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 というのが、1月13日の話。

 その二日前の1月11日。

 時刻は午後8時半、場所は寮の俺のベッド。


『翼さん、銀騎士隊の指導の件ありがとう。応援してるね』


 とのメールを俺は翼さんに送った。俺と翼さんは定期的にメールのやり取りをしていて、今日は俺がメールを送る日だったから、昼食後に『今夜8時半にメールで会話しない?』と提案してみた。了承の返信をすぐもらえたので、こうして約束を実行したんだね。昼と同じく夜も返信をすぐもらえたけど、悩みが行間に漂っている気がした。それを素直に綴り、できれば教えてと請う。翼さんも胸中を素直に綴ってくれて、要約するとこんな内容になるだろう。


『人に教えるのは苦手で不安しかないけど、努力せず最初から翔さんに頼るのは間違いと思う。でも2月1日という期限があり、しかもその日はひ孫弟子候補の講義に初めて出席する日でもある。2月1日の初指導に失敗したら、同日夜の初出席に悪影響が出るかもしれない。それらを踏まえ今日から三日間、まずは自分だけで努力してみます。1月14日に、またこうして時間を作ってもらってもいいですか?』


 翼さんの主張の全てに賛同した俺は「もちろんいいよ」と答えた。改めて振り返ると、賛同以外にも予感が働いていたように感じる。1月13日の、深森夫妻との会話がそれだ。翼さんとの約束日の前日、翼さんの相談事に応用できる教えを恩師達が授けてくれると、心の深くで予感していたんだね。その教えを胸に抱いている今の俺は二日前の俺より、翼さんの役に立てるようになっていたのだった。


 ――――――


 そして迎えた、1月14日の晩御飯後。

 場所は、俺の体育館の生活スペース。

 翼さんの「1月14日にまたこうして時間を作ってもらってもいいですか?」との願いを十全に叶えるには、体育館の生活スペースで3D電話をするしかない。そう判断し、晩御飯を終えるや俺はここに足を運んだ。時間の確保が最も容易なのは、晩御飯後だからさ。

 というように俺は万全の態勢で話し合いに臨んだのだけど、


「翔さんごめんなさい。三日かけても無理でした」


 3D映像で現れた翼さんは、この世の終わりを迎えたが如く俯いていた。ここに昇がいれば翼さんの真似をして笑いを取り、場を一気に明るくできたのになあと残念に思った瞬間、閃いた。昇がいなくても、昇の話をするだけで場を明るくできるじゃないか!


「翼さん聞いて。以前俺が深森夫妻に3D電話で教えを請うたとき・・・」


 昨夜の出来事だが俺の講師就任は秘密なので以前と表現させてもらったそれは、予想どおり大受けした。赤ちゃんなりに姿勢を精一杯正し神妙な顔をしてちょこんと頭を下げる昇を描写しただけで、翼さんは満開の花の笑みになったのである。機を逃さず「銀騎士隊の指導とは異なる面もあるけど、恩師達はあの時こんなことを教えてくれてね」と、講義と本体の関係を説明していく。内容は高度なのに理解しやすくかつ楽しい講義を事前準備皆無でこなす深森夫妻の話で翼さんをぶったまげさせたのち、「人事を尽くして天命を待つ」や「費やした時間と労力を潔く捨てる」等を説明したところ、深い学びを得たのだろう。翼さんは首肯を繰り返し、盛んに感心していた。再度機を逃さず、小鳥姉さんの講師代行を手伝った体験談へ移った。


「今話した深森夫妻の教えを知る前に、小鳥姉さんの講師代行を手伝ったことが俺にはあってね。ここだけの話、『講義内容を一つも思い付かない~』って小鳥姉さんは泣きごとを言っていたよ。もちろん、嘘泣きだけどさ」


 嘘泣きの箇所で笑いを取ってから、大勢の前で講義をすることを小鳥姉さんが苦手にしていたのは事実と説いてゆく。苦手なことに挑むのは同じだからだろう、翼さんは身を乗り出して話を聴いていた。


「小鳥姉さんは受講生と対面するなり講義内容が心に浮かぶ人ではなく、その数歩手前にいるような人だったのに、四回の代行を高品質で終えた。それは小鳥姉さんが、人事を尽くしたからだ。原稿を書き、それを講義形式で声に出して読み、自然体で読めるようになったら俺を受講生にして講義し、最後は夫と親友夫妻と俺の四人を相手に総稽古をする。結局最後は、そういう泥臭いことを全力でした人が勝つって、俺は思うんだ」

「翔さん、私は自分が恥ずかしい。私は、指導初日の時間割すら書いていません。それなのに、努力したけど無理だったと自分に言い聞かせていました。人に教えるのは苦手だから仕方ないんだって、自分で自分に嘘を付いていたんです」

