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人には得意不得意があるから、不得意な面だけに着目して人を評価するのは間違いだ。しかし、不得意な面を改善する第一歩はそれを直視することなのも、事実なのである。翼さんが自分の不得意面だけに着目し過ぎないよう俺がしっかり見守ろう、と心に誓った。
メールには、初挨拶の原稿も添えられていた。長すぎず短すぎず、高慢でも卑屈でもないそれは、無難で面白みに欠けるというのが率直なところだ。けどそれは求め過ぎだし、また表情や口調等で解決可能でもあるから、意識投射中の訓練課題にした。
ゆっくりバク転と漂芥真空剣の原稿も、メールに添付されていた。この二つは初挨拶より完成度が高く、ならばそれを返信できっちり伝えねばならない。逆にきっちり伝えてはならないのは、完成度の低い箇所。新たに送られてきた詳細な時間割には完成度の低い箇所も散見されたが、返信では言及せず翼さんのやる気を削がないようにした。俺の翼さんへの対応を、翼さんは「他者への対応の手本」にするはず。そこまで見越して、俺は振舞わないとさ。
そして、メールの最後。
『初挨拶の必要性に気づいてから着手した詳細な時間割に、私自身まだ満足できていません。満足できる時間割の作成期限を、明日の午後8時45分に定めました。目標を達成し、翔さんの合格点をもらえたら、意識投射してする訓練を頼めますか?』
もちろんいいよ待ってるね、と結んで返信した。
時刻は午後9時丁度。
俺はまこと気分良く、眠りの世界へ旅立って行った。
――――――
翌日の午後8時45分、翼さんは目標を見事達成し、俺達は訓練を三夜連続で行った。翼さんは指導にメキメキ慣れ、後は自主練だけで大丈夫という状態になった。しかし、それでも不安を拭い切れないのが人というもの。14歳の女の子なら尚更だね。俺は前日の夜に再び意識投射して、訓練に付き合う約束をした。
翼さんが指導者に慣れていったように、俺も生徒役に慣れていった。己の分身を三体出し、それぞれに独自の動きをさせられるようになったのだ。といっても容姿は寸分変わらず、動作をずらす程度しかできなかったから、多種多様な生徒達の指導を同時に行う訓練にはほど遠かった。でも人は、それぞれ異なるというのが人の大前提。指導者役が苦手かつ指導の訓練を始めて数日の人にとっては、十分ありがたかったようなのである。「初対面の四人の指導をしろと突如命じられたら、訓練だろうと精神的にまいってしまったと思います。四つ子の翔さんで慣れることが出来て、助かりました」「四つ子っすか!」「アハハハ~」 今回の翼さんにとっては、四つ子が最善だったのかもしれないな。
俺の講師としての訓練は、小鳥姉さんに不平を言われるレベルで順調だった。「私は苦労したのに翔は苦労してない。翔だけズルイ」「ズルイと申されましても」「そうだ、私が不良生徒になって翔を困らせようかな」「小鳥姉さんが、不良?」「そう、レディースの総長的な」「ブハハハ~~」「酷い、そこまで笑わなくていいじゃない!」 みたいな感じに親交を深められたから、これはこれで良かったのだろう。
本人には伏せたが、小鳥姉さんのような可憐なタイプが不良になったら、陰の総番長的な本格的な悪になるのが漫画やアニメのお約束だ。一万人の不良を陰で束ねる侯爵令嬢なんかが、小鳥姉さんのハマリ役なんだね。嘘泣きされたら面倒なので黙っていたけど前世では実際、敏腕女社長だったしさ。
それはさて置き、初講義に関して母さんに確認せねばならぬ事があった。雄哉さんの講義で習ったことの一部を、取り入れたかったのである。結論を言うと、問題なしだった。予想どおりだったけど、初仕事なのだから上司へのホウレンソウは密にしないとね。それにしても、俺が講師になっただけでああもニコニコされると、親の愛情に慣れていない身としては困ってしまうのが本音だった。もちろん、止めてくれとは言わないけどさ。
なんとなく母さんの思う壺な気がしてきた。癪なので話題を変えることにしよう。
