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「さあ次です。皆さんに想像してもらった老人は、皆さんの顔を凝視しつつわざわざ正面に移動しました。なぜこんな事になったかは後で紐解くとして、ここにも誤選択があります。『他の歩行者を認識していたのに正面衝突する場所へ移動したのは誤選択』ですね」
仕方ないだろ老人はそういうものだ、という地球人の声が・・・・以下省略。
「次の誤選択は『ハッと目を見開くも、顔を伏せ視線を切り、そのまま歩いて来る』です。はっきり言います。地球人はこの誤選択の重大さを、まったく理解していません。個人的には、この無理解が地球卒業を妨げている筆頭と考えています。説明しますね」
深呼吸を一つし、始めた。
「理性や良心は『常識として暗記しているもの』と、『本体との交流で育てたもの』の二種類があります。私達の本体は私達を常に客観視していますから、他の歩行者との正面衝突を選んだことを、間違いと知っています。だから本体は、『それは間違いだよ』と教えてくれます。その声を心が聞いたから老人はハッとしたのですし、またそのハッは前回の講義を基に説明すると『己の間違いに自ら気づいた瞬間』になるでしょう」
講堂が、シンと静まり返る。それを破り俺は述べた。
「本体の声を聞き、その正しさを認め、己の間違いを改め正しく生きる。その日常が、『本体との交流で育てた理性や良心』を心に形成します。そのような日々を過ごすことで、本体由来の理性や良心は少しずつ強化されていくのです。超絶重要なことなので、表現を変えて繰り返しますね。【本体由来の理性や良心を強化するには、本体由来の理性や良心に沿う日々を過ごすしかない】 この講義を受けている皆さんは、我が師に教えてもらっているでしょう。超能力を得ることや宇宙の真理を理解することは、地球卒業の必須条件ではありません。それらを持たずとも、地球卒業は十分可能です。その筆頭理由は『本体由来の理性や良心を強化するには、本体由来の理性や良心に沿う日々を過ごすしかない』にあります。これを日常として生きていれば、それだけで人は地球を卒業できるんですね」
痛みを伴うほどの静寂に負けず、続きを述べてゆく。
「ハッとした老人はその時、地球卒業を促す道と卒業を妨げる道の分岐点にいました。そして老人が選んだのは、卒業を妨げる道でした。しかし恐ろしいことに、老人は自分に『私は正しい選択をした』と言い聞かせていました。言い聞かせられる理由は、理性や良心が二種類あるからです。常識として暗記している理性や良心も、人は心の中に持っています。そっちの方の常識は、こう主張していたんですよ。『老人はそういうものだから仕方ない』『仕方ないから体の動く年下が道を譲るべき』といった感じです。言うまでもありませんが、これらを否定する常識ももちろんあります。でもそれを排除し、老人は『自分に都合の良い常識だけ』を掬い取った。けれどもそれを、否定する自分もいるんです。己の間違いを把握し、相手に理不尽な要求をしている自分を理解している自分も、心の中にちゃんといるんですよ。その後ろめたさが、顔を伏せ視線を切らせた。繰り返しますが顔を伏せ視線を切った老人は、自分が幾重にも間違っていることを、本当は理解しているんですね」
痛みが、このままでは激痛になってしまう。俺は皆に呼びかけ、背伸びや関節回しをしてもらった。肉体は無いのになぜか気持ちよく、それをノリの良い男性が面白おかしく発表し、笑いが溢れた。聖音に頼らずとも、こういうポジティブ化もある。男性に謝意を示し、講義を再開した。
「次の誤選択に移ります。顔を伏せ視線を切り正面衝突の未来を老人は選びましたが、歩行者同士の場合それはまず具現化しません。ほぼ間違いなく、相手が避けてくれるからです。さあ皆さん、シミュレーションしてください。老人に道を譲ったあなたは立ち止まって振り返り、去り行く老人へ目をやったとします。老人は、どのような状態ですか? 己の愚かさに打ちひしがれた老人の後姿を見た人は、いますか?」
