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 午前の訓練の終了時、次は来年の1月4日に来ると皆に伝えた。一瞬呆けた子供達がドッと押し寄せて来て、俺に抱き着きギャン泣きを始める。こんなにも慕ってもらえたことが嬉しくて俺も一緒に泣いていたところ、役立たずの俺の代わりに颯と百花さんと蒼が子供達を宥めてくれた。笑顔に戻った子供達と1月4日の再会を約束していた俺の視界の端に、三人がお爺さんに呼ばれる様子が映る。その時は分からなかったけど昼食開始時、


「「「お招きいただき、ありがとうございます」」」


 なんと颯と百花さんと蒼が台所に現れたのだ。三人と話したくても時間を作れず、残念に思っていたのでマジありがたい。俺も三人と一緒に、お爺さんへ頭を下げた。

 人数が二倍になったお昼ご飯は非常に盛り上がった。特に俺と颯は男子寮のノリにすぐなってしまい幾度も子猿化し、百花さんにその都度叱られてしまった。といってもそれは表面的なお叱りに過ぎず、その最大の理由はお爺さんが懐かしがっていたからだった。「120年近く経っているのに、男子寮の記憶が昨日のことのように蘇った。ありがとな」 昼食終了時にそうお礼を言われた俺と颯は、阿吽の呼吸でハイタッチしたものだ。そんな俺達を見つめるお爺さんの瞳が期待に満ちていたので、こういう時にお約束の三人ハイタッチで最後を締めた。三人で素早く正三角形を作りタイミングを合わせてハイタッチできたことを、お爺さんは同年代の男子のように喜んでいた。

 時間は前後するが、昼食中は真面目な話もした。蒼が俺に「翔さんは子供達になぜ的確なアドバイスができるのですか?」と問うたのである。子供達の面倒をよくみる蒼らしい質問に嬉しくなった俺は、少々回りくどい説明をしてしまった。


「俺達がこんなふうに食事してそれを消化吸収できるのは、胃や腸の消化器系のお陰だ。消化器系が無ければ人は栄養を摂取できず、死んでしまうからな。だがそれは消化器系自身にも当てはまり、仮に胃や腸を体内から取り出して放置したら、干からびて死ぬことは免れない。胃や腸は体内にあるからこそ本領を発揮し、体全体の役に立つことが出来るんだ。これは人の全ての臓器や器官に当てはまり、それぞれが体の一員として働くことで体全体の役に立っている。そしてそれは、人類全体も同じなのではないかと俺は思う。『創造主は人を、助け合うことを前提に創った』 俺は、そんなふうに感じているんだよ」

「翔君、ちょっといい?」


 百花さんが挙手して訊いてきた。もちろんいいよと答えた俺に百花さんは頷き、お爺さんもこの場にいるからだろう背筋を伸ばして持論を述べた。


「消化器系があるから人は栄養を摂取し、生きていける。でも消化器系は『誰のお陰で栄養を摂取し生きていけると思っているんだ』みたいなことを、他の臓器や器官に決して言わない。翔君が説いたように酸素を吸収する肺や、体中に血を届ける心臓や、体を支える骨がなければ、消化器系も生きていけないからね。そしてそれは全ての臓器や器官に当てはまるから、翔君の創造主の話を聴いて思ったの。臓器や器官は『自分は他の奴らより偉い』なんて思わず、それは創造主が人を創った時も同じなのではないか。助け合うことを前提に創られた人は本来『自分は他の奴らより偉い』と考えない存在なのではないかって、思ったんだ」


 俺もそう思うぞ、同意、の声が台所に溢れた。そしてそれ以降は、俺とお爺さんを除く四人が意見を出し合い議論は進んだ。5分ほどで共通見解に達し、5分掛けずそれを文章化し、「言い出しっぺの蒼に任せた」「了解です颯さん」とのやり取りを経て蒼が発表した。


「消化器系が消化を担っているように、子供達に適切なアドバイスをして子供達の成長を促す役目を担っている人も、いると思われる。だが創造主は人を、対等な存在として助け合うことを前提に創った。よって対等な存在として助け合おうとする人は、子供達の成長を担当する人には及ばねど、近いことなら可能かもしれない。一族の子供達の世話をする機会の多い俺達は、その『近いことなら可能かもしれない』を忘れず、対等な存在として助け合っていこう。翔さん、俺達はこう結論しました。どうでしょうか?」

