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 人類軍のトップ10は、人口十二億のアトランティス人のトップ10と同義なので、俺は凄い凄いを連発した。冴子ちゃんは当初それに胸をそびやかしていたが、次第に勢いがなくなり最後は俯いてしまった。慌てて理由を尋ねると「8年遅く生まれていたら勇者パーティー入りは確実だったって、シミュレーションに出ていたの」と返され、俺は言葉を尽くして褒めまくったが、冴子ちゃんの俯きが解消されることはなかった。こうなったら、美雪に助けてもらうしかない。そう判断し美雪に両手を合わせたところ、思いもよらぬ事実を知った。「冴子が孤児院で育てた亮介が、勇者パーティーにいたの。自分もパーティーメンバーだったら何があろうと亮介を生還させるのにって、冴子は悔しがっていたわ」との事だったのである。亮介は冴子ちゃんの16歳年下だったらしく、孤児院で働き始めた冴子ちゃんは4歳の亮介をそれはそれは可愛がったという。俺と同じ戦争孤児だった亮介は冴子ちゃんを実の姉のように慕い、それは互いが伴侶と家庭を得ても変わらず、家族ぐるみの付き合いをしていた両家は子供の代で親族になった。冴子ちゃんの息子と亮介の娘が、結婚したそうなのだ。それは俺にとっても嬉しい事だったのでお祝いの言葉を述べたら、冴子ちゃんはようやく顔を上げてくれた。そして自分の息子と亮介の娘について愛おしげに語ったのち、深呼吸を一つして、最もつらい記憶に移った。


「澄子はいつも私と一緒にいて、私の人格を複製していたから、私の家族親族および友人知人は、澄子にとっても家族親族および友人知人だった。それらの大切な人々が戦争で無残に死んでいくのを、澄子は目の当たりにした。澄子専用のロボット馬を政府が作り、澄子を戦争に従軍させたのね」


 戦士に貸与されるアンドロイド馬に、馬自身の意識を歪曲する機械を搭載することは法律で禁じられている。よって政府は澄子さんを移植可能なロボット馬を製作し、戦争に従軍させたそうなのだ。


「闇族の軍隊は先頭がゴブリン、その奥がハイゴブリンのように、奥にいくほど強くなっていく。人類軍の布陣もそれに合わせて、先頭が分隊でその次が小隊になっているわ。分隊と小隊はハイゴブリンまでの戦闘を担い、戦闘を終えたら後方に下がって、オークとの戦闘は中隊のみで行うの。太団長だった私の戦闘はずっと後だったけど、澄子は戦場唯一の特務衛生兵として、開戦から終戦まで最前線のすぐ後方にいた。親交のある大勢の人達が次々戦死していくのを、澄子は百メートルしか離れていない場所で、目の当たりにし続けたのよ」


 当時の政府は、量子AI搭載のロボット衛生兵の導入を計画していて、澄子さんはその最初の被験者でもあったらしい。しかし澄子さんが持ち帰ったデータによって計画は白紙に戻され、アンドロイド馬に応急処置機能を加えるのみに留まったという。応急処置を施す時だけは搭載された古典AIが馬の意識に関与するが、人を助けたいという想いが馬は旺盛なため、それを科学的に後押しするだけで十分とのことだった。そう補足説明した冴子ちゃんは、動作の大きな背伸びをゆっくり時間をかけてする。それでも足りなかったのか両手で顔をゴシゴシこすり、普通の表情になったのを確認してから、戦闘直前の不思議な出来事について話し始めた。


「私の戦闘が始まる数分前、澄子が戻って来てね。自分の3D映像を投影して、私に見せたの。その澄子を一瞥しただけで、私達の心に差が無くなったことを確信したわ。冷静に考えたら、それで当然よね。私達の唯一の巨大な差だった戦争経験の有無が消えたのだから、人格の差も消えた。そういう事だったのよ」


 冴子ちゃんと澄子さんを案じる気持ちが心の中で渦巻いていても、戦闘未経験者の言葉は的外れになりがちなもの。然るに無言でいたが、冴子ちゃんにはバレバレだったらしい。冴子ちゃんは中腰になって俺の頭を撫で、ありがとうと言ったのだ。椅子に座り直した冴子ちゃんはほんの少しだけ、取り繕った普通顔から本物の普通顔になっていた。


