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年平均が0.4人にもかかわらず、俺達の学年に候補が6人いるのはなぜなのか? これを解明できれば俺の目標の「戦争の生還率を上げる」に必ず役立つので皆に協力を求め俺なりに調べたところ、主理由は二つあると感じた。一つは、輝力工芸スキルを持っていること。そう補欠合格の6人も、同スキルを習得していたのだ。そしてもう一つは、肉体の回復力が高いこと。こちらの方はデータ上そうなっているにすぎず、健康スキル習得者は舞ちゃんも含めてまだ一人も出ていない。だがデータにはくっきり現れているためある出来事を機に、全員一斉に習得するのではないかと俺は予想している。その出来事は、20歳の戦士試験に合格すること。四日連続で行う20歳の戦士試験は、肉体回復力の高い方が断然有利。それを知っている皆は回復力を三日間フル稼働させ、四日目の最終試験に臨むはず。そしてそれを制することで壁を乗り越え、健康スキルを習得するのではないかと俺は予想していたんだね。個人的には健康スキルの恩恵は、試験合格後の方が大きいと思う。こっちの理由も二つあり、一つは試験の84年後が次の戦争だから、もう一つは20歳で成長期が終わってしまうからだ。成長期が終わると、二日で8時間しか訓練できなくなる。でも健康スキルがあれば訓練時間を延長でき、仮に1時間延長するだけでも12.5%増なため、次の戦争は94年と6カ月後と同義になる。そうなんと、10年6カ月分の訓練に相当するんだね。それだけでもデカいのに、回復力が高まれば昨日の訓練に今日の訓練を積み重ねやすくなるから、スキル練度の上昇率も増加すると考えていい。そしてそのスキル練度の上昇率増加は健康スキルにも当然働き、そこに110歳まで肉体が老化しないという要素を加えたところ、美雪はこう試算した。
「健康スキルによる1時間延長は、訓練期間の15年増に相当するみたい」
ちなみに俺は今と変わらぬ毎日8時間を、84年間継続できるという。しかしそんなデータはどこにも無いため、期間増加が何年になるか美雪でも計算不可能らしい。超大雑把でもいいから聞きたいとねだったところ、「15×8=120なんて計算を私にさせて嬉しいの?」と拗ねられてしまった。拗ねられたとはいえその後の時間は前世の俺からしたら、リア充爆発しろだったと思うけどさ。
冗談ではなく前世の俺が呪詛を吐いている気がする。話題を替えるとしよう。
勇は3年生の早春に輝力工芸スキルを習得した。学校の野郎共も6年生のうちに全員習得し、超山脈合宿の野郎共も7年生のうちに全員習得すると予想されている。学校の女子も男子と同じだが、合宿の四校の女子は7年生中の習得を見込めない生徒が少しいるという。とはいえ習得していずとも20歳の戦士試験に十分合格できるから、悲観することはないのだろう。
スキルについては昇と奏が非常に興味深いので、改めて振り返ってみよう。
昇と奏が歩いたのは、この星における平均の満1歳だった。地球人より半年早いのは脇に置き、歩いた時期こそこの星の平均に沿っていたが、それ以降は差異が目立った。歩けるようになった二人はとにかく歩きたがり、しかも美しい歩行を明瞭に意識していて、みるみるそれを習得したのである。地球人は5歳くらいまでベタ足歩行なのに、二人は踵で着地し指で地面を蹴る歩行を、なんと2歳半で習得してしまった。2歳半の子が姿勢良くリズミカルにスタスタ歩く様子は「ここは地球じゃないんだ」と、俺に強く思わせたものだ。
また二人は歩けるようになるや、片脚を軸にして回転したがった。両腕を胸の前でクロスさせ片脚で立ち、くるくる回りたがったんだね。これも美しさを意識し、2歳になる頃には左右どちらを軸脚にしても4回転できるようになっていた。俺は地球のバレエを思い出し、軸ではない方の脚を漕ぐように使いいつまでも回転し続けられるよう訓練して二人に見せた。二人は非常に喜び遊び感覚で練習し、3歳でそれを習得してしまった。
歩けるようになった二人がしたがった運動はあと二つあり、うち一つはでんぐり返りだった。言うまでもなくこれも美しさにこだわり、連続でんぐり返りを二人はすぐ習得した。それを見届け、俺が手本になり側転してみせる。側転は腕力が足らず手こずっていたが、もう一つの運動にも腕力が必要だったこともあり、二人は根気よく練習していた。
昇と奏がしたがった最後の運動は、ブリッジだった。ただこれは昇の意図を最初つかめず、ブリッジと気づくまで時間を要してしまった。昇は奏より四か月早くこの運動を始めたけど、意思疎通可能になったのは奏の方が早かったからね。
昇はまっすぐ立とうとし、顔を天井に向け両腕を真っすぐ掲げようとし、その腕を後方へ傾けようとして、後ろにコテンと尻もちを付いた。足を肩幅に広いて立つだけでも苦労してバランスを取っているのに、顔を天井に向ける動作をそこに加えると、七割の確率でバランスを崩し尻もちを付いた。顔を天井に向けることに成功しても両腕を掲げようとするなり、やはり七割の確率でバランスを崩した。そして3回に1回の割合で両腕を真っすぐ掲げられても体が前後に絶えず揺れているため、両腕を意図的に後方へ動かしたのに、俺達はそれをバランスを取り損ねたと誤解していたのだ。昇、ゴメンな。
このように誤解していたせいで手助けが遅れたけど、それでも四苦八苦する昇を笑う者は誰もいなかった。懸命に努力する人を笑うヤツにろくな人間はいないから、まあ当然だね。とはいえ昇の意図を計りかね手助けできず、しかし稀に「顔を上に向けたまま後ろへ倒れる」ことがあったため、昇がこの運動を始めたら誰か一人は隣にいるよう心がけていた。数週間経つうち両腕を真っすぐ掲げられる確率が増し、それに伴い両腕を意図的に後ろへ動かしていると理解できるようになり、そして遂に「立った状態からブリッジしようとしている」ことに鈴姉さんが気づいたのである。この気づきは速報として送信され、昼休みに皆で喜んだものだ。俺と翼さんは「ん?」と、微かに首を捻ったけどね。
それはさて置きそれ以降は、昇を手助けできるようになった。両腕を後ろへ傾け始めたら、腰に手を添えて補助するようになったのである。1歳数カ月の昇の背骨は軟体動物のように柔らかく、補助さえあれば両手を床に付けることが容易くできた。しかし腕力が絶望的になく、補助を外すなりブリッジは崩れたが、「腕と胴体を真っすぐ使ってブリッジする訓練」には役立つため誰かが必ず補助を買って出ていた。気づくのが遅れてしまった罪滅ぼしにもなったからだ。またこの「腕と胴体を真っすぐ使ってブリッジする訓練」は、ある謎を解明するきっかけになった。それはズバリ、昇と奏はなぜこの運動を自発的に始めたのか、という謎だったのである。
昇と奏が自発的に始めたこれら一連の運動は、二人だけが行っていたこと。昇がこれらを始めた際、天風一族の習慣なのかと思い翼さんに動画を見てもらったが、「私も初めて見ました」と驚かれた。ならば可能性が次に高いのは「昇自身が考えた運動」になるも、昇に前世の記憶が蘇ったのは2歳半だったのでそれもない。前世の記憶が蘇った時期は、母さんに確認してもらったから絶対正しいしね。可能性としては「昇の本体がさせた」もあるけど、正解は別にあると俺達の本体が囁いていた。




