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しかも戦争期と呼ばれるこの1900年間で歴代最強のポンコツ娘なのよねどうしましょう、と付け加えた母さんに、俺は土下座した。いや物理的な土下座ではなく心の中でしただけだが、テレパシー交信の最中だったからだろう、それは現実と遜色ない誠意のこもった土下座になった。そんな俺に母さんは、「美雪をどうぞよろしくお願いします」と三つ指をつく。「命がけで守ります」 即答したその八文字を、言葉の綾ではなく体を張って実行できる戦争期に生まれたことへ、俺は密かに感謝した。
テーブルの下座に右から美雪、冴子ちゃん、俺の順で腰を下ろした。この席順にポンコツ娘は「翔の隣がいい~、ここじゃ抱き着けない~」系の文句をブツブツ垂れていたが、冴子ちゃんに「母さんの講義妨害にならない絶対の自信はある?」と問われるなり、口をつぐんで静かになった。少し前かがみのその背中を冴子ちゃんが優しく叩き、俺も身を乗り出して叩く。凛とした表情に戻った美雪をリーダーにし、三人そろって背筋を伸ばした。対面する上座に、白光が現れる。燦々と放つ輝力が普段より多いことに息を呑んだ俺へ、母さんは語り掛けた。
「翔、苦労をあえて背負う孤児院生活に同意してくれて、ありがとう。美雪の心労を軽減すべく先回りしてくれたことも、二人の母として嬉しく思います」
ポンコツ娘が講義妨害にならぬよう席次を配慮した冴子にも母は感謝しています、と母さんがおどけて付け加えるや、テーブルに笑いが溢れた。下座右端の美雪だけは、頭を掻いて苦笑していたけどね。
母さんはそれから、心の成長と苦労の関係を説いた。苦労によって新しい視野が開け、今まで見えなかったモノが見えるようになることは、心の成長を促してくれる。翔は4月からの6年間で、新たな視野を三つ開く。一つ目は疎外感の苦労を経て開き、二つ目は責任感の苦労を経て開くのは想像できても、三つ目は難しいと思う。三つ目が開くことを私は楽しみにしていますから、翔も楽しみにしていてください。そう説いた母さんへ「楽しみにしてます!」と元気よく答えたら、再び笑いが起こった。今回は全員で底抜けに笑えて、楽しかったなあ。
講義内容が次へ移る前、「そうだ忘れてた」と母さんが慌てて言った。首を傾げる三人の、左端へ母さんは向き直る。
「翔は美雪の講義の冒頭で、時間の余裕の有無を尋ねたわよね。余裕はたっぷりあると答えた美雪に、質問がある旨を翔は伝えたけど、未だそれは成されていない。その質問でも他の質問でもいいから、何かあったら遠慮せず訊いてね」
そうだった俺自身も忘れていた、と気づきシミュレーションしたところ、今は他の質問をするのが最善と出た。よってそれを問うてみる。
「他の質問をします。戦士にならなかった子供達は、20歳までどのように過ごしますか? また20歳で不合格になったら、社会に出るさい不利になったりしますか?」
7歳の試験に落ちたとたん底辺確定になるなんてこの星では考えられないし、20歳で落ちたら職業訓練不足になるともやはり思えない。しかし、ではどうなるかと推測する材料を俺はまったく持っておらず、そしてその原因が4年間の引きこもりにあるなら、それは来月からの孤児院生活の不安材料にきっとなる。いわゆる「そんなことも知らないの?」「お前の脳って低性能なんだな」「や~いや~い落ちこぼれ~」ってヤツだな。かくしてホントは内心ビクビクしつつ、俺はそれを尋ねたのである。その内心を、
「・・・アンタなんか、ビクビクしてない?」
と的確に見抜き、かつド直球で訊いてくるのが冴子ちゃんの良さなのだ。冴子ちゃんならド直球でも全然不快じゃないし、時間の節約にもなるしさ。
「うん、ビクビクしてる。孤児院では一般常識なのに引きこもってた僕だけが知らないとか、考えるだけで寒気がするよ」
「あ~なるほど、でも安心しなさい。それ、孤児院の子もみんな知らないわ。親元から訓練場に通っている子の中には、親にこっそり教えられた子もいるでしょうけどね」
