14
それはさて置き、朝倉さん絡みの嬉しいこともあった。見学に来ていた朝倉さんの奥様の乙葉さんが銀騎士隊の女性隊員と意気投合し、連盟の社会人会に加入したのだ。乙葉さんは母さんの組織の人ではないがいわゆるママ先生タイプの、心のとても美しい人。運動は苦手みたいだけど、そういう人用の戦闘職もちゃんとあるから心配無用だろう。朝倉さんと乙葉さんはたいへん仲が良く見ているだけでほっこりするし、それに乙葉さんがいると朝倉さんと雄哉さんの火花バチバチが無いので「可能なら毎回来てください」と、俺は心からお願いしたものだった。
とまあこんな具合に、合宿と白銀騎士団は順調そのものだった。したがって冬休みのもう一つの予定である、功さんの夢への訪問に移ろう。
功さんの夢への訪問も、順調だった。難を一つだけ挙げるなら、俺らの気が合い過ぎたことだろう。集中力を欠くと馬鹿話がすぐ始まり、二匹の子猿が爆誕してしまうのである。よって夢を訪れるや授業を始めて休憩を取らず突っ走り、授業が終わったとたん「「ヒャッハ―!」」化するのが4日目に確立した。いやはや、馬が合い過ぎるのも考えものだな。
ただ授業自体は順調に推移し、予定していた10日分の授業を、12月26日から1月2日の8日間で終えてしまった。終えたので「母さんが連絡してくるかな?」と思ったが連絡の気配はなく、さてどうしたものかと頭を捻るも何も思い付かず、授業内容の決まらぬまま迎えた1月3日の授業の冒頭、俺の口が勝手に動いた。「功、体の外に出てみる?」と。
「な! 俺も出ていいのか!」「そりゃいいさ、禁じられていないし。あっでも、禁止事項もあるよな。覚えてる?」「無論だ。俺らの宇宙より上の宇宙に行こうとしないこと。肉体の欲望を満たそうとしないこと。無関係の他者に姿を見せないこと。この三つだよな」「正解。では復習を兼ね、この頭蓋骨内の図を見てくれ」
俺は宙に創った頭蓋骨内の図の、視床下部を指さした。普通意識は通常、視床下部に焦点を合わせている。その焦点を外にずらすことが意識投射なのだけど、これがナカナカ上手くいかない人もいる。心が清らかでも理論思考に優れる人は外へずらすのに苦労する等々もあるので、功に可能か否かはやってみないと判らなかった。といっても大抵のことは、実際にやってみないと判らないんだけどさ。
今回は俺と一緒に体外へ出るから、ほぼ100%成功する。外に出たらまずは落ち着き、部屋の中を見渡してみる。続いて部屋の中を飛び、ドアのすり抜けを試し、問題なかったら天井をすり抜けて空へ舞い上がる。こんな計画を立てたところ、功に了承してもらえた。ならば、
「さあ行こう!」
の声と共に俺は宙に浮く。三次元物質世界に心が縛られていると、夢の中ですら宙に浮くのは難しい。功はどうかな? と案じる間もなく、
「ヒャッハ―浮いてるぜ!」
一匹の子猿が宙に浮いていた。もちろん子猿は冗談だけどさ。
宙に浮けたなら次、とばかりに今度は宙をスイスイ飛んでみせる。功はそれも難なくこなし、今更ながらコイツの凄さを実感したのはさて置き、俺は宙に静止して左右の掌を天頂へ向けた。そして本当は必要ないのだけど心の壁を取り除くべく、いかにも「次元窓でございます」といった感じの、白銀に光る円形の窓を創って語りかけた。
「あの円形の窓は、次元窓。くぐった先は三次元世界の、功の部屋だよ。さあ行こう!」
幸い功は次元窓と信じ切ってくれたらしい。あれは心を騙すトリックだって、あとで謝らないとな。と苦笑しつつ二人並んで上昇し、白銀の円形窓を揃って潜った。そして、
