表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
379/681

8

 そうそう一人でいる時といえば、自主練ばかりしている俺は美雪とたった二人でいる時の方が断然多い。昼食時はそれが特に顕著で、前世の俺なら「リア充爆発しろ」と呪詛していたはずだ。それは冗談としても、戦士試験に合格して職業軍人になったら俺達はどうなるのかな? 独身の職業軍人は入寮厳守等の規則があれば違ってくるけど、一人暮らしが可能なら、二人きりの引きこもり生活がまた始まったりして。しかもそれが80年間続いたら、俺達はいったい・・・


「どうかした翔?」


 テーブルの正面に座る美雪が訪ねてきた。これだけ一緒にいるのに、こんなふうに不意を突かれて目をやり視界を美雪が独占すると、美しさに見とれて俺は頬を赤くしてしまう。125歳の寿命まであと110年あるけど、110年経ってもまるっきり変わっていない自信があるのは果たしてどうなのだろうか? う~んでも、美雪ならまあいいか。


「専業の職業軍人はどんな暮らしをしているのか、まるっきり知らないことに今更気づいてさ。独身かつ専業の職業軍人には、入寮厳守等の規則があったりするのかな?」


 頬を赤らめた自分を俺が誤魔化したように、見つめられて頬を赤くした自分を美雪も誤魔化すことにしたようだ。その様子が何とも愛おしく目尻を下げまくる自分に、こりゃ前世の俺が呪詛を吐いても仕方ないなあなどと頭の隅で考えていた俺は、予見を誤った。


「翔ごめんなさい。戦士試験に合格してからでないと、答えられないの」


 美雪が身をすぼめて、ションボリしてしまったのである。丸まった美雪の背中をポンポンすべく、俺はテーブルの向こうへ移動する。背中ポンポンはできたけど、告げるつもりだった「美雪がいればそれ以外はどうでもいいよ」との想いは、つもりで終わった。次の闇族は史上最強なため軍の規則が変わり、俺が職業軍人になったら美雪は俺と3歳児の教育担当AⅠを兼任するようになるかもしれない。その可能性に気づくや「それ以外はどうでもいい」が嘘なことを、俺は知ったんだね。

 とはいうものの、美雪に育てられた子が強い戦士になるのは確定事項。次の闇族が史上最強なことを考慮すると、俺は「それ以外はどうでもいい」を真実にせねばならぬのだろう。という一連の考察を、日頃の勉強が活き一瞬で終わらせられた俺は背中ポンポンを止め、替わりに美雪の肩を抱いた。俺と長い付き合いの美雪は、俺が心の中でアレコレ考えていたのを察していたはずだが何も言わず、頭を俺の肩にそっと添わせる。その後、


「それ以外はどうでもいいか」「何それ?」「いつか話すよ」「うん、いつまでも待ってるね」


 といった具合に、前世の俺に核ミサイルを発射されかねないお昼のひと時を、俺と美雪は今日も二人きりで過ごしたのだった。


 ――――――


 組織の講師に任命され、初めて知ったことが幾つかある。その中で最も驚いたのは、講師は原則として講義内容を決めず講義に臨む、で間違いないだろう。雄哉さんも鈴姉さんも、次の講義内容を生徒に伝えた場合を除き、俺の知る限り全てこの原則に沿っていたそうなのである。教壇に立ち受講生を一望した瞬間、「今日はコレについて話そう」との閃きが脳を駆けると言うのだから驚くしかない。「内容は高度なのに理解しやすくかつ楽しいあの講義を、事前準備皆無でお二人はしていたのですか!」「そうだね」「そうね」 平然とそう返した深森夫妻と自分の絶望的な実力差に、俺は頭を抱えてテーブルに激突するしかなかった。今は1月13日の晩御飯後、場所は俺の体育館の生活スペース。今朝目覚めたら、恩師の深森夫妻に講師について教えてもらわねばならぬとの思いが心の中にいきなりあり、でもそんなのは日常茶飯事だったのでお二人に都合の良い日時を訊き体育館の生活スペースで3D電話を気軽に始めたのだけど、俺は今日も変わらず馬鹿だった。己の低性能ぶりを、今日も変わらず自覚していなかったのである。堪らずテーブルに激突した俺の後頭部に、キャッキャとはしゃぐ昇の声が降り注いだ。昇も鈴姉さんに抱っこされ、電話に参加していたんだね。それはナイス判断と言うしかなく、昇に楽しんでもらえたお陰で気を取り直し上体を起こした俺へ、恩師のお二人はもう少し詳しい情報を教えてくれた。


 1、受講者達に最も有益な講義は、受講者達と対面し初めて判る。

 2、それを判らせるのは、講師の本体である。

 3、本体と常時直結していれば、本体が直接講義することも出来る。

 4、常時直結から遠のくほど、プレゼン力の重要度が増す。

 5、プレゼン力を総動員して講義に臨んでも講義内容の予想を誤ったと直感したら、事前準備に費やした時間と労力を潔く捨て、直感に基づく内容を話さねばならない。


 1は、落ち着いて考えたら確かにそうだった。講義に出席した受講者達が講義開始時に最も必要としている話題は、講義開始時にならないと判らないのだ。

 2も、受講者達の本体と講師の本体が繋がっているのだから、なんら不思議はない。

 3は、母さん級の人達にとっては無意識の呼吸程度のことなのだろう。

 4を言い換えると、人事を尽くして天命を待つ、になると思う。常時直結から遠い俺が高品質の講義をするには、人事を尽くす必要がある。質の高い原稿を書き、心地よい声量や抑揚や活舌等を学び、話術を磨くなどの事前努力が必須になるんだね。俺がそれに尽力するほど天命が、つまり本体の意識が心に届きやすくなるって事なのだろうな。

 5は、地球時代の人生の至る所で学んだ。「コレに私が費やした膨大な時間と労力を、あなたは無にすると言うのですか。あなたの希望に沿わずとも、コレを受け入れてください」のように相手の損より自分の損を重視する人は、短期的には成功しても長期的には失敗していた。悪人が生涯成功し続けているように見えてもそれは表面に過ぎず・・・・あれ? ひょっとしてこの話題は、俺の初講義の話題だったりする??

 けど今は、それは脇に置いて。


「初講義への迷いが払拭されました。恩師のお二人へ、お礼申し上げます」


 敬意と感謝を込め、深森夫妻に頭を下げた。それは俺の真情で報いなんて最初から求めていなかったけど、「「ププッ」」という笑い声が後頭部に降り注いだとなればションボリは免れない。えっとあの、俺の誠心誠意の敬意と感謝は滑稽でしたか?

 とビクビクしつつ顔を上げたところ、俺も噴き出した。昇が、俺の真似をしていたのだ。赤ちゃんなりに姿勢を精一杯正し神妙な顔をして、ちょこんと頭を下げることを繰り返していたのである。それは感心より可愛らしさと愛おしさを心に芽生えさせ、明るい笑いを場にもたらした。釣られて昇もキャッキャとはしゃぎ、場はいっそう明るくなる。初講義への迷いが綺麗に消えていたこともあり、それ以降は昇を中心にただただ楽しい時間を俺達は過ごしたのだった。


 というのが、1月13日の話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