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 勇の入院もあり、11月1日の合同訓練は危ぶまれた。しかし「俺のせいで中止になったら心労でまた入院しそう」という半ば本気の勇の訴えを尊重し、開催に踏み切った。蓋を開けてみたらその決定は百点満点で、舞ちゃんに会った勇は完全復活を通り越し、合宿前より元気になっていた。いやマジホント、恋って偉大だよな!

 そんな勇に、正確には自分をこうも好きでいてくれる勇に、舞ちゃんも心境を変化させたらしい。勇と過ごす時間に友人としての楽しさを覚えるだけでなく、年頃娘としての楽しさも舞ちゃんは覚えているように感じられたのである。オーラを見れば一目瞭然だけど女の子の内なる想いを盗み見るような気がして、俺にはどうしても無理だった。とはいえ二人の醸し出す空気から、付き合うようになるのは時間の問題って確信できたし、全然いいんだけどさ。

 11月1日の合同訓練にも銀騎士隊は参加した。というか正直言うと、想像を遥かに超える人数が参加して内心困ってしまった。それは若林さんと小松さんも同じだったらしく、「今回のような90人近い参加はこれきりにし、次回以降は30人ほどになるよう調整します」との言葉をもらった。若林さん、小松さん、お手数かけます。

 そうそう11月1日の合同訓練には、朝倉さんも参加した。「職場から見える場所で訓練してて、我慢できるわけ無いじゃないですか!」と涙ながらに訴える朝倉さんは、有休を取って訓練に参加してくれたという。たいそう申し訳なかったけど、白騎士隊の事実上の副隊長と銀騎士隊の幹部達が交流できたことを双方がとても喜んでいたから、これで良かったのだろう。ただし毎月有休を取るのは、禁止したけどね。

 銀騎士隊の発足および訓練に満足してもらったことが功を奏し、連盟を二つに割る動きは霧散したそうだ。青海さんによるとかつての急進派は、工芸スキルを習得したら作ってみたい宝石について語る会、的なグループになったという。明るい未来に目を向けるのは大賛成なので、今後もワイワイやってもらいたいと俺は考えている。

 翌月以降の合同訓練は、若林さんと小松さんと青海さんが持ち回り制で30数人を連れて参加するという形に収まった。まあ確かに、毎月はキツイよね。朝倉さんは有休が毎年残っていたことと奥様との話し合いが付いたことから、合同訓練に欠かさず参加している。夫婦と仕事に支障が出ないなら、俺がとやかく言っちゃダメだよな。


 こんな感じに合同訓練は順調だったけど、冬休みの合宿は波乱があった。波乱の理由は二つあり、一つは小鳥姉さんが舞ちゃんも参加させたいと言って聞かなかった事だった。といっても小鳥姉さんのことだから舞ちゃんの意思を最優先し、無理強い等を決してしなかったからその点は問題なかったのだけど、「誰が舞ちゃんを合宿に誘うか」は大変だった。普通に考えたら俺でも、俺が誘うと舞ちゃんを意固地にさせてしまうかもしれない。意固地にならないのは勇でも、勇は深森夫妻と霧島夫妻との縁が薄い。鈴姉さんなら強力な縁があっても、「合宿当事者の翔の頭越しに声を掛けるのは筋が通らない」と頑なに拒否した。そうまさしく鈴姉さんの主張どおり、これは合宿当事者の俺が声を掛けるべき事柄だったのである。それは解っていてもヘタレ者の俺は尻込みし、よって勇に助けを求めたところ、「迷惑じゃないなら俺も参加しようか?」と言ってもらえた。俺は勇に泣いて感謝し、深森夫妻と霧島夫妻も交えて3D電話で話し合った結果、宿泊場所に関する案が二つ出た。


