2
必死になって考えていたのは、俺も同じだった。ただし対象と内容は勇と異なり、対象は功さん、内容は「今生の記憶を来世に持ち越し易い臨終について」だったのである。
今生の記憶を来世に持ち越し易くする方法なら、母さんに複数教わっている。亡くなる直前に脳内及び体内で行う一連の作業もあれば、人生全般の生き方もあれば、死後の世界の過ごし方もあるといった具合だ。神秘学的知識や超能力を持たずとも地球を卒業できるように、それらを持たずとも今生の善性を来世に持ち越しやすくするのは可能。共和政時代の古代ローマで行われていたのが、それだね。古代ローマの男性市民には従軍の義務があり、彼らはそれを名誉としていた。名誉ゆえ非戦闘員への暴力や略奪等のネガティブを一切せず、敵に致命傷を負わされても敵を恨まず、穏やかな心で安らかに逝く。このような高潔な精神で日々を生き、そして戦争という極限状態でも誇り高く息を引き取れば善性を来世に引き継ぎやすくなり、地球卒業の助けにすることが出来たのである。
古代ローマ人のこの生き方は、現代日本にも応用可能だ。
『金が全ての中心にある社会で暮らしつつも金を全ての中心とせず、他者より少しでも上に立とうとする社会で暮らしつつも他者と対等に接し、心と体の清潔さを保ち地球の汚染や破壊を極力せず、高潔かつ穏やかに死を迎える』
がそれだね。戦争という極限状態がないぶん現代日本の方が難しく感じるがそれは置いて、この星の戦士は古代ローマの従軍にとても似ていると言えた。松果体を介して体内に流入する輝力を自在に使えて初めて戦士になれるという特徴が、高潔さや臨終における穏やかさに役立つからだ。実際、戦死者の95%がこの星を卒業して行くというのだから凄い。といっても俺に限っては、前世のしょうもない未練を解消すべくこの星に生まれてきたような気が、しきりとしているんだけどさ。
俺のことなど宇宙の彼方に蹴飛ばし、本命の功さんに移ろう。
功さんは、戦争経験者だ。優れた戦士であり人格も申し分なく、この星を卒業しようと思えば卒業できる人だと俺は考えている。よって次にお会いしたとき尋ねて卒業を望むなら、それに役立つ知識を伝えるつもりだ。だが十中八九、いや99%以上、功さんは卒業を望まない。来世もこの星で戦士になり、歴代最強の闇族と戦い、人類滅亡を阻止することを功さんは望むに違いないのだ。ただの勘だけど天風一族には、今生の記憶を来世に引き継ぎやすくする技法が伝わっている気がする。しかし組織の一員になる道と戦士になる道がとんでもなく離れているため、俺が教わったような具体的な方法や体形的な知識は期待できないと思われる。よって功さんが卒業を望まず、かつ俺のような青二才に講義されることを受け入れるなら、俺は全力でそれに応じよう。毎晩の夢を利用すれば、かなりの量を伝えられるはずだ。とはいえ量が多ければ良いなんてこともなく、転生に役立つ知識の厳選が必要になってくる。その厳選を本気中の本気で行っているうち、
「ヤバイ眠い、もう駄目だ・・・・」
俺は今日も今日とて、早寝してしまったのだった。
――――――
三日後の、12月10日。
毎月10日は、ひ孫弟子の講義のある日。また講義の日はありがたいことに、母さんが授業をしてくれる日でもある。神は自らを助ける者を助けるのがこの宇宙の法則であり、そして母さんは母神様なのだから、功さんの件にもそれは適用されるはず。転生に役立つ知識の厳選をこの4日間続けてそれなりの成果が出てから母さんの授業に臨めることへ、俺はささやかな誇りを感じていた。
幸い厳選は、及第点をもらうことが出来た。もう少し詳しく言うと、内容は及第点に留まったが、功さんの件に関する心構えはなぜか絶賛してもらえた。この星の慣例では来月1日で14歳になるにもかかわらず母さんに褒められると、俺の胸中は4歳児と大差なくなってしまう。さすがにマズイと思い表に出ぬよう努めるも、それも目ざとく見つけて褒めちぎるのだから堪ったものではなかった。よって気を逸らすべく別のことを考え始め、ピンと来て「なぜ母さんはこうも喜んだのか?」を題材に選んだところ、間を置かず再度ピンと来た。功さんに直接働きかけられない母さんの代わりを俺が買って出たことを、母さんは喜んだのではないかな、と。
宇宙の仕組みの全貌を見通すなど、俺には到底不可能。しかし功さんの夢枕に母さんが直接立てない理由なら幾つか想像でき、またある条件を満たせばそれが可能になることもギリギリ想像できた。冬休み初日にお見舞いしたさい功さんが来世もこの星に生まれることを望み、夢への俺の訪問を受け入れ、そして講義が上手くいったら、今際の際に母さんも夢への訪問が叶う。母さんに会ったことは功さんを大幅に成長させ、来世の環境の選択自由度も大幅に向上させる。おそらくとしか言えないけど、多分こんな感じなのではなかろうか。
といったことが、間を置かずピンと来たんだね。それは当たっていたらしく、
「キャ―ッ、翔――ッ!」
なんと数年ぶりに、母さんに抱き寄せられてしまったのである。でも俺の頭が母さんの肩に乗るよう工夫し、思春期男子特有のアレコレへの配慮を十全にしてくれたから、正直言うと嬉しさしかなかった。それでも嫌がっている演技を多少なりともする必要がホントはあるのだろうけど、功さんへの俺の働きかけを母さんがこうも喜んでくれたのだから、今回は素直になるかな。
のように、ささやかな抵抗として最後に「かな」を付けるに留め、功さんへの働きかけを成功させることを、俺は固く誓ったのだった。
――――――
この世は往々にして、計画どおりにいかないもの。
功さんへのお見舞いも舞ちゃんの合宿参加も、計画とは異なる展開をした。時系列では舞ちゃんが先だから、それに倣うとしよう。
計画では舞ちゃんを合宿に誘うのは、勇と鈴姉さんと小鳥姉さんになっていた。まずは勇が定期メールで合宿の話題を振り、鈴姉さんに電話を掛けるよう促し、隣に控えていた小鳥姉さんも電話に加わって舞ちゃんを合宿に誘う。こんな計画を俺達は立てていたのだ。が、そんな姑息な手は舞ちゃんに通用しなかった。定期メールで勇が合宿の話題を振り、鈴姉さんに電話を掛けるよう促したとたん舞ちゃんは怒気丸出しで、
「勇君と翔君と私の三人で3D電話をできる?」
と勇に問うたのだ。文字をやり取りするメールにもかかわらず怒気丸出しと正確に知覚した勇は、やはり舞ちゃんとお似合いなのだと思う。勇はすぐ俺にメールし個室勉強室を出て、隣接する個室勉強室から出てきた俺と合流し勇の訓練場へ行き、体育館の生活スペースで舞ちゃんに3D電話をかけた。俺と舞ちゃんはメールのやり取りこそ復活していないものの顔を合わせればいつも普通に会話し、したがって緊張とは無縁だったのだけど舞ちゃんの3Dが現れたとたん、背筋が問答無用で伸びた。それは隣の勇も変わらず、二人でカチンコチンになって舞ちゃんの言葉を待っていた。そんな俺達を舞ちゃんは怒気丸出しの眼差しで交互に見つめていたが、怒気は次第に薄れ悲しみが瞳に芽生え始め、そして全てが入れ替わり悲しみ一色となった瞳を、舞ちゃんは俺に固定した。
「私達、もう友達じゃないの?」




