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「翔さん」「どうした?」「私の日本語、変?」「日本語の上手な外国人、の見本のようだよ」「一先ず安心しましたが、私は歌があまり巧くないんです。笑わないでくださいね」「笑う訳ないじゃん、ド~ンと来なさい!」「わかりました信じます。翔さん、信じますからね!」


 音痴がよほど心配なのか翼さんはそう念押ししたのち「うれしいひなまつり」の歌を、とても可愛らしい声で上手に歌った。「巧い、それに声が可愛い!」と拍手して誉めそやしたところ、日本語を知らずとも気持ちが伝わったのだろう。執事さんやメイドさん達も俺に続き、室内に盛大な拍手が響いた。照れまくった翼さんは嬉しさいっぱいの笑顔を振りまき、背筋を伸ばす。阿吽の呼吸で背筋を伸ばした俺に「こちらの言葉に戻します」と、翼さんはウインクした。


「翔さん、我が儘を聞いてくださり感謝します。明日はどうぞ、よろしくお願いします」

「翼さん、こちらこそよろしく。ほら俺、作法とかてんで知らないからさ」


 それもそうですね、と翼さんは新年の行事の説明を始めた。それによると行事は二つあり、最初の一つは寝殿で長老衆の挨拶を受けるだけらしい。長老衆との受け答えは翼さんが全てするので俺は黙っていればよく、また寝殿内に足を踏み入れるのも俺達と長老衆の計六人のみとの事。なんだそれなら楽勝じゃん、というのが一つ目の行事への素直な感想だった。が、次は想像しただけで胃が痛んだ。披露宴会場(上等)の上座に二人で座り、一族の有力者300人の挨拶を受け、昼食を共にするそうなのである。そういう場面で恒例の光景が脳裏をよぎった俺は、顔を引き攣らせつつ翼さんに尋ねた。


「新年のおめでたい席だから、大人達はお酒を振る舞われたりする?」「無論です。毎年大賑わいですね」「酔っぱらったオッサン達が俺達の所に来て、ウザ絡みしたりする?」「昼食会の冒頭で無礼講を宣言するのが、恒例になっています。お爺様は『死ぬほどウザい』と、愚痴を毎年零していました」「翼さん」「はい、なんでしょう」「想像しただけで、胃に穴が開きそうなんだけど」「安心してください。私が誠心誠意、看病しますね」「看病って、俺って寝込むの確定なの?!」「はい、確定です」「即答かよ!」「「「「アハハハ~~」」」」


 最後のアハハ~はメイドさん達も全員加わったため、とても華やかになった。そうなのだ、ここのメイドさん達は非常に優秀なので皆さん気品があり、翼さんも上品な女性だから、たおやかかつ華やかな空気が部屋を満たしたのである。そうなったら女性に弱い俺に、対抗手段はない。縮こまって承諾の意を告げるしかない、俺なのだった。

 ちなみに途中で現れた執事さんとメイドさん達もテーブルに着き、お茶とお菓子を一緒に頂いている。食事会は諦めるしかなかったけど、お茶会は実現したと考えていいみたいだ。翼さんもメイドさん達とのおしゃべりを素の笑顔で楽しんでいるし、きっとこれが実現しうる最良の着地点だったのだろうな。


 お茶会の後は、翼さんと映画を見た。図書館の視聴覚室の大スクリーンほどではなかったけど、そこは天風本家。視聴覚室的な部屋がちゃんと設けられており、映像もサウンドも大迫力で楽しむことが出来た。明日は厳しいだろうけどこの地に滞在中、あと一本は映画を鑑賞できるはず。見終わった後の感想会も翼さんの的を射た意見をたっぷり聴けて非常に充実しているし、この地に滞在する楽しみが一つ増えたと俺はホクホクしていた。

 視聴覚室を出て、さてそろそろ夕飯の時間だね的な雑談を居間でしていたら、膨れっ面の鶴ちゃんがやって来た。理由を訊いたところ、俺と翼さんの邪魔をしてはならないから遊びに行ってはダメ、と鶴ちゃんはここのところずっと言い含められていたという。しかしついに我慢できなくなり、家を抜け出てきたのとの事だった。邪魔では全くないがここは俺の家ではないため「気にせず遊びにおいで」とは言えず、けどすぐ否定しないと無用な気遣いを鶴ちゃんにさせてしまうに違いない。さてどうしようと膨大な考察を刹那にしていた俺をよそに、翼さんが一刀両断した。


