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 お腹が空いているでしょう、さあさあ座ってください。功さんはそう言って、家長の次に席次の高い椅子を勧めてきた。ヤバいこの星のマナーが判らない、と内心ではなく実際に頭を抱えそうになった俺を、きっと助けてくれたのだろう。家長の勧めた椅子を、執事さんが笑顔で引いてくれた。俺は翼さんに顔を向け、詫びを込めた眼差しで頷いてから椅子に腰かける。隣席に翼さんが座ったのを合図に、食事が始まった。

 晩御飯は、すき焼きだった。採れたての旬の白菜と、三方を囲む山で育った天然のキノコ類がたっぷり入ったすき焼きだった。牛肉の旨味が溶け込んだ醤油ダレをたっぷり吸った白菜、葱、椎茸、エノキ、そして豆腐に俺の食欲は留まることを知らず、竜巻が大気を吸い込むように食べ続けた。そんな俺の背中を「これじゃこれ、これぞ男の子じゃ!」と功さんは上機嫌で叩きまくり、肉も食べなさい葱も旨いぞと、俺のどんぶりの上にすき焼きの具を次から次に乗せてくれた。「ふふふ、お爺様ったら」「翼、これが男子じゃ。強くなる男子の食いっぷりじゃ!」 という会話を聞いているうち、俺と功さんも自然と「お爺さん」「翔」と呼び合うようになっていた。ちょっぴり恥ずかしかったけど、執事さんとメイドさんも含めて皆さんとてもニコニコしていたから、これで良かったのだろうな。 

 晩御飯を食べ過ぎた俺は、失礼と解っていてもどうしても椅子に座っていられなくなり、床に寝転がらせてもらった。翼さんが俺の枕元に座り、世話をテキパキしてくれる。功さん達のいる部屋だったので眩暈がするほど恥ずかしかったけど、世話好きの翼さんのお世話は非常に心地よく、顔がみるみるふやけていった。それが嬉しいのか、翼さんも笑顔を振りまいている。食後のお茶を楽しんでいた功さんが、瞑目して呟いた。「思い残すことはない」 老いを感じさせぬ力強さで功さんが立ち上がる。そして「明日は夕食前に入浴を共にしよう」「はい、喜んで」とはきはき会話して、功さんは台所を去って行った。

 その去り際、寝たままでは悪いと思い起き上がろうとするも、俺の頭頂側に移動した翼さんが狙いすましたように頂眼址ちょうがんしマッサージを始めたため不発に終わった。いや不発どころか得も言われぬ心地よさが押し寄せてきて、ふやけ顔どころか間抜けづらに俺はなってゆく。幸いメイドさん達は微笑ましい眼差しを向けてくれているが、さてどうしたものか? と微かに残った理性を総動員して考えていた俺のおでこに、


 ポタ ポタポタ


 水滴が落ちてきた。慌てて瞼を開けた俺の目に、涙を零す翼さんが飛び込んで来る。しかしなぜか身を起こしてはならない気がして、額で涙を受け止め続けた。それは正解だったらしく「私の涙、不快ではないんですね」と翼さんは微笑む。「おでこに穴を穿たない限り平気だよ」「日本の言葉ですよね、少し時間をください思い出します。雨垂れ石を穿つ、でしたっけ?」「正解!」 そんなやり取り中も頂眼址マッサージは続けられ、間抜け面をも通り越しただの馬鹿になる寸前、雨垂れの頻度が急に上がった。


「今夜の晩御飯は、私一人では祖父にプレゼントできませんでした。翔さんには、感謝してもしきれません」「丼に具をどんどん乗せてくれる功さんは、本物の祖父みたいでさ。ついお爺さんって呼んじゃったよ」「翔さん」「うん、なんだい」「祖父を一目見るや、祖父に残された時間を翔さんは感じ取った気がしました。どうですか?」「翼さん、おでこに穴を穿っていいからね。二週間という声を、俺は聞いたよ」「ありが・・・ッッ!!」


 言葉を最後まで紡げず、翼さんは吐くように泣いた。そのさい俺のおでこに突っ伏し、額と額を合わせて泣いたため、約束どおり涙を受け止めてあげる事ができなかった。せめてもと、翼さんの頭を俺は優しく撫で続けた。