達也さんは小鳥姉さんの出産に合わせ、今年から通いの教官になった。出産時の緊急措置とかではなく、期限も設けられていないそうだけど、四年以上になるのが一般的らしい。四年の理由は、子供が3歳になったら入寮することにある。入寮までの三年間をなるべく一緒に過ごしたいと願うのは普通だし、子供が入寮して寂しさに打ちひしがれている伴侶を一人にしたくないと思うのも、至極普通だからだ。生まれてくる子と昇が前世で夫婦だったことと、昇の誕生を予期して星務員を務めていたことを、小鳥姉さんは夫と親友夫妻にすぐ伝えたという。三人の喜びように差はなかったそうだけど、小鳥姉さんによると達也さんが余裕でいられるのは今だけらしい。達也さんはアトランティス人でも希な、娘を甚だしく溺愛する父親になると小鳥姉さんは予想しているみたいなのだ。達也さんには内緒だけど雄哉さんと俺は、さもありなんと二人で爆笑したものだった。
勇と舞ちゃんは、素早い意識投射の訓練を続けている。それは良いのだけど母さんが二人の夢に直接現れ、「意識投射してデートするのはまだ早いから我慢するのよ」と釘を刺したのは少し可哀そうだった。少しで済んだのは、二人きりでこっそり会い続けたら危険なことを本人達も承知しているからだね。勇、大変だろうけど耐えろよ。
そうそう、耐えねばならぬことは俺にもあった。翼さんに提案した「ペダル走法を習得した上で足が速くなり、輝力工芸スキルも所持する人に、天風一族固有のスキルを与える」のスキルの名称が、その耐えねばならなかったことだ。翼さんによると議論するまでもなく満場一致で決まったそれは、銀翼スキル。顔から火が出そうだけど、銀翼とは俺と翼さんのことだね。白銀王子と呼ばないでくださいと前に泣いて頼んだら皆さん聞き入れてくれて、それ以来ずっと耳にしてなかったから安心していたけど、聞き入れられたのは白銀であって銀翼ではなかった。元日に着た紋付き袴の紋が白銀の翼だったことから窺えるように、銀翼を使わないことに同意したのではない、との事だったのである。凹むぞ・・・・
失念している事があるように感じるけど、無限に凹みそうなので嬉しい話題に変えよう。
鈴姉さんの孤児院で戦士養成学校に補欠合格した六人が、三組のカップルとして正式に付き合い始めた。六人は俺と同じく入学してすぐの5月1日に伴侶と出会わず、その理由が「話題も将来の目標も何もかも違う異性しかいなかった」だったので予想していたが、やはり嬉しいものだ。といっても、鈴姉さんの喜びようには敵わなかった。そりゃそうだろう、百人の教え子のうち五十人が二十五組の夫婦になるんだからね。この五十人は「鈴姉さんも皆も大変だろうから」という理由で合同結婚式を計画しているらしく、その日が来るのを俺は心待ちにしている。
そうこうするうち1月31日の夜になり、翼さんの訓練に参加した。翼さんの指導は益々磨きがかかり、「絶対に大丈夫」と俺は太鼓判を押した。当人も自信があったらしく太鼓判を素直に受け入れ、訓練はまこと良い空気で終った。ただ、雑談時の問いには困った。
「銀騎士隊の憂いはなくなりましたが、ひ孫弟子候補の講義は心配です。翔さん、私は講義仲間や講師の方と、上手くやっていけるでしょうか?」
講義仲間に舞ちゃんがいるのは、母さんが引き受けてくれるので不安はないと言える。だが、講師はその限りではない。だって講師は、俺だからさ。
とはいえ不安を少しでも出そうものなら「やっぱり私では上手くやっていけないんですね」系の誤解を、翼さんは100%する。したがってほんの少しも出してはならなかったのに、残念なヘタレ男子の俺は失敗してしまった。
「・・・やっぱり私では上手くやっていけないんですね」「いや違うから、そっちじゃないから!」「そっちじゃないなら、どっちなのですか?」「いえあの、どっちと言うかですね」「前々から薄々感じていましたけど、翔さんは私に隠し事をしていますよね?」「・・・はい、しております」「翔さん、こっちをしっかり見て話してください」「翼さんの目を見たら、バレそうなので無理です」「なるほど、私に関連する秘密だと」「な、なぜわかったんですか!」「ふふふ、かまをかけただけですよ」「うわわわ―――ッッ!!」
翼さんはその後、急に機嫌良くなった。恐る恐る理由を尋ねたところ、俺は内心ほとほと困ってしまった。「私のためにならない秘密なら、翔さんは約束を破ってでも私にそれを教えてくれます。それをしないのですから、私は秘密開示の瞬間を安心して待っていればいいんですよ」 一切疑わずそう答える翼さんに、俺はどうしても思ってしまうのだ。
俺と翼さんの相性って、やっぱ最高なのだろうな、と。




