏せ、7歳の審査では現在の等級だけを明かし、そして13歳の審査でやっと、希望者にのみ両方を告げる。これがアトランティス星の規則ですね」
勘違いしていたが、戦士になる試験の合否に関係なくアトランティス人は全員、3歳、7歳、13歳、20歳でスキル審査を受けるという。特に13歳の審査では職業スキルも教えてもらえるので、希望しない人はまずいないそうだ。俺も例に漏れず、適性のある職業を知りたくてたまらなかった。
適正職業には、7歳から13歳までの6年間の過ごし方が大いに関わるらしい。俺の目標は戦士一択でも、「反重力エンジンの仕組みを知りたい知りたい~~!!」と中二病が執拗に叫んでいるのも事実。4月以降の座学については、美雪と相談することにした。
「戦士を目指すなら、現在の等級がとても重要になります。輝力量と輝力操作と剣術適正の全てが、7歳では基礎初級以上、13歳では基礎中級以上、20歳では基礎上級以上になっていなければ、合格は絶望なのが現実ですね」
基礎級なんて等級があったのですね、との言葉を俺はすんでの所で飲み込んだ。基礎級のお陰で軍隊に9つの階級があることを説明できたのだから、わざわざ質問して母さんを煩わせてはならないのである。転生時に基礎級が表示されていなかった理由は、時間もないので後回しにする事にした。
「さて、訓練終了まで残り1分半ですね。翔、質問はありますか?」
「はい、質問させてください。元地球人の僕が反重力エンジンを理解するには、座学をどれくらい受けねばなりませんか?」
「ふふふ、翔はUFOの駆動システムを知りたいのかな?」
「はい、メチャクチャ知りたいです!!」
もし俺に尻尾があったら、高速回転する尻尾がプロペラになって空を飛べたかも。と、半ば本気で思えるほど俺は歓喜していた。反重力エンジンを学べるだけでも嬉しくて仕方ないのに、母さんが俺の趣味嗜好を理解して「UFOの駆動システム」と表現してくれたのだから、尻尾がプロペラ化して当然だったのである。いや俺に、尻尾は無いけどさ!
それはさて置き母さんによると、学問的に理解するだけなら座学は週に6時間で済むらしい。ただ、現行エンジンの部品を製造する製造者になるなら週12時間の座学が必要になり、新エンジンを新たに造る開発メンバーになるのを希望するなら週40時間でも足りないかもしれない、との事だった。それを知りポンと閃いた目標を、俺は無意識に発表していた。
「今生は素質の形成に留め、毎日1時間を目標にします!」
そう口にしてから改めて考えると、我ながら適切な目標に思えた。週40時間を費やしても確定しないのは、今生の俺に素質がないか、もしくはあっても等級が低いという事だからね。その正誤は別として、母さんと美雪と冴子ちゃんは「「「翔がんばれ~」」」と声を揃えて応援してくれた。
その応援をもって今日の訓練は、終了したのだった。




