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 それは間違いではなかった。響子さんが輝力圧縮で駆け付け、翼さんを支えたからだ。けどこの考えなしバカ男子は、響子さんの心境を失念していた。滂沱の涙を流す響子さんも、椅子に座っていることすら覚束ない状態になっていたのだ。けれども人は、素晴らしきもの。自分一人では自分を支えられずとも、同じ境遇の人がもう一人いて互いに助け合ったら、支え合えるのが人なのである。それを体現した翼さんと響子さんはきっと安心したのだろう、二人揃って思う存分泣き始めた。今日の予定は終日ないし、朝食も取り終えている。今は二人をただ見守り、少し落ち着いたらハンカチを渡せば俺の出番は当分ない。部屋の入口に控える哲治さんはハンカチを使っていても執事長の誇りを賭けて姿勢を維持しているし、俺が顔を向けたら頷いていたから、そっとしておいて良いだろう。哲治さんがタイミングを計り食器を片付け始めたら、女性陣にそのまま座っているよう声を掛けて席を立ち、俺も片付けを手伝う。それで、十分かな。

 その「十分かな」は見事当たり、そしてそれ以降は冴子ちゃんの言ったとおりになった。翼さんと響子さんによる昇のお土産選びが、就寝時間ギリギリまで続いたのである。それは俺の想像を数十倍する情熱でなされ、二人の無限に続くキャイキャイはまるで永久機関を得たかのようだった。そのせで翼さんが当主の仕事を疎かにしたかは、俺には判らない。だが無限キャイキャイの一員である響子さんがメイド業務を疎かにしたのは間違いなく、そのフォローは夫の哲治さんが一手に引き受けていた。俺も手伝いたかったけど食器の片付けくらいしかできず、歯がゆい思いをしたものだった。

 

 年末年始の訓練禁止は天風一族の場合、31日の午後から2日の午後2時までらしい。午後2時までなのは、食後すぐの運動が禁止されているからだね。去年最後の訓練終了時、子供達に「「「「翔お兄ちゃんまたね~」」」」と盛んに手を振ってもらった俺は翼さんを残してでも屋外訓練場へ行くつもりだったけど、大外れだった。翼さんはいつも以上に張り切って訓練場へ赴き、そしていつもの何倍も熱心に子供達を教えていたのである。今年最初の訓練だからこれで普通なのかな? いややっぱり変なような? と判断つかなかったので颯に訊いてみたところ、「テメェがいて嬉しいからに決まってんだろボケ!」と羽交い絞めにされた。颯一人だったらこれ幸いと反撃して取っ組み合いを始められたが、


「みんなで翔をとっちめよう!」

「「「「オオ―――ッッ!!」」」」


 のように謎のイベントが発生し、俺は子供達に成すすべなくくすぐられまくるハメになった。まあでも楽しかったし、翼さんが熱心だった理由も子供達の笑い声を介して解ったから、全然いいんだけどさ。

 夕食の話題は言うまでもなく、昇が独占した。重ねて言うまでもなくそれは夕食後も続き、現在候補に挙がっているお土産のスライドショー的なものを延々見させられる事になった。とはいえ拘束時間が少々長かっただけで可愛い赤ちゃんグッズに俺も心を躍らせたし、翼さんの隣にいるのが俺なら響子さんも通常業務をこなせるから、これで良かったのだろう。ただこれがあと二日続くかもしれないと思うと、ヘコタレそうな俺だった。

 悪い予感は往々にして当たるのが、世の常。今回も例外ではなく、翌日も翌々日も俺は同じように過ごした。幸い神話級の健康スキルが働いたのか翌日の午前中に慣れ、それ以降は俺も楽しむことが出来た。1月4日の夕食後は深森邸訪問時の翼さんの服装もスライドショーに加わり、眼福この上なかった。素敵な服を着る超絶美少女の等身大リアル3D映像を次々投影された俺の顔はふにゃふにゃになり、メイドさん達が総出でそれを囃し立て、翼さんは恥ずかしがりながらもとても嬉しそうにしているという、そんな時間になったのである。ただ、二人の執事さんが視界の隅であくせく働いていたのは、申し訳なくてならなかった。


 そして迎えた、5日の午前9時40分。

 朝からカチンコチンの翼さんと一緒に、俺は飛行車に乗り込んだ。見送ってくれたのは、天風一族の数千人。数千人というのは誇張ではなくこの三日の内に、生まれ変わり赤ちゃんになった功さんを訪ねることが一族中に広まってしまったのだ。深森夫妻や母さんの組織等の情報はもちろん漏れてなく、漏洩対策もバッチリだから全然いいんだけどさ。