問うまでもないというのが本音でも、決めつけはよくない。そう思い尋ねたけど、挙手した人はやはり誰もいませんでした。ははは・・・・
「少々過激なことを言いますが、以下が私の本音です。その老人達は、すでに何年も何十年も同じことをしています。いつもは神や仏の如き人格者なのに歩道だけは迷惑者になる、なんてことは無いんですよ。そこに働いている宇宙法則は、『人は選んだ未来の自分になる』です。老人が歩道で行ったのは、人生初の誤選択ではありません。同種の誤選択を、長年続けてきたのです。よって『人は選んだ未来の自分になる』の法則が働き、他者に最も迷惑をかける未来を、複数の未来の中から無意識に選ぶ自分を自分で造ってしまった。過激かつ悲しくとも、これが現実ですね」
そう、登場してもらった老人は、ダメな自分になる未来を無意識に選んでいた。せっかく左右を確認したのに、目が合った人と正面衝突するダメな自分を無意識に選んだ。せっかく本体が教えてくれたのに、本体の声を無視し真逆を行うダメな自分を無意識に選んだ。自分の誤選択のせいで他者に迷惑をかけたのに、反省せず同じことを繰り返すダメな自分を無意識に選んだ。このように老人は、【他者に最も迷惑をかける未来を無意識に選ぶネガティブ性の非常に強い自分を、自分で造ってしまった】のである。
「でも、なぜなのでしょうか? なぜこの老人は、こうもネガティブになってしまったのでしょうか? 大きな理由は三つありうち一つは、前回の講義に関係しています。不摂生をして自分一人が病気になるより、法律違反をして大勢の人に苦痛を強いお金持ちになる方が、ネガティブは重い。重いから、己の間違いを自覚し難い不幸が巡ってきている。この『己の間違いを自覚し難い方が不幸』に、老人はいます。何年も何十年もかけ多種多様な場面で大勢の人々に同種の迷惑をかけてきたから、『他者に最も迷惑をかける未来を無意識に選ぶようになっているのに自覚も反省も微塵もしないというかなり重い不幸』を、背負ってしまったのです。大きな理由の二つ目は、最初は難しくとも繰り返すうち簡単になるという成長の法則が、『ネガティブにも働く』ことにあります。老人も若いころは、自覚と反省をする清い心を持っていたんです。自分の間違いのせいで他の人に迷惑をかけちゃダメだと自覚し反省するような、ネガティブ行為の方が難しい時期もあったのです。しかし幾度も繰り返すうち簡単になり、いまでは最も迷惑になる未来を瞬時かつ無意識に選択する達人級になってしまった。このように成長の法則は、ネガティブへの成長にも作用するんですね。そして大きな理由の最後は、社会全体が間違っていることにあります。この老人を許容しない方が未熟な人間という、真逆の価値観に社会全体が染まっているのも大きな理由と言えるでしょう。社会全体が真逆になってしまった理由は、ひ孫弟子になれば学べますから楽しみにしてください」
この宇宙は極めて多種多様なため、一時的にほんの少し運を良くする方法が沢山あります。パワースポットに行ったり先祖の名を真摯に呼ぶ等々が、該当するでしょう。
さあ、想像してみてください。今回登場した老人が不幸に侵食され、霊能力者を訪ねたとします。その霊能力者に「一時的にほんの少し運を良くする方法」を教えられた老人はそれを行い、不幸を弱めることが出来ました。もちろん、一時的ですけどね。
では、以下2つを考えてください。
1、その方法で不幸が弱まった経験をした老人は、「己の間違いに自ら気づくこと」に近づいたでしょうか? それとも、遠ざかったでしょうか?
2、その霊能力者は老人と対面したさい、地球卒業を促す道と卒業を妨げる道の分岐点にいました。そして選択した「一時的にほんの少し運を良くする方法で金銭報酬を得た」は、上記どちらの道だったでしょうか?




