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かくして謎の解けぬまま4カ月が過ぎ、満1歳になった奏も同じ運動を自発的に始めた。地球人の場合、早い子は9カ月で話す意欲を示し、1歳半で二つの単語を組み合わせられるようになり、2歳少しで初歩的な意思疎通が可能になる。アトランティス人の場合はそれぞれ7カ月、1歳2カ月、1歳10カ月であり、両種族変わらず女子の方が早く、奏はその中でも早かった。1歳で運動を始めると言語習得は更に早まり1週間もすると二つの単語を組み合わせられるようになり、翌週には僅かながら意思疎通できるようになったのだ。女の子ゆえかお喋りも大好きでニコニコ耳を傾けていると盛んに話しかけてきて、それを介し根気よく解明していったところ、「生まれる前に雲の上で決めた」ということが判明した。そう奏は、いわゆる出生前記憶を語り出したのである。
ただ伝えようとしている内容を正確に表現し得る単語をまだ覚えていないらしく、全貌を把握できたのは3カ月半が経過した1歳4カ月だった。その日は奏の星務員の職種が判明した日でもあり、奏というか前世の翠さんは、子供達の世話係をしていたという。地球でいうところの、雲の上の天使だね。雲の上の天使として翠さんは、生まれる前の昇の世話をした。この星を卒業できたのにしなかった昇は出生時の身体特性をかなり詳しく設定でき、しかし大聖者と異なり心が子供に戻った状態で設定せねばならなかったため、星務員の助力が不可欠だったのだ。とはいえそれはあくまで助力に留め本人の自主性を最重視せねばならぬあたり、星務員でないと務まらぬ仕事なのだろう。もちろん翠さんはそれに沿って昇を助け、そして昇が多大な苦労を経て考案したのが、1歳で自発的に始めた一連の運動だったのである。
ということを、昇が件の運動を始めた8カ月後にやっと解明できた日の夜、夢に母さんが現れ詳細を教えてくれた。ほら大聖者って、まず自分でやってみて一定の成果を出してからじゃないと、何も話してくれないからさ。
「翔に前世の記憶が蘇ったのは、2歳11カ月よね」「はい、そうです」「この星は独自の数え年を採用しているから少々複雑だけど、3歳のスキル検査の前日に翔は前世の記憶を蘇らせました。その蘇らせ率はこの星の平均からすると、あり得ない数値でね。加えて前世の翔の精神年齢は、地球人換算すると300歳だったの。その精神年齢300歳を2歳11カ月でほぼ100%蘇らせたのは、私のような者を除けば無に等しいと覚えておきなさい」
かつて母さんは俺に「翔の精神年齢は数百万人に1人」と言ったことがある。けどそれは、当時の俺には本当の数値をまだ明かせなかったため、桁を二つ少なくして俺に教えたのだそうだ。長年の謎が解けた喜びなど一切なく、俺は頭を抱えるばかりだった。この星の125歳は、地球人換算すると363歳の精神年齢だったはず。精神年齢300歳はこの星ですら90歳を超え、それを思うと「こりゃ地球で変人認定されて当然だ」と頭を抱えずにはいられなかったんだね。
「昇は2歳半で、奏は3歳と1カ月半でスキル検査を受けます。スキル検査を理解し、検査翌日から本格的な訓練をすることを望んだ昇は、2歳半で前世の記憶を蘇らせる設定をしました。しかし蘇らせ率は、昇ですら7%がせいぜい。地球人の30歳くらいなのよ」
ピッタリ7%のピッタリ30歳とすると、功さんの精神年齢は約429歳になる。さすが功さんと賞賛することで、俺に関するアレコレを意識の外へ蹴飛ばすことに成功した。
「昇と奏の健康スキルは、当初は神話級でした。しかし満1歳で運動を自発的に始めることと、前世の記憶を取り戻すや三大有用スキルを急成長させる設定をしたため、健康スキルは一つ低い勇者級になりました。その対策として、翔と同じ13歳で同スキルを勇者級にすることを目標にしました。さて翔、この先の私の話を予想できる?」
「軽業スキルを可及的速やかに身に着け、輝力工芸スキル習得の助けにする。工芸スキルを持っていれば幼年学校の仲間に習得方法を教えられ、それの報いとして7歳までに健康スキルを英雄級にする。7歳以降は呼吸法等も教えて、13歳の勇者級を目指す。これ以外の予想としては、俺と翼さんが銀騎士団隊を教える様子を、昇は未来の出来事として出生前に見ていたということ。俺と翼さんが銀騎士隊に『ゆっくりバク転』を教えたのは、昇が生後4カ月の頃でしたからね」
すべて正解、と母さんは微笑んだ。ダメもとで「創造力を発揮すれば、スキルの最高到達等級を上げられるんですよね」と訊いてみる。「当然上げられるわ。何を言っているのかしらこの子は」 のように演技過剰で呆れられたけど、嬉しくて全部水に流せた。だが面倒クサイことに、母さんはそれをスルーされたと解釈し拗ねてしまったのである。俺は能力を総動員し、面倒クサイ母の機嫌を取らねばならなかった。あの時は疲れた・・・
・・・さすが母さん、思い出しただけで少し疲れてしまった。話題を替えるとしよう。
1歳の昇が一連の運動を自発的に始めた仕組みは判明しても、奏には未知の部分が残っていた。「雲の上で奏を助けた星務員は、昇と奏のやり取りを知っていたのかな?」が未知の筆頭だろう。その答をもたらしたのは、昇だった。会話の成り立つ奏が可愛くてメロメロになっていたら昇が拗ね、昇も会話可能になったというあの出来事だね。ん? 拗ねるのも時と場合によっては、ポジティブなのかな?
まあそれは置いて、意思疎通可能になった昇に出生前記憶の有無を尋ねてみたところ、「くもの上にみどりがいたの」と返ってきたのである。
とはいうものの、男の子は女の子より気が散りやすく、かつお喋りも女の子ほど好きではない。然るに昇と気長にコミュニケーションを取ることを俺達は心がけ、そしてそれが実った十週間後、全体像を把握することに成功した。短くまとめると、こんな感じになるだろう。
『昇が雲の上で出生後の自分の設定に四苦八苦していたら、天使が近づいてきた。天使を一目見るなり前世の伴侶だったことを思い出した昇は、地上に降りず翠とずっとここで暮らしたいとかなりゴネた。翠は昇が落ち着くまでそばにいて頃合いを計り、生まれ変わった自分達の初対面シーンを空中に映した。小鳥姉さんと奏の入院先を皆で訪ねた、あの場面だ。すると現金なもので昇は生まれ変わることに興味を取り戻し、微笑んだ翠は初対面後の映像を続いて映した。それは二人がお隣さんの幼馴染から恋人を経て結婚するまでのダイジェスト版で昇はそれを見終わるや、出生後の設定を猛然と再開した。ダイジェスト版といってもそれには、三種の努力量による三種の夫婦仲が映し出されていたそうなのである。加えてそれには、4カ月早く生まれる自分の努力が奏の努力に影響する様子も映し出されていたとくれば、猛然と再開せねば男が廃るというもの。俄然やる気になった昇は翠の助力もあり、満1歳で行う自発的運動を奏に見せることを思い付き、満足のいく設定を完成させた。すると白髪白髭のお爺さん星務員(昇の弁によると神様ではなくお爺さん星務員)が近づいて来て、奏の出生後設定は自分が手伝うことを約束してくれた。それを聞き安心して、昇は地上に降りてきたのだそうだ』




