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「翔さ~~ん!」


 俺を呼ぶ翼さんの声がした。声の方に視線を向けた俺の目に、手を振りつつこちらに駆けて来る翼さんが映る。えっと確か俺は、10分ほど早く駐車場に着いたんじゃなかったっけ? との疑問を顔にそのまま出していた俺に、翼さんは事情をはきはき説明した。ただ正確な事情を把握するまでに、言葉のキャッチボールを複数回せねばならなかったけどね。


「見覚えのある飛行車を空に見つけたので駆けて来たんです」「そういえば、深森家の飛行車をスポーツセンターで見たことが一度だけあったね。飛行車が飛んで来る方角も、あのとき覚えたのかな?」「はいそうです。方角を暗記するの得意なんです」「なるほどなるほど。翼さんはここに随分早く着いたみたいだ。待たせてゴメンね」「とんでもない、待ってなどいません。空を十分ほど眺めていただけですから、謝らないでください」「では言い直そう。翼さんお久しぶり、出迎えてくれてありがとう」「はい! 翔さんお久しぶりです!!」


 俺より二十分早く待ち合わせ場所に来た人に「出迎えてくれてありがとう」なんて言ったら次も二十分早く来てしまいそうだけど、次は俺が三十分前に到着すればいいか。との思いだけは顔に出さぬよう注意したのが、成功したのだろう。「ありがとう」の言葉に、翼さんはやたらニコニコしていた。いや待てよ、ひょっとしてこの子、次は約束の三十分前に会えるバンザ~イなんて考えてないよな? と一瞬よぎった疑問に「その正誤は次回判りますから次回にしましょう」という、心を読む超能力者としか思えない切り返しをしたのち、翼さんは俺の顔を凝視した。そのさい一歩前に踏み出したため変態と罵られることのないよう香りだけは意識すまいと必死で努めたのは、翼さんの陽動だったのだろうか? 香りを意識すまいとするあまり、それ以外が疎かになった俺を穴の開くほど見つめて、翼さんは諭すように言った。


「夏は労さず隠せていたことが、今は意図しないと隠せなくなっているようですが、翔さんにならいつどんなことを告げられても私は平気ですからね」


 戦士養成学校の夏休みは、学年毎に異なる。しかし冬休みは全学年共通だからか、翠玉市で見かける戦士養成学校の生徒は、夏より冬の方が断然多い。つまり俺と翼さんをチラ見する生徒が無視できないほど周囲にいることを俺は察知していたのだけど、さっきの回想を基にした連想を今だけは全力で排除すべきと判断した俺は、顔に百面相を強いた。様々な表情を高速で入れ替えることにより、連想に沿う表情が定着しないよう試みたのだ。それは成功し定着は免れるも、ここまでせねばならなかった俺を翼さんは心配したらしい。俺の背後に移動し背中をグイグイ押して、翼さんは俺をリムジン飛行車に連れて行った。その道中、翼さんにしこたま理解されていることに気づいた俺は、冬休み中に翼さんを深森家へ連れて行く決定を密かにしたのだった。


 飛行車の中では翼さんに、まずは何より感謝を述べた。


「背中を押すのではなく、俺の手を引いてリムジン飛行車に連れて行ったら、衆目を集めるのは手を引く翼さんになって俺はそれを激しく後悔する。でもさっきのように背中を押して連れて行ったら、衆目を集めるのは俺になる。年下の女の子に背中を押してもらわないと歩けない情けない俺を、皆は注目するんだね。俺のせいで翼さんが注目されるよりそっちの方が断然良いから、翼さんは俺のためにそうした。ということで、合ってるかな?」


 合っていますと首肯する年下の女の子に、俺は報いねばならない。背中を押されつつ考えたそれを、翼さんに告げた。


「お礼として、翼さんの頼みを一つ叶えるよ」「・・・あの、翔さん」「どうした?」「無理は決してしないって、約束してください」「無理は決してしない、約束するよ」「わかりました、翔さんを信じます」


 信じてもらえたからには多少の無理をしよう。と人知れず決めたその多少の無理と、胃に開いた大穴は釣り合うのか? それとも、釣り合わないのか? 俺には判らないが、とにかく俺は叶えたのである。「私の隣に座って天風家の年始の行事に出席して頂きたく思います」という、翼さんの頼みを。

 記憶が蘇っただけで胃に痛みが走る。嬉しかったことへ、思いを馳せるとしよう。

 天風本家の駐車場に着いた俺を出迎えてくれた人達の先頭にいたのは、鶴ちゃんだった。それだけでも俺の目尻は下がりっぱなしだったのに、輝力工芸スキルの習得を鶴ちゃんに報告してもらえたとくれば、即席の兄バカになるのは避けられない。目線を合わせるべく俺は膝立ちになり、鶴ちゃんの努力を褒め称えた。幸いこの星の子供達は第二次成長期が地球人より遅く、小学二年生の冬休みの鶴ちゃんが「ありがとう翔お兄ちゃん!」と俺に抱き着いても、幼児体形のお陰で奇異に映ることはなかったと思う。娘をこよなく愛する鷹さんも朗らかに笑っていたから、今後は気を付ける旨をきちんと伝えれば問題ないはずだ。ただ一人、鶴ちゃんの隣にいた寛志ひろし君だけは俺を仇のように睨んでいたことは、後で颯に相談しておかないとな。

 改めて振り返ると、無音軽業の訓練を介して輝力工芸スキルを習得した一人目は、功さんだった。功さんに続いて習得した人は、今年だけで14人に上った。もちろん翼さんもそこに含まれ、颯と百花さんもそうなのは嬉しい限りだ。その人達が全員こうして出迎えてくれて、先頭に立っていたのが鶴ちゃんだったのも、微笑ましい出来事になった理由なのだろう。寛志君も今年の習得組のはずだけど、恋する男の子だからそこは仕方ないよね。

 その14人に、長老衆4人と俺を加えた合計19人で仮陸宮にお参りした。たぶんこれを望んでいるんじゃないかな、と当たりを付けて冴子さんと亮介の残留意識を呼んだのは、正解だったらしい。中央の鳥居を潜り二人の意識が現れたさい、長老衆4人を含む17人が「「「「オオッッ!!」」」」と感嘆したのだ。しかし1人だけ意識を感じないらしく、また冴子さんと亮介の姿を朧げであろうと見えているのは颯、百花さん、翼さん、鶴ちゃん、そして長老衆の計8人だけだったので、手を繋ぎ輪を作ってもらうよう俺以外の18人に頼んだ。続いて18人の後方へ移動し輪に両手をかざし、全員の波長を高めていく。1人だけ意識を感じなかった寛志君も含めて全員の波長が順調に高まり、10秒経たず冴子さんと亮介をくっきり目視できるようになった。伝説の二人の姿に皆いたく感動し、とりわけ長老衆に感謝された。「工芸スキル習得に、一族の子供達は益々励むでしょう」 伝説の二人を自分達が見たことより子供達の成長を喜ぶなんて、さすがは長老衆なのである。後で時間を作ってもらい、冴子さんと亮介の伝言を長老衆に話そう。今ここで話したら、ナンマイダ~ナンマイダ~が始まってしまいそうだからさ。

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