「人格の差がなくなった澄子に、私はお願いした。『私が生還しなかったら、冴子として生きてほしい』 澄子は頷いたけど私を抱きしめ、生きてくれなきゃ嫌だって泣いてね。それが可愛くて堪らなくて、私ってこんなに可愛かったんだよしよしって澄子の頭を撫でていたら、髪の手触りを掌がはっきり感じた。目を見開いたら澄子も瞠目していて、そして目が合った瞬間、私達は五感を共有していたの。どこの誰かはぞんじませんが、私達にこの贈り物を授けてくださりありがとうございます。この言葉を一緒に口ずさみ、最後にもう一度抱きしめ合って、私は戦闘に赴いた。それからの八百年を、私は冴子として生きているんだ」


 澄子さんは冴子ちゃんになり、孤児院の育児ロボットとして今も働いているそうだ。そういえば俺が3歳までいた孤児院にも、人と変わらぬ容姿をした量子AI搭載の育児ロボットが1人いた。「ひょっとして冴子ちゃんだったの!?」と尋ねたが、「違うよ~」とのことだった。俺が喜びの絶頂から落胆のどん底へ突き落されたのは言うまでもない。それに引き換え「残念だったね~アハハ~」と、この人はなぜこうも楽しげに俺の頭を撫でているのだろうか? まあでもあの育児ロボットが冴子ちゃんではなかったにせよ、


「また必ず会えるから元気出しなさい」


 と、元気を100%取り戻した冴子ちゃんに背中をビシバシ叩かれたら、こちらも元気になるというもの。優しく快活で面倒見の良いこの女性と必ず再会できるなら、なおさらなのだ。そんな、元気を100%取り戻した俺の頭を、いつの間にか隣に座っていた冴子ちゃんはまるで照れ隠しをするかの如く、両手でワシワシ撫でまくったのだった。


 その後は念願の、質問タイムになった。疑問や詳しく知りたいこと等々、質問が山のようにあった俺は待ってましたと万歳したが、それはバカ丸出しの行動だった。万歳する俺を悲しげに見つめて、


「でもゴメンね、答えられないことの方が圧倒的に多いんだ・・・・」


 と、冴子ちゃんに肩を落とさせてしまったからだ。俺は心の中で自分を、口を極めて罵った。3月下旬にならないと開示不可な情報をこうも沢山聴けたのは、すべて冴子ちゃんのお陰。つまり現時点で俺は冴子ちゃんに多大な負担をかけていたのに、返答できない質問を多数することで、更なる負担を強いようとしていたのである。俺は背筋を伸ばし、思慮不足な行動を謝罪した。そして頭をフル回転させ、返答可能と思われる質問を吟味していった。天が助けてくれたのか、ほんの数秒でそれを見つけた俺は、亮介を気遣う本物の俺になって問うた。


「この1年間一緒に訓練してきた亮介は、冴子ちゃんと過ごした日々をどこまで知っているのかな?」


 冴子ちゃんと再会できるなら、亮介とも再会できるかもしれない。そのさいバカ極まる俺は、亮介の記憶と矛盾する話題を取り上げてしまう可能性が高い。亮介と冴子ちゃんは親族だったんだね、がその最たるものだろう。それを避けるべくこの問いをしたのは、大正解だったらしい。冴子ちゃんのみならず美雪も、顔を輝かせて答えてくれたからだ。

 それによると亮介は冴子ちゃんを、訓練を一緒にする仲間とのみ記憶しているという。白状するとその事実は、俺の胸に痛みを生じさせた。だが亮介に関する質問をしたことで新たな情報が開示可能になり、そしてそれが俺に三重(さんじゅう)の嬉しさをもたらしてくれたのだ。それは美雪によって明かされた、これだった。


「正式な戦士になる年齢は、20歳。それ以降は冴子がそうだったように、望めば社会人と戦士を掛け持ちできる。もちろん訓練義務と、戦闘力審査を年に一度受けて合格する義務はあるけど、義務を果たしていれば様々な恩恵を得られるの。その一つに、教育担当の量子AIと交流を続けられるというものがあってね。亮介はそれを希望したから、私達と足掛け100年の交流があったの。その100年を土台にして、亮介の人格は形成されている。冴子と過ごした記憶はなくても、翔が知っている亮介は、底抜けにいい奴だったそのままの亮介なのよ。安心してね」


 亮介がそのままの亮介だったのも嬉しいし、美雪と交流を続けられたのも嬉しいし、亮介と同じ恩恵に浴せる可能性が俺にあるのも、堪らなく嬉しかった。というように三重の嬉しさに見舞われた俺は有頂天になり、それが美雪と冴子ちゃんにも伝播して、俺達はそれ以降メチャクチャ盛り上がった。とくれば、美雪が夕食を豪華にしない訳がない。そして美味しく楽しい食事が人々の口を軽くさせるのは、世の常。美雪と冴子ちゃんが披露する100年に渡る亮介の面白ネタに、俺は窒息するほど笑い転げたのだった。

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