アンタは精神年齢が異様に高いから話すけど他の子にはナイショよ、と念押しして冴子ちゃんが教えてくれたところによると、一般人の戦死者がいないこの星における戦争孤児は全員が戦士の子であり、遺伝によって戦士になる率が二割ちょい高くなるという。戦士になるには輝力量と輝力操作と剣術に秀でていなければならず、そして輝力量と輝力操作は、人格的優位性と職業的優位性に結びつきやすいことが科学的に解明されている。したがって・・・・とここで冴子ちゃんは言葉を切り、「アンタなら今の情報で大まかな自問自答が可能なんじゃない?」と挑戦的な眼差しになった。ここで受けて立たねば、冴子ちゃんの友人の資格なし! なのは間違いなくとも、確証を持てなかったため時間稼ぎをさせてもらった。
「う~ん、輝力量が多く輝力操作に長けていると医療に頼らずとも健康を謳歌できて、集中力や手先の器用さや頭の回転等々も向上する。それらを総称して、職業的優位性と呼んでいるのかな?」
「ええそうね、当たっているわ」
確証を100メートル走のゴールラインとするなら、時間稼ぎによって得た情報のお陰で、ゴールラインの3メートル手前まで来た感じだろうか? とはいえ、ゴールを割ってしまったら面白味がなくなるのも事実。したがって3メートル手前で、俺は勝負に出た。
「戦士以外の職業を将来の目標にしている子もいるはずだし、自分は戦士に向いてないと早い段階で悟る子もいると思う。そういう子は剣術に時間を割かなくなる代わりに輝力量と輝力操作の訓練を増やし、それが実ってこの二つに関しては、戦士とさほど遜色なくなる。戦士の子の遺伝的優位性が二割ちょいしかないのは、こういう理由なんじゃないかな」
「ん、よしよし。さすがは私の友達ね」「えっと冴子ちゃん、友達ならよしよしとかあまりしない気がするんだけど」「そんな事ない、頻繁にするよ。地球でしないだけなんじゃない?」「そうなんだ。じゃあ僕も新しい孤児院で友達ができたら・・・」「ちょっと冴子、嘘を教えないで。翔、よしよしは皆無ではないけど、頻繁では決してないからね!」「ちっ、もう少しだったのに」「「もう少しじゃな~~い!!」」
なんてワイワイやる俺ら三人に、胸をポカポカにする笑顔を浮かべていた母さんが、機を見て補足説明をしてくれた。それによると、戦士の試験に20歳で落ちても上位25%の戦闘力を有する若者は人格的にも能力的にも非常に優秀なため、社会に出て不利になることは決して無いという。また、筋力で剣を振らないアトランティス流剣術は腕と脚をスラリと長くする顕著な傾向があり、したがって大抵の人は十代後半まで週三日計六時間の剣術訓練を続けるとの事だった。「ってことは!」と冴子ちゃんに目を向けたところ、かつての太団長閣下は得意げに胸をそびやかしていた。どうも冴子ちゃんは、抜群のプロポーションを誇る美貌の女戦士として名を馳せていたらしいのである。母さんも「冴子、国民の戦意高揚に多大な貢献をしてくれてありがとう」と800年経っても謝意を述べていたくらいだから、相当な美女だったに違いない。「冴子ちゃん、その頃の写真を見たい!」「ふふん、アンタが戦士になったら考えてあげるわ」「オッシャ――ッ!」 などとやっているうち時間はサクサクすぎ、休憩の必要性を問われた。疲れていないどころか気力体力共に満タンだったのでトイレだけ済ませ、すっ飛んで帰ってきて椅子に腰を下ろす。家族の団欒を過ごしているみたいだったからホント言うと、トイレの時間すらもったいなかったんだけどね。
それはさて置き母さんの講義が再開した。内容は、3歳のスキル審査と7歳のスキル審査の違いについて。と言っても「7歳の審査ではスキルに等級が付く」という、たった一つの違いしかないとの事だった。
「3歳のスキル審査でも、大まかな等級は判るの。でもそれを子供達に伝えたのは、戦争期の最初期の一度だけだったわ。等級の高低に関係なく、悪い結果になることの方が圧倒的に多かったのよ」
3歳で判明する等級は、素質とほぼ同義らしい。その素質を3歳という未熟極まる年齢で知ったら、果たしてどうなるのか。こんな俺でも容易く想像できるように、素質の高い子は慢心しやすくなり低い子はやる気をなくすという結果に、なってしまうそうだ。
「スキル審査には、1900年で集めた膨大な情報がある。その情報をもってしてもスキルを審査するだけでは、未来の予測値に大幅な齟齬が出る。齟齬を生む最大要素は、精神年齢。精神年齢の高い子は予測値を超えて成長するけど、低い子はその逆になるのね」