「100点満点と言いたいところだけど、大切な話をし忘れちゃったんだよね。それを、今から言おう。蒼はそれを基に自分なりに考え、しかし結論が出てもすぐには発表せず、胸の中に留めて考察を続けて欲しい。いいかな?」


 理由は解りませんが了解ですとハキハキ答えた蒼の将来を楽しみにしつつ、忘れていた大切な要素を会話形式で俺は発表した。


「ところで蒼は、誰かの役に立てたら嬉しいか?」「唐突ですね。でもそんなの、嬉しいに決まっているじゃないですか」「うん、俺も蒼に同意する。ではなぜ、そう決まっているのだろう?」「そんなことを訊かれても・・・・ッッ!!」


 創造主が始めから人をそう創ったことに、蒼も気づいたようだ。蒼は俺との約束を覚えていたらしく、熟考に身を沈めている。颯と百花さんと翼さんも同じだったので、俺とお爺さんはそれから暫し小声で会話を楽しんだのだった。

 食後のデザートも食べ終わり、ではそろそろという事で暇乞いをした。颯と蒼は「1月4日を楽しみにしているよ」「翔さんが次に来るまで鍛えまくります!」とすぐ応じてくれたけど、百花さんと翼さんは押し黙ったままだった。もっとも百花さんは、翼さんを気遣っての事だったけどね。

 あてがわれた客室に戻り、バッグを肩にかける。屋外訓練場へ向かう前に部屋の片づけを終えていたけど、念のため再度確認する。うん、問題ないだろう。俺は部屋に二泊のお礼を述べ、また来るねと約束して踵を返した。

 前回と異なり、翼さん以外にも複数の人が駐車場にいた。集まってくれたのは昼食を共にした三人と、執事さん達とメイドさん達。執事長さんとは今朝少し話す時間があり、111歳の執事長さんは本当は去年で退職だったが、「お嬢様が20歳になるまで働くつもりです」と確たる口調で語っていた。お爺さんが亡くなったら、翼さんは長期休暇で肉親の誰もいない家に帰省することになる。だからせめて自分が翼さんを出迎えようと、執事長さんは思ってくれているのだ。「今回もお世話になりました。1月4日にまた来ます。元気な執事長さんに会えるのを、楽しみにしています」 心からそう伝えたところ、執事長さんは目尻に涙を薄っすら浮かべていた。情の篤い人が翼さんのそばにいてくれることを、俺は感謝した。

 駐車場には、リムジン飛行車が停車していた。リムジン飛行車は言うまでもなく、翼さんの専用車。よって迎えに来てくれた時のように翼さんも搭乗していれば、問題はないと言える。でも今回は俺一人なため辞退したかったのが本音なのだけど、翼さんは首を縦に振ってくれなかった。う~む翼さんって、たまに頑固だからなあ・・・

 などと考えていると察知されてしまいそうなので胸の奥深くにしまい、今回のお礼と次回の約束をすべく翼さんに向き直った。


「翼さん、三日間ありがとう。年明けの4日に、また会おうね」「翔さん、私の目を見てください」「うん、どうした?」「・・・すみません、私は頑固で」「どわっ、どうして分かったの?」「ん~、何となく?」「あはは、さようですか」


 頑固と思ったのはやはり見透かされたけど、こんなふうに尻に敷かれているっぽい状態を俺が好むことも正確に知覚しているようなので問題ないだろう。それは正しく、俺と翼さんはこの三日間の出来事をしばし楽しく話していた。頃合いを計り、こちらから切り出す。


「じゃあ翼さん、またね。お爺さんも、来年お会いしましょう。みんなも皆さんも、良いお年を!」


 元気よくそう告げ、飛行車に乗り込んだ。颯と蒼が空気を読み、大きな仕草で明るい声を出してくれている。百花さんも翼さんに寄り添ってくれて、ありがたい限りだ。扉が閉まり、窓越しに手を振っていた皆の姿が眼下へ消えていく。寂しさの吐息が、無意識に一つ漏れた。俺は瞑目し、シートに身を沈めたのだった。

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