 1、深森家に鈴姉さんと小鳥姉さんと舞ちゃんの女性組が宿泊し、霧島家に達也さんと雄哉さんと俺と勇の男性組が宿泊する。

 2、深森家に俺と勇が宿泊し、霧島家に舞ちゃんが宿泊する。


 という二つの案が出たんだね。どちらを採用しても小鳥姉さんは舞ちゃんと一つ屋根の下で暮らせるので上機嫌になり、その上機嫌振りを勇が不思議がったので背景を説明しているうち、アホな俺は養子の件をうっかり洩らしてしまった。舞ちゃんを養子にしたいと、一時期小鳥姉さんが真剣に考えていたことを話してしまったのだ。そのとたん勇は正座に座り直し、舞ちゃんを大切に想ってくれていることへの謝意を小鳥姉さんに述べた。男の誠実さの見本の如き勇の謝意が、おそらく達也さんと重なったのだと思う。小鳥姉さんは勇に、舞ちゃんとの仲を取り持つことを約束した。その上で「勇君は二つの案のどちらを推すかな?」と、敏腕社長の眼光で小鳥姉さんは問うた。小鳥姉さんの数奇な前世を知らずとも感じるものがあったのだろう、勇は胸を張り背筋を伸ばし、自分の意見を堂々と述べた。


「舞さんの心労は、鈴音さんと一緒に鈴音さんの家に泊まる方が少ないと思います。小鳥さんも加わった女性だけなのも、心地よさに一役買うでしょう。しかし雄哉さんを隣家に泊まらせてしまうことと、霧島夫妻が夫婦で過ごす貴重な時間を奪ってしまうことは、心苦しく感じるはずです。よって舞さんが『迷惑をおかけしない』ことを優先した場合、選ぶのは案2になると俺は予想しますが、未来の舞さんが合宿を振り返ったとき、より良い思い出になるのは案1なのではないでしょうか。ただしそれは漠然とした勘にすぎず、具体的な説明ができないことをお詫びします」


 舞ちゃんの気持ちを主軸にしつつも、漠然とした勘も疎かにせず考察に加える勇の人柄と頭脳は、敏腕社長の眼鏡に適ったらしい。小鳥姉さんは大きく頷いたのち、眼光を変えぬまま達也さんに顔を向けた。仮に顔を向けられたのが俺だったら品定めされる緊張に耐えられなかったと思うが、そこは長年連れ添った達也さん。夫としての最適解の見本を、達也さんは俺と勇に示してくれた。


「まずは案2について。雄哉の娘は赤子の頃から自分の娘のように可愛がっていたから問題なかったが、舞さんのような年頃の娘が家にいたら、俺は緊張を免れないはず。そしてそういう心の動きは表に出さずとも、相手に伝わってしまうものだ。続いて、案1を。ほんの数時間とはいえ舞さんと行動を共にした俺は、舞さんの優れた人柄を知っている。鈴音さんと舞さんになら、妊婦の妻を安心して任せられるな」

「達也に続いて俺も意見を述べるよ。舞さんの人柄なら、俺が自分の家に泊まれず隣家へ行くことを、心苦しく感じると俺も思う。あの子ならそうだろう、とても良い子だからね。では俺の気持ちはというと、自分の家を離れても迷惑なんてちっとも思わないというのが本音。男四人で合宿するのも、寮生活に戻ったみたいで楽しみだ。逆に俺一人が女子組に混ざって家に留まるとしたら、想像しただけで胃に穴が開きそうだよ」


 想像しただけで胃に穴が開きそう発言に「だよな!」「「ですよね!」」の賛同の声がすぐ掛かり、男四人で爆笑した。あまりの爆笑振りに本当は小言を言いたかったかもしれないけど鈴姉さんの「あなた、ありがとう」が決め手となり、案1を採用することになった。その決定をもって今回はお開きとなり、舞ちゃんを合宿に誘う役を誰にするかは次回の議題にする予定だったのだけど、そうはならなかった。翌日の12月7日の正午、翼さんの緊急メールを俺が受け取ったからだ。そこには、


『祖父が余命一ヵ月と宣告されました』


 と書かれていたのである。

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