「鶴、気にせず遊びに来ていいよ」「ホント、翼お姉ちゃん!」「ええ本当よ。でも鶴がいないと、鷹さんと綾乃さんが寂しがるわ。夏休みと冬休みしか、一緒にいられないからね」「うん、それはある。私も、お父さんとお母さんがいないと寂しいし」「でしょ。ふふふ、鶴はいい女になるわね」「もちろんなるわ! でも理由を教えて翼お姉ちゃん」「外出したいのは事実だけど、外出を押しとどめる気持ちも心の中にある。真逆なのにどちらも正しく、両方正しいのにどちらか一方しか選べない。こういうのを、揺れる想いって言ってね。揺れる想いを胸に秘めた女はミステリアスで奥深い、魅力的な女になるのよ」「すごい、それに何となくわかる。わたし魅力的な女になるね、翼お姉ちゃん!」


 この星の子供達は、第二次成長期の訪れが地球の子供達より遅い。その遅れた数年間を、子供特有の純粋さや心の清らかさを磨くことに、この星の子供達は使う。俺はそれを、精神年齢の高さを精神性の高さにする最良の方法とみなしているがそれは置き、翼さんの放った「魅力的な女」という語彙に鶴ちゃんは大変な興味を覚えていた。背伸びをしたい年頃なのももちろんあるだろうが、それより鶴ちゃんの周囲には魅力的な女性が多数いて、そしてその内の一人が翼さんなのだろう。翼さんにとっても鶴ちゃんは可愛くてならない妹分らしく、二人が会話をキャイキャイ弾ませてゆく光景は、前世の妹達を思い出させ目頭が熱くなった。改めて振り返ると今生の俺が見てきたのは同学年の女の子たちが仲良くする光景ばかりで、姉妹の年齢差の二人が姉妹のように仲良くしているのを見たのはこれが初めてかもしれない。美雪と冴子ちゃんは、容姿に年齢差があるだけだからね。それにしても、


「ああ、胃の痛みが消えていく・・・」


 翼さんと鶴ちゃんの仲良し姉妹振りは明日の昼食会への心労で傷んだ俺の胃を、癒してくれたのだった。


 ハウスAⅠを介し、夕食の時間になったら俺と翼さんで鶴ちゃんを送り届けることを綾乃さんに伝えた。綾乃さんから恐縮のメールが届いたので二人の仲良し姉妹振りを綴ったところ、ツボだったようだ。長文のメールが送られてきて、それによると一族の子としてこの地で育った綾乃さんにもお兄さんやお姉さんが沢山いて、皆に可愛がられた幼少期の記憶を今も宝物として大切にしているとの事だった。その最後に書かれていた『だから鶴がかつての自分のように可愛がられていると、胸がいっぱいになるの。これからも鶴をよろしくね、翔お兄ちゃん』はティペレトの光を放つが如くであり、ありがたくて手を合わせていたら、不意打ちされた。「翔お兄ちゃん何してるの!」と、鶴ちゃんに抱き着かれたのだ。「むむ、不意打ちとはやるな鶴ちゃん」「うむ、やってやったのだ!」 ドヤ顔でそびやかされた鶴ちゃんの胸が真っ平だったので前世を思い出し、お腹を抱えて振り回したり高い高いを俺は無意識にしてしまった。途中で「ヤバッ」と焦るもなぜかやたら喜ばれ、理由を訊いたところ「最近お父さんがこれを全然してくれないの」という事らしい。それはお父さんが鶴ちゃんを誰よりも大切にしているからであって、前世を思い出し高い高いをしてしまった俺にこそ落ち度があると伝えたところ、さすがこの星の子供。「翔お兄ちゃんならいいよ気にしちゃダメよ」と、頭を撫でられたのである。そのとき初めて、寛志君に割り切れぬ思いを抱く鷹さんの胸中を、俺は幾ばくか理解することが出来た。

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