3
すべてを白状する前、頭を抱えてテーブルに激突していたのは俺だった。だが白状を終えた今、頭を抱えてテーブルに激突しているのは美雪と冴子ちゃんだった。俺のやらかした非常にメンドクサイ勘違いの詳細を知った二人は、そうせざるを得なかったのである。二人のその姿に胸が痛むも、俺に今できるのは静かに待つことだけ。メンドクサイ勘違いへの対応を、二人は頭を抱えて考えてくれているのだから、邪魔せぬよう無言でいることしか俺にはできなかったんだね。幸い、
「ふう」
冴子ちゃんが10秒ほどで復活した。俺は判決を言い渡される罪人として、椅子ごと冴子ちゃんに向き直る。アトランティス星も前世の日本も、刑が確定するまでは無罪だったはずだが、二人をああも悩ませた時点で俺的には有罪確定だからさ。
「アンタの白状にあった、私が直接かかわる勘違いについてなら、規則違反にならなそうだから返答するわ。私がアンタを重度のシスコンと呼んだのは、9日目の試験ではない。それだけは信じて」
信じます、もちろん信じますとも! と暑苦しく約束する俺に「やれやれ」系の仕草をするも、冴子ちゃんは柔和な気配に戻ってくれた。反射的に尻尾をブンブン振った俺にクスクス笑っていたが不意に表情を改め、「前世も今生も血縁者がいない翔に、無配慮なことを言ってしまったわ。謝罪します」と冴子ちゃんが腰を折ったのには、まいった。俺に配慮したせいで、愛情深いこの女性の声を聴く機会が減ってしまうことの方が、比較にならぬほど悲しかったのである。俺は冴子ちゃんの手を取りそれを正直に打ち明けたのち、「どんなにキツイ言葉でも遠慮せず言ってください、でないと悲しくて胸が張り裂けそうです」と懇願した。そんな俺に冴子ちゃんは当初キョトンとしていたが、よく分からないのだけど急に頬を赤らめ、
「孤児院に来月戻っても、女の子の手を軽々しく握ってはダメよ、約束しなさい!」
と三白眼で俺を睨みつけた。冴子の名に相応しい切れ長の怜悧な目を三白眼にされ、蛇に睨まれたカエル以外の何者でもなくなった俺は、恐れおののくやら約束するやらで大忙しになった。そんな俺に冴子ちゃんは満足していたけど、「あ!」と何かに気づいたとたん酷く落ち込んでしまった。俺がパニクったのは言うまでもない。が、
「姉ちゃんどうしよう!」
美雪に助けを求める分別だけは残っていたようだ。それを受け美雪は「姉ちゃんに任せなさい」と自信たっぷり胸を叩き、それだけで俺は大きな安堵に包まれたが、果たしてそれは正しかったのだろうか? 時間が経つにつれ安堵が目減りし、心配に代わっていったからである。次第にオロオロし始めた俺とは対照的に、美雪は自信を益々増して話していった。
それによると俺の白状は冴子ちゃんの件を除き、悉く正解しているという。その一つ一つを取り上げるのは明後日にならないと無理でも、少ないヒントだけであれほど多くの正解に辿りつけたことを、美雪は手放しで褒めてくれた。美雪に褒められ、嬉しかったのは否定しない。だが同時に、「悉く正解している」と明言したのは規則違反なのではないかと危惧したのも、また事実だったのである。俺が次第にオロオロしだしたのは、そういう訳だね。
それを裏付けるように、冴子ちゃんの瞳に覚悟が宿ったのを俺ははっきり感じた。それは自分のせいで美雪に規則違反をさせてしまったことを直視する、覚悟だったのだ。
うっかり口走った「孤児院に来月戻っても」の来月の箇所が規則違反だったことに気づき、冴子ちゃんは落ち込んだ。すると美雪も、「悉く正解している」と明かす規則違反をあえて行い、冴子ちゃんだけが処罰されないようにした。それは美雪の覚悟であり、そしてそれを目の当たりにした冴子ちゃんも、すべてを直視する覚悟を瞳に宿した。俺の眼前で繰り広げられたのは、そういう事だったんだね。