「翼さん、おめでとう」


 おめでとう、という想定外の言葉にキョトンとするしかない翼さんに、語りかけた。


「目標とする自分への最初の一歩は『己を客観視し、己の現実を受け入れること』だ。その一歩を今、翼さんは踏み出した。ならば、項垂れている暇なんてない。さあ翼さん、二歩目を踏み出そう!」


 元気よく「はい!」と応えた翼さんに、前世の薙刀について問うてみる。様々な問答を繰り返した結果、前世の翼さんは20歳で薙刀を始めるまで、運動音痴の運動不足だったことが判明した。それを撥ね退け、達人として名高い範士の高弟になったのだから、薙刀の訓練が銀騎士隊の指導に活かせるか微妙なところだと俺は危惧した。前世の翼さんは愚直の極みの如き訓練をただひたすら続けたか、翼さんに特化した翼さん専用の訓練を施されたかの、どちらかに思えたからだ。前者の訓練に耐えられる銀騎士隊員は数名しか思い浮かばず、後者の訓練を施せる人を俺は一人も思い付けない。後者は、薙刀の指導者として無数の弟子を育てた範士だからこそ可能なことに感じられたのである。とはいえ現段階では、翼さんがどのような訓練を受けたかは定かでない。だってまだ、何も聞いていないからさ。


「範士が翼さんに施した最初の訓練は、どういうものだったのかな?」

「薙刀のかなめは二つの軸運動。一つは両脚で作る体軸、もう一つは両腕で作る武器軸。男のように、大量の筋肉で大筋力を発生させることが女にはできないのだから、軸で体と武器を操るようになりなさい。師匠は私に、そう仰いました」


 足を肩幅に開き中段に構え、二つの軸を意識しつつ上段の構えにし、二つの軸を意識しつつ薙刀竹刀を振り下ろして相手の籠手を打つ。振りかぶって打つというこの二動作を、16秒かけて師匠は翼さんに行わせたという。中段から上段で8秒、上段から打つまでに8秒の、計16秒だね。呼吸は、振りかぶる時に吸い、振り下ろす時に吐く。ただこの8秒というのは、前世の翼さんの心拍数が1分で丁度60だったからに他ならない。「あなたは訓練し易くていいねえ」と、翼さんは姉弟子達に羨ましがられたそうだ。

 左右の足を入れ替えこそすれこのたった二つの動作を、最初の一年は防具無しでして、次の一年は防具を付けてする。三年目でやっと実戦の速度で振りかぶって打たせ、その実戦速度をもって前世の翼さんは留学中の訓練を終えたそうだ。また最初の二年はその訓練をほぼ一人で行い、打っていたのは人形の籠手。月に一度のみ、範士と姉弟子が人形の代わりを短時間務めてくれただけだったという。その話を聴いた俺は、叶うなら自分を二人に分けたかった。一人の俺はひたすら感心し、もう一人の俺はひたすら頭を抱える。それが俺の、正直な感想だったんだね。それを包み隠さず述べたのち、神経の成長について説明した。


「人は物質肉体に重ねて、非物質の上位体も持っていてね。神経は、上位体の特性が最も色濃く出た器官なんだよ。超簡単に言うと神経を流れる電気信号は、上位体が受け持っている。上位体には物質肉体の真逆の性質が複数あって、うち一つが『ゆっくり動いた方が速く成長する』だ。正確かつ緻密な運動をゆっくりすると、膨大な電気信号が神経に流れ続ける。その膨大な電気信号が、体を動かす末端神経と、体に指令を出す脳のシナプスを、通常より早く成長させていく。範士が前世の翼さんに施した訓練は、神経を何倍もの速度で育てていったに違いないって俺は思うよ」


 しかもその神経は、二つの軸を意識しつつ育ったのである。前世の翼さんの体には、決して揺るがぬ二つの軸があったに違いないと俺はほとほと感心した。

 一方翼さんは両手を合わせ、閉じた瞼から涙を幾筋も零していた。きっと前世の師匠を、思い出しているのだろうな。その隙に、


「さて、どうしようか」

神経の成長については、もう一つの小説でも取り上げています。今日のものより、少し詳しいかな。


あの小説はこの小説と異なり、社会と登場人物の設定後は登場人物達の好きにさせていたため、伝えたい知識をあまり伝えられませんでした。


よって時間が足りなくなりコレに着手したのですが、コレも当初の予定の三倍以上になってしまい、頭を抱えていたりします。アホだ・・・(´;ω;`)


追加


――――――の前までを大々的に修正しました。駄文、失礼しました<(_ _)>

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