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「美雪が休眠したら、この宇宙で会うことは二度とないのですね」


 心臓を槍で貫かれた痛みに必死で耐える。だが耐えてばかりでは、俺の戦争生還率は上昇しない。覚悟を決め痛みを蹴飛ばし、平静を取り戻し心を光で満たしてから、オリュンポス山へ俺は飛び立って行った。


 というのが、5分ほど前の話。

 その5分ほど前の出来事が今、活きた。

 勇と舞ちゃんと翼さんに詰め寄られ少なからず心を乱されたとしても、さっきの胸の痛みと較べたら綿毛で撫でられたようなものだからだ。とはいえ心を乱されたのも事実なのでそれを隠さず出してから、フレンドリーな真面目顔になって事と次第を説明した。


「みんなには悪かったけど、ちゃんと理由があってね。みんなはこの講堂に入って初めて正式に、ひ孫弟子候補になったんだよ」


 俺自身、ひ孫弟子候補になり数カ月経ってやっと知ったのだけど、これは本当のこと。というか本当だからこそ、この星最強の案内役である星母様がここへ直々に連れて来てくれるのである。そう説明するや三人は一転し、この世の終わりの如く打ちひしがれてしまったけど、ここは心を鬼にせねばならぬ場面。どうかみんな、許してね。


「実際俺も講堂に入って初めて、鈴姉さんが講師なことを知ってさ。『ひ孫弟子候補の候補』に開示される情報と、正式な候補になって開示される情報は、異なるんだよ」


 鈴姉さんの名が出た途端、舞ちゃんがワナワナ震え始めた。鈴姉さんの孤児院で育った舞ちゃんは、実感できたのである。自分が背負うことになった、守秘義務の厳格さを。

 昇の母親等の理由により鈴姉さんが俺の講師だったことを翼さんは知っていたけど、舞ちゃんは今初めてそれを知った。孤児院で家族のように六年間過ごし、孤児院を出てからも二年近く交流を続けていたのに、鈴姉さんは講師としての守秘義務を優先させたのだ。それは鈴姉さんの背負う守秘義務ゆえのことだったのだと、舞ちゃんは勇や翼さんより深く感じられたんだね。勇は舞ちゃんが後で説明するはずだから任せるとして、翼さんは俺が受け持たねばならない。翼さんに顔を向け「子細は明日にね」と告げ、この件を締めくくった。


「俺が講師だって知らせなかったのは守秘義務を遂行したのと、守秘義務の厳格さをみんなに実感してもらうための、二つの理由があったんだね。という訳で、さあみんな気持ちを切り替えて席について。講義を始めるよ」


 気持ちの切り替えで先陣を務めたのは、やはり勇だった。勇は俺に「すべて俺らの未熟さに原因があった。後で正式に謝罪する。今は罪滅ぼしのためにも、全力で気持ちを切り替えるよ」と、ビシッと腰を折ったのだ。「さすが勇、頼りになるぜ」「おう、任せろや」 ニヤリと笑い拳を合わせた俺と勇に、今すべきことを悟ったのだろう。舞ちゃんと翼さんも、気持ちの切り替えに全力を注ぐことを誓ってくれた。視線を感じ目をやった先で、母さんがこれ以上ないほどニコニコしている。心臓を槍で貫かれた痛みを親友達の学びに役立てたことを喜んでいるのだろうが、当たり前だけど母さんには全方位でとことん敵わない。それはこの宇宙の終焉まで続くのだろうけど、母さんならまあいいか。

 それを胸に、


「我が師、聖音をお願いします」


 講義開始前の聖音を師に請うた。母さんのオウムは一味も二味も違うから、みんなしっかり記憶してね。そう心の中で語りかけて耳を澄ませたところ、今日は三味違い驚いてしまった。でもまあ、母さんならいいか。そう開き直り、組織における人生初の講義を俺は始めた。


「善行は幸福を招き、悪行は不幸を招く。これは因果の法則として地球でそこそこ知られていますが、疑問視されることも多々あると思います。『麻薬カルテルのボスは悪行の限りを尽くしているのに、大金持ちのまま一生を終える。因果則なんてデタラメだ』みたいな感じですね。この仕組みの説明には、非常に誤解されやすい法則を紹介せねばなりません。よって誤解のないよう、順を追って説明します」


 階段を一歩一歩上る煩わしさを密かに覚える人もいるかもしれないが、そういう人は切り捨てるしかない。もっともこの講堂には、いないと思うけどさ。


「まずは、飲酒が習慣化したAさんについて。お酒に興味のなかったAさんに・・・・」


 そうこれが、鈴姉さんの講義ではなく雄哉さんの講義で習ったこと。判断つかず母さんに可否を尋ねたところ、「問題ないわ」と許可してもらえたのだ。雄哉さんへの恩返しのためにも自信をもって説明し、一通り終えてから本命に移った。


「病気は一般的に、不幸とされています。しかしAさんのように、過度の飲酒のせいで病気になったことを自覚し、自律の重要性を学ぶ機会に出来たらどうでしょうか? 飲酒の誘惑に負けた自分が悪いのであって酒自体が悪いのではない等々の貴重な学びを病気を介して得て、その後の人生に役立てたとしても、病気は不幸なのでしょうか? ここにいる皆さんは正解に容易く辿り着けても、『病気は不幸』と頑なに信じている地球人には困難かもしれません。よって対比させる例として、Bさんに登場してもらいましょう」


 Bさんはある時、違法に大金を稼ぐ旨味を知った。背徳感の怪しい魅力にもハマり違法な商売にどっぷり浸かったBさんはしかし、大きな危機を迎えた。だが頭の回転が速く理論思考も得意だったBさんは前々からそれを予期し、複数の手を打っておいたため危機を脱することが出来た。それを機にBさんはますます用意周到になり、もしもの時の準備も高度かつ広範囲になって、危機を次々乗り越えていった。乗り越えるたび資産と権力は増え、手掛ける違法行為も極悪になっていったが、Bさんは莫大な資産と巨大な権力を有する稀代の悪人として世を去って行った。

 という例を挙げ、俺は皆に語りかけた。


「病気になり苦しんだAさんと、大金を稼ぎ豊かに暮らしたBさん。己を客観視し間違いを自覚しやすいのは、どちらでしょうか? そうそれは考えるまでもなく、Aさんの方が自覚しやすいですね。では、問いかけをもう一つします。病気になったAさんは苦しみましたが、苦痛に苛まれたのは自分一人です。しかし稀代の悪人になったBさんは、とんでもない数の人達に苦痛を強要しました。さあ皆さん、今一度自問してみてください。病気になったAさんは、不幸だったのでしょうか?」


 勇が瞳を爛々と輝かせていたので「勇の意見を聞かせてください」と頼んだところ、100点満点の答が返ってきた。いやはやまったく、頼れるおとこである。

初講義の話題を以前ここで「翔君が3年生になってやっと書ける」と、勘違いして紹介してしまいました。


お詫びします<(_ _)>

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