ならば俺に、何ができるだろうか? そんなの、考えるまでもない。ここにいる三人のうち二人が覚悟を決めて行動したのだから、そんなの分かりきっているのだ。俺は三つの覚悟を胸に、春の青空を見つめて問うた。
「母さん、お話しできますか?」
「強き心の、温厚篤実な息子よ。どうしましたか」
霞のかかった春特有の青空に、輝力を燦々と放つ白光が現れた。それを認めた美雪が、俺の左隣にすっ跳んできて椅子に腰を下ろす。感謝の光を放ったのち白光は降下し、俺たち三人に正対する場所で止まった。俺を息子と呼んでくれたことが思い出され視界に霞がかかるも、それでは温厚篤実なだけ。強き心とも言ってもらえたのだから、それに相応しくならねばならぬのである。視界が春の空と等しくなったのを一瞬で留め、心の強き息子を俺は白光に見てもらった。
「三大有用スキルとされる輝力操作、輝力量、剣術適正を一つも持っていない俺が、落ちこぼれであることは自覚しています。ですが俺は、健康を増進する健康スキルを持っています。激しい訓練をしても翌朝までに体を完全回復させ、人の何倍もの努力を100年間続けていけるのが、俺なのです」
ここで一息入れると案の定「そうだったのね、謎がやっと解けたわ」「うん、やっと解けた。翔サンキュー」との言葉が左右から掛けられた。二人は予想どおり、俺の健康スキルを知らなかったのである。一つ目の覚悟が空振りにならなくて良かった、との安堵を追加して、二人にくっきり頷いてみせる。はにかみ頷き返してくれた美雪と冴子ちゃんに背中を押され、俺は二つ目の覚悟に挑んだ。
「前世を終えた俺はふと気づくと、白一色の空間にいました。指で触れられる空中に、沢山のスキルが塊となって浮かんでいました。スキルはランク順に並べられ・・・・」
そう俺は、死後の世界でスキルを得た経験を話した。これは秘密にせねばならぬ等の想いをあの空間で一切感じなかったのに、なぜか俺はこれを今まで口にしてこなかったのだ。ひょっとして女神様もスキルを得る方法を知らないから、口にしなかったのかな? との思い付きが正しかったのか否かは定かでないが、白光の煌めきが増したことから察するに、俺を叱る気持ちを女神様が持っていない事だけは確からしい。よって安心して俺はそれを話し、そして遂に三つ目の覚悟に挑むときが来た。俺は語気鋭くそれを述べた。
「健康スキルだけしか持っていない俺は、健康スキルの有用性を計る被検者に適しているはずです。俺はこのスキルを活かし、努力を100年間続けて落ちこぼれをくつがえし、立派な戦士になってみせます。それを俺が証明するまで、美雪と冴子ちゃんの規則違反の罰を、保留していただけないでしょうか。御一考くださるよう、伏してお願いします」
俺はテーブルに額を付けた。一拍遅れて、美雪と冴子ちゃんも腰を折った音が耳に届く。数秒ののち、顔を上げるよう促す声が頭頂に降り注いだ。それに従った俺達に、
「わかりました、保留しましょう」
と母さんは言った。そう俺は女神様を、無意識に母と呼んでいたのだ。前世と今生を合わせても、これほど自然に母という語彙を使ったことはない。こりゃ一瞬でも気を抜いたら目が大洪水になるな、と困りはてた息子を無償で助けてくれるのが、きっと母なのだろう。
「そうそう話は変わるけど、翔は地球でファンタジー小説をよく読んでいたわね。だったら、魔法陣にも興味があるんじゃない?」
「メチャクチャ興味あります! でも同時に、メチャクチャ不安でもあります。地球時代の俺がファンタジー小説をとても好きだったって、母さんはなぜ知っているんですか?」
「まったく、この子は何を言っているのかしら。中二病と総称されるアレやコレやを、五十歳を過ぎても大好きだったって、私は知っていますよ」
「キャー母さん、教えて教えて!」「私も知りたい、母さん全部ぶちまけちゃって!」「ヒエエッ、それだけは勘弁してください~!」「「「アハハハハ~~!!」」」




