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「今年の夏休みは、天風の本拠地に虎鉄を連れて行ってみたら?」


 俺の今年の夏休みは、8月1日から11日まで。翼さんの夏休みは、8月5日から15日までだ。重なる日が7日あり、天風一族の本拠地は自然が豊かだから、虎鉄は冒険を一週間楽しめるかもしれない。明日の講義で翼さんに尋ね、問題ないなら虎鉄も誘ってみよう。山や海辺を、大興奮で探検する虎鉄が脳裏をよぎる。母さんの脳裏もよぎったのか俺達はそれから暫く、虎鉄がいかに賢く可愛い猫なのかを語り合った。


  ――――――


 翌、3月1日。

 講師になったら受講生時代より30分早く講堂に入りなさい、との鈴姉さんの言いつけを守り、俺は以前より30分早くオリュンポス山へ出発した。

 が、一番乗りではなかった。講堂に足を踏み入れるや、上山さんが出迎えてくれたのだ。出迎えというより抱きつかんばかりにすっ飛んで来たのでタジタジになったけど、「ひ孫もいるお祖母ちゃんに、ありがとう先生」と上山さんは笑顔になった。女性の笑顔は、やはりすこぶる良いもの。よって油断し「お祖母ちゃんって、上山さんピチピチじゃないですか」とつい本音をもらしたら、失敗した。「あら先生が、上山さんをくどいているわ」「いいないいな、次は私ね先生」「「「私も~~」」」「お願いです、どうか勘弁してくださいお姉様達!」「「「「アハハハ~~」」」」 というように、上山さんの友人達に格好のネタを提供してしまったのである。ここでようやく、こうも早い時間に友人一同が集結していることを認識し聞く意思を示した俺に、上山さんは姿勢を正して請うた。


「先生のお陰で、先日ひ孫弟子になれました。でも私、先生の講義にこれからも出席したいんです。どうか、許して頂けないでしょうか」


 友人達も一斉に腰を折ったとくればそれだけで了承一択なのに、俺も先月まったく同じことを雄哉さんに頼んだ身。然るにそれを説明したうえで、上山さんの頼みを快諾した。上山さんも友人達もたいへん喜び、それは俺も手放しで嬉しかったのだけど、友人全員が上品かつ麗しいお姉様だったのには困った。年上の美女軍団に、半包囲されてしまったのだ。最近俺も、成人した女性のだいたいの年齢を推測できるようになった。基準は非常にあいまいなのだが、上品さと麗しさにある。この星の女性達は年齢を重ねるごとに精神的にも美しくなり、それが上品さや麗しさとして世を照らしているようなのである。したがって組織の生徒さん達はとりわけ心が美しく、ひ孫のいる年齢ともなると内面的な美しさに益々磨きがかかり、つまり上山さんと同世代のお姉様方の破壊力はすさまじいの一言に尽き俺は完敗するしかなかったんだね。まあ母さんに慣れていたお陰で、醜態は晒さなかったけどさ。

 醜態は晒さずともその寸前になった俺に満足したのか、友人達は各々の席に散って行った。そう散ったのは友人達で上山さんは一人残っており、二度目のことゆえ今回は遅れず「何なりとどうぞ」と促したところ、話を二つされた。

 一つ目は、生徒代表の選出について。聴講生になった上山さんに代わり、新たな生徒代表を選ばねばならないそうなのだ。「講師の役目ということですか?」「はい、そうです」「この講義中に選ぶのがベストですよね」「はい、頑張ってください」「了解です」 鈴姉さんの生徒としてこの講義に五年間出席していた事もあり、難しくはなかった。「花岡さんはどうでしょう」「ご慧眼と存じます」 これにて一つ目は終了し、次に移った。そしてそれは、大いなる予感を俺にもたらしたのである。

 二つ目は、新受講生が来月また一人加わるという事だった。講師の俺も初耳の情報を上山さんがなぜ知っているかというと、新受講生は上山さんの孫娘なのだそうだ。


「一番下の孫の蓮花はすかと私は、昔から気が合いました。我が師の許可を頂きこの講義で習ったことを三年前から少しずつ教えていたら、私のひ孫弟子候補卒業を知らせに来てくださった我が師が、仰ったのです。『蓮花に意識投射を指導しなさい。おそらく、すぐしてのけるでしょう。本人が望むなら、4月1日から翔の講義に出席してもらいます』 翔先生、来月1日から蓮花をよろしくお願いします」


 蓮花さんは職業訓練校の18歳、前世はインド人だったという。地球については忘れてしまったことが増えてきたけど、蓮の花が大好きだったお陰でインドの国花が蓮だったのは覚えている。元インド人の孫娘の名前がインドの国花ということに、祖母の上山さんも関与しているのかな。上山さんも、元インド人だったりして。などと考えていたら、大外れだった。


「前世の私は先生と同じ、日本人ですよ」「エエ――ッッ!!」


 同郷なのに知らなかったことに加え驚きすぎてしまったことを謝ろうとする俺を制し上山さんが語ったところによると、上山さんは元日本人なことをかれこれ50年以上ここで話題にしていないという。「だから先生が知らなくて当然です」とコロコロ笑う上山さんがまこと上品で見とれていたら、急に思い出した。そうだ上山さんの名前は、麗しいお姫様を連想させる桜子さんだったと。

 う~んでも、今生を休憩の人生にせねばならぬほど前世は疲労していたそうだし、前世の話を50年以上していないのもお休みの人生と関係ある気がする。同郷だからって根掘り葉掘り聞くのは、避けるとしますか。

 そう判断し話題を替えようとしたのだけど「これも何かの縁でしょう」と、桜の木の下にたたずむお姫様のように儚げに微笑み、上山さんは前世を話してくれた。

 それによると上山さんの前世は、やはり華族だったという。ただ華族のお姫様ながら女学校時代に大正デモクラシーの信奉者となり自由を最も尊ぶようになるも、結婚後それが大きな影を落とした。壮絶なイジメを、姑から受けたのである。イジメは犯罪と言われているようにそれは明確な犯罪であり、戦争の機運が高まると共産主義者の冤罪を着せられ、姑に毒殺されたそうだ。しかし本人の弁によると、精神的に疲れ果てていたことが功を奏し姑を恨まず、次は嫁姑問題のない自由な世界に生まれたいとただただ願っていたら、誰とも知れぬ声を転生時に聞いたらしい。「そなたは、嫁姑問題の皆無の星にまだ転生できない。されど夫と姑を恨まなかったことを称え、転生可能な星の中で最も希望に沿う星へ送ろう」 こうしてやって来たこのアトランティス星を上山さんはこよなく愛し、また転生時の声の主へ多大な感謝を捧げているとの事だった。未熟者ながら俺も上山さんを称え、転生時の声の主へ感謝を捧げたところ、桜の君は俺の耳に口を寄せて囁いた。


「これを明かすのは先生が初めてです。孫と気が合った理由も、前世が共通することにあります。先生が思い浮かべている、蓮花に相応しい男性をできれば私に教えてください」


 ほのかな桜の香りに醜態を晒さなかったのは、なぜなのかな? などと真にどうでもいいことを考えそうになった自分をすんでの所で蹴飛ばし、答えた。


「この講義に出席している、若林(まもる)さんを俺は思い浮かべています」

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