 涙をよほど堪えていたのだろう、翼さんがハンカチを必要としなくなるまで十数分かかった。そして泣き止むと同時に、ほんの数秒前まで額と額を合わせていたことを思い出したらしい。翼さんは前後不覚寸前で恥ずかしがり、それを宥めるのにも数分かかって、冴子ちゃんによると功さんが台所を去ってから既に二十分経過しているとの事だった。宥め終えた翼さんが今度はシュンとなり、その丸まった背中を「世話が焼けるわねえ」と撫でつつ、冴子ちゃんが現れてくれたんだね。俯く翼さんを元気付けるのはやぶさかではなかったけど、助かったのも事実。俺は冴子ちゃんの助け舟に、喜んで乗ることにした。

 冴子ちゃんは、この4カ月の翼さんの頑張りを俺に教えてくれた。それによると翼さんは、功さんがもう長くないと知ってから今日まで、それはそれは努力したという。しかしその努力を自ら俺に話す人ではないため、「私がこうしてやって来たのよ」と冴子ちゃんは胸をそびやかしたのだ。待ってましたと拍手する俺とは対照的に翼さんは慌てふためき、必死になって冴子ちゃんの口を塞ごうとするも、口を塞がれた冴子ちゃんが二人に分裂して暴露話を継続する様子に、試みの無意味さを悟ったらしい。抵抗は止めるも、それでも恥ずかしさは変わらぬのだろう赤くなっていたが、


「ウオオ翼さんスゲー!」「そうよ、翼は凄いのよ!」


 のように俺と冴子ちゃんが翼さんを褒めまくっているうち、少しずつ照れるようになっていった。そうなのだ、努力した人はちゃんと褒めてやらねばならぬのである。よって冴子ちゃんはこの機を逃すなとばかりに翼さんのとっておきの頑張りを披露し、その健気さに俺は演技抜きで涙ぐみ、「アンタなに泣いてるのよ」「だって翼さんがいじらしくて」「ふふふ、アンタってたまにいい男よね」「わ~い、珍しく褒められたぞ」などとやっているうち、翼さんはいつの間にか笑っていた。それを受け「では話題を変更し、翔の暴露話を始めます!」と冴子ちゃんが宣言したものだからさあ大変。


「ええっ、冴子ちゃんそりゃないよ!」「いいぞ冴子さん、じゃんじゃん暴露して~」「つ、翼さんまで。冴子ちゃん、どうかお手柔らかに」「お手柔らかにとお願いされてもねえ。じゃあ手心を加えて、前世の翔が趣味で書いていた恋愛小説を暴露します!」「キャーッ、聴きたい聴きたい!」「冴子様それだけは、それだけは勘弁してください~~!!」


 てな具合に、恥ずかしさに身もだえしたのは最終的に俺だったのだ。けど翼さんがお腹を抱えて笑い転げていたし、就寝前に現れた冴子ちゃんに「翼が笑ったのは4カ月ぶりだったわ。ありがとう翔」とお礼も言ってもらえたから、収支は大黒字だったと考えている。


 翌日は朝食後、功さんと翼さんと俺の三人で仮陸宮かりむつみやを参拝した。功さんに請われ、三ツ鳥居の向こうにいる冴子さんと亮介に呼びかけたところ、二人は快く現れてくれた。ただ功さんと翼さんには薄っすらとしか見えなかったようなので二人の肩に手を乗せ波長を高めたところ、明瞭になったみたいだ。伝説に謳われた二人を目の当たりにした功さんは感激し、二人も功さんの功績に感謝の言葉を掛けていた。冴子さんと亮介を始めとする英霊達は残留思念にすぎず、いわゆる魂が鳥居の向こうにいるのではない。しかし功さんと二人が「儂も近々そちらへ参ります。その時はお仲間に加えてください」「待っていますよ」「一緒に一族を見守りましょう」と会話したことは、翼さんの心を軽くしたようだ。それは功さんも同じだったらしく、帰り道の功さんと翼さんはどちらも晴れやかな顔をしていた。

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