3
明けまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。!(^^)!
約二カ月後の、10月1日。
深森家に、男の子が生まれた。
男の子の名は、昇君。鈴姉さんと同じ黒髪黒目の、この星では標準的な体重5150グラムの健康優良児だ。アトランティス人の産道の広さは日本人の50%増しらしく、新生児の体重は70%増しでも産道通過時の面積は37%増しなため、出産は日本人より楽とのことだった。男にしか生まれていない俺には実感ないけど、母子ともに無事でとにかく良かった。
ちなみに昇君の名前の由来は、日の出の夢を両親そろって見た日の、日の出の時刻に生まれたかららしい。大物を予感させる名前で、兄ちゃん嬉しいぞ!
昇君は、功の生まれ変わりで間違いなかった。母さんが見せてくれた転生後の功にそっくりなのもさることながら、見つめていると理屈抜きに感じるのである。ああこの子は、功なのだと。もっともそれを知っているのは、俺以外では今のところ母さんのみだけどね。
功の来世の母親候補に鈴姉さんが加わったことを知った日から、それを鈴姉さんに話すか否かを俺は考え続けた。三日後に出た「話さない」との結論を母さんに伝えたところ賛成してもらえたので、今のところそれを貫いている。ただそれに関し、頭を抱える事態も生じていた。なんと賛成時に、
「鈴音と翼に話す時期は翔に任せるわ」
と、母さんは爆弾を放ってよこしやがったのである。背負えぬ荷を背負わせる人ではないと理解しつつも、責任の重さに俺は押しつぶされそうだった。
冗談抜きにつぶされそうだ。話題を変えることにしよう。
鈴姉さんの講義は、毎月1日に開かれる。そうつまり、講義と出産日が重なったのだけど、大聖者の母さんにとって鈴姉さんの出産日を予見するなど造作もなかったに違いない。一カ月前の時点で「10月の鈴音の講義は小鳥が代行しなさい」と母さんは小鳥姉さんに指示したという。まったくもって不可解なのだがそう指示されるや、小鳥姉さんは3D電話で俺に泣きついてきた。
「なぜ俺なんですか!」「だって翔は我が師を母さんって呼んでるじゃない。息子として助けてよ!」「そりゃそう呼んでますが、それとこれとは無関係なような・・・・ってあれ? 小鳥姉さん今俺のこと、翔って呼び捨てにしました?」「うん呼んだ。お願い翔、私を助けてください」「わかりました。全力で手伝います」「やった~~!!」
白状するとそのとき俺の心を占めていたのは、「やっぱ小鳥姉さんは敏腕社長だ」だった。深森夫妻と霧島夫妻で俺を呼び捨てにしていないのは、小鳥姉さんだけだったからだ。雄哉さんはひ孫弟子講義の最中は俺を呼び捨てにしていたからか、普段付き合いでもいつの間にかそうなっていた。残るは小鳥姉さんだけだいつになるのかな、と密かにワクワクしていたら、今回の頼みごとの切り札として使ってきたのである。呼び捨てにされて嬉しいことを俺は隠せる人間ではなく、それだけで頼みごとをチャラにできても、小鳥姉さんは俺に必ずお礼をする。けどそれはチャラになった上でのお礼だからささやかな事でよく、するとそのささやかさが俺達の親交の深さを物語っているように思えてきて、仲が更に良くなる。という状況をあっさり造り上げる小鳥姉さんに、前世の敏腕社長をはっきり感じたんだね。まあその計算高さも、頼りがいのある姐御っぽくて大好きなんだけどさ。
かくして代理講師を務める小鳥姉さんの手伝いが確定し、ちょうど夕飯直後だったこともあり全体の流れを午後8時までに決めることが出来た。1、講義内容の決定。2、原稿作成の最終期日。3、原稿に沿って俺に講義してみる最終日時。4、満足できたら鈴姉さんにも見てもらうこと。5、合格をもらえたら達也さんと雄哉さんも呼び、四人が見守る中でゲネプロ(本番に酷似した稽古)を行うこと。全体を網羅したこの五つを初日の、しかも早い段階で決められたんだね。という訳で俺の入浴中に1を考えてもらうよう頼み、風呂を楽しんでから電話したところ、「一つも思い付かない~」と泣きつかれた。明らかな嘘泣きだったので眉間に皺を刻みかけるも笑顔を保ち、鈴姉さんの講義に出席した最初期の講義内容を覚えているか訊いてみる。するとスラスラ四つ挙げ、それらはすべて俺が未受講の講義だった。よって若林さんに急遽電話し、四つの講義を受けたか否かを尋ねたら、俺同様すべて未受講らしい。若林さんにお礼を述べそれを小鳥姉さんに伝え、四つの中で小鳥姉さんが最も好きなものを問うてみる。最も好きだからだろう「断然コレ」とはきはき返って来たので、
「ではそれを初講義の題材にしませんか?」
と提案したところ、嘘泣きではなく本泣きされてしまった。それを面倒クサイではなく可愛いと思えるのが、俺と小鳥姉さんの仲なのだろうな。
題材が決まってからは早かった。翌日の正午に原稿が完成し、昼食を摂りつつ読ませてもらった。お世辞ではなく「さすがは侯爵令嬢かつ敏腕社長かつ大人気レストランのレシピ担当者ですね」と褒めたところ、迷いが消え俄然やる気が出たようだ。それが良い方に転んだのか、俺の訓練場に意識投射してその日の深夜に行った講義の初稽古は「稽古の必要ある?」と首を傾げる高品質さで、そう伝えたところまた嘘泣きされ今度は面倒クサイと多少感じたのはさて置き。
「では残り三つの原稿を、三日後までに書き上げてくださいね」「了解。確認なんだけど、鈴音に四つの原稿を読んでもらった上で、鈴音に見てもらう講義を鈴音に選んでもらうんだよね」「はいそうです。次はお二人でここに来てください。お待ちしてます」「ふふふ、女子厳禁の男子の訓練場を訪れる日が来るなんて、あの頃は考えもしなかった。鈴音も、喜ぶと思うよ」「お二人のような美女に来ていただき、訓練場もきっと喜ぶでしょう」
もう美女だなんて~、と喜ぶ小鳥姉さんに講師代行の重圧はもはや感じない。もともと頭のすこぶる良い人だし、社長業で度胸もついているのだから、稽古が軌道に乗りさえすれば心配する必要のない人なのである。その「心配する必要のない人」が「放っておいていい女」になりがちなことを、本人はいたく悩んでいるみたいだけどさ。
それは再度置き、鈴姉さんに見てもらう稽古も、達也さんと雄哉さんが加わったゲネプロも、小鳥姉さんは大成功で終えた。そんな小鳥姉さんに「こりゃ放っておいていい女になるのも頷けるな」と、俺は心の中で膝を叩かずにはいられなかった。
そして迎えた10月1日、小鳥姉さんは代行の大役を見事果たした。適時に笑いを差し込んだ講義は素晴らしいの一言に尽き、これなら鈴姉さんも安心して育児に専念できるはずだ。ただ小鳥姉さんも妊娠していて来年2月中旬に出産予定なため、代行は1月をもって終了するという。それ以降は、一体どうなるのかな? まあ母さんのことだから、抜かりはないんだろうけどさ。
話は前後する。
夏の合宿と冬の合宿を、今年は行わなかった。