 漏洩対策は、翠玉市の方角とは異なる無人の荒野へ向かうことから始まる。その荒野には()()家の飛行車が待機していてそれに乗り換え、()()邸の前に降り立ち、二人で変装して霧島邸に入り、変装を解いて皆さんと対面するという段取りだった。これを毎回する訳にはいかないけど、生まれ変わった功さんを訪ねるということが次回以降バレなければ数年は誤魔化せるはず。細心の注意は、払い続けるけどね。

 という訳で俺と翼さんの乗ったリムジン飛行車は現在、南西を目指して飛んでいる。天風一族の本拠地は人類大陸の北東の隅にあるため、大部分の都市は南西にある。よって都市の方角を割り出すのが最も困難なのは南西、という事になったのだ。霧島家の飛行車が待機している無人の荒野まで、残り10分ほど。さてではその時間を使い、翼さんのカチンコチンをほぐしますか。


「翼さん」「ひゃ、ひゃい。きゃけるしゃん」「うん、大丈夫だからそのまま聞いて」「すみません・・・」「いいっていいって。翼さんはこの三日間、松果体活性法をずいぶん頑張ったみたいだね」「なぜ分かったんですか?」「そりゃ分かるよ。一人の時間を過ごした後の翼さんは、頂眼址から白光を必ず放っていた。あれは典型的な、松果体活性法に長時間集中した名残だからさ」「バレていた恥ずかしさより、理解されていた嬉しさの方が勝ります。ありがとうございます」「うん、そう言ってもらえると俺も嬉しい。なのでもう一つ、嬉しがらせてもらおうかな」「翔さんに嬉しく思って頂けるなら喜んで」「普段の何倍も熱心に子供達を教えていたのは、『他者の成長を助ける者は自分の成長を助けてもらえる』の応用。松果体活性法と同様、少しでも成長して深森夫妻と昇に会いたかったからだよね」「はい、そのとおりです」「その願いは叶ったって俺が保証する。だから自分を信じて、リラックスしようか」「了解です。翔さんと自分を信じます」


 瞑目した翼さんから、硬さがみるみる取れていく。瞼を開けニッコリ微笑んだ翼さんは、いつもと変わらぬ翼さんだった。その後、会話を楽しんでいる内にリムジンは着陸し、飛行車を乗り換え北北西に向かった。翠玉市は天風一族の本拠地のほぼ真西にあるので、こんな感じになったんだね。5分ちょいで飛行車は減速し、霧島邸の前に着陸した。カツラと眼鏡で変装して降車し、霧島邸の玄関をくぐる。変装を解いたところで霧島夫妻が現れ、翼さんは初対面の挨拶をまことそつなくこなしていた。盛んに感心する霧島夫妻が、手土産を手に俺達二人をリビングに案内する。さすがに緊張が見て取れたので、翼さんの肩をポンポンと叩いた。翼さんは深呼吸し、リビングの敷居をまたぐ。そして数歩進むも、一点を見つめたまま立ち尽くした。視線の先にいるのは、もちろん昇だった。

 昇も目を見開き翼さんを見つめている。深森夫妻は、椅子を立ちテーブルの前に並んで翼さんを迎えてくれていた。深森夫妻がこちらに歩み寄ってくる。翼さんはハッとして我に返り、初対面の挨拶を深森夫妻と交わした。そして進み出て雄哉さんに菓子折りを渡し、鈴姉さんに抱かれた昇へ改めて体を向ける。深森夫妻との挨拶のため翼さんは昇から視線を切っていたが、昇が翼さんから視線を切ったことは一度もない。翼さんは、時が止まったかのように立ち尽くしている。鈴姉さんが翼さんに歩み寄る。そして、


「翼さん、昇を抱いてあげて」


 昇を翼さんに託した。二人の距離がゼロになったため昇は首を大きく逸らせて翼さんを見つめていて、それをいとったのか翼さんは昇を目の高さに持ち上げた。赤ちゃんの昇を間近で見た翼さんのおもてに、自然と笑みが広がる。釣られて昇も笑い、手足を元気に動かした。満開の笑みになった翼さんが昇を抱きしめる。

 そしてそのまま翼さんは、ただただ昇を抱きしめ続けたのだった。

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