「ベッドに横たわる自分を宙に浮いて見るって、パネエな」
功は見事、意識投射を成功させたのだった。
功が落ち着くのを待ち、部屋の中を見渡す。続いて部屋の中限定でゆっくり飛び、飛ぶことで肉体を纏っていないことを実感させてから、俺はドアをすり抜けて廊下に出た。功も難なくこなし、しかし一応もう一度すり抜けて部屋に戻ってから、肩を並べて天井をすり抜け空へ舞い上がった。それも難なくこなした功の目に、数万の星の瞬く夜空が映る。「翔」「どうした?」「ありがとな」「よせよ水くさい」 俺達はそれから暫く、天風一族の本拠地の上空を飛びまくったのだった。
ひとしきり飛行し満足したのだろう、功が海岸の砂浜に降り立った。夜の海を眺めつつ友と語らうのも乙と思い、砂浜に腰を下ろす。すると、予想外の展開になった。胡坐をかいて海を見つめる俺の隣に功が正座し、腰を折ったのだ。
「なんだ急に?」「翔、頼みがある」「うん、聴こう」「長老衆の四人にも、俺と同じ授業をしてもらえないだろうか?」「ふむ、本体に訊いてみる。少し待って」
四人の容姿を可能な限り克明に思い出し、本体に二つ質問してみる。この四人にも功と同じ授業をできるかな? すぐには無理だとしても、可能になる方法はあるかな? 言葉ではなく高速高密度の意識で一気になされた返答を、人の言葉に翻訳して功に伝えた。
「すぐには無理だって。でも方法はあって、それは四人の夢を功が訪れること。ただし功は、今月7日の正午ごろ亡くなる。今は日付が変わって4日だから、チャンスは三晩だね」
功が今月7日の正午ごろ亡くなるのは、二度目の授業で伝達済。また夢への訪問が成功しても四人が努力を怠ると、授業は不可能になることも説明した。こればかりは仕方ないよね。
それから暫し、功の質問に答える時間が続いた。それを基に、今日を含む三日間の計画を二人で立てていく。と言ってもすることは三つしかなく、確認のため功がそれを言葉にした。
「1、夢を訪れることを四人に明かさない。2、単独での意識投射を自主練する。3、他者の夢を訪れる訓練は、明日から翔の体で行う。これでいいか?」「うんいいよ。さあ帰ろう」
俺の夢を訪れる訓練は、寮ではできない。同室の奴らが目を覚まし、俺と功の意識体を見てしまうかもしれないからだ。幸い本日4日は本拠地の個室に泊まるので、訓練可能。明日と明後日は、体育館の生活スペースに泊まれば問題ないだろう。ただしタイムリミットは、明後日だけどね。
突然だが体外に意識投射するのと、意識投射を止めて肉体に戻ることは、どちらが簡単なのか? 「戻る方が比較にならないほど簡単」が正解だ。なんてったって「戻ろう」と思うや否や、どんなに離れていても瞬時に戻れてしまうからね。功にそう告げたところ、次の瞬間そこに功はいなかった。戻ろうという考えが、チラリと心をかすめてしまったのである。きっと今頃、ベッドの中でしきりと悔しがっているに違いない。ププっと噴き出し、俺も自分の体に戻って行った。
翌朝の朝食をもって、冬の合宿は終わった。鈴姉さんは終始仏頂面だったけど、三日後に亡くなる人へ最後の挨拶に伺うことを阻止するような人ではない。その代わり「また来るのよ」と念押しし、そう言ってもらって俺が喜んでいるのを知るや頭ナデナデを追加し、最後は毛根が心配になるレベルで鈴姉さんは俺の髪を掻き回していた。でもそのお陰で湿っぽい別れにならなかったのだから、次回も毛根に頑張ってもらおうと俺は考えている。




