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戦士を目指す生徒は「何倍ゴブリンに何連勝する」系の訓練をすることが多い。よってそれに対応し、寮の食堂に足を運べば午後1時まで作り立ての温かいお昼ご飯を食べられるようになっている。俺は訓練場でお弁当を食べるのが常だけど、異なる習慣の生徒も大勢いるんだね。言うまでもなく、要予約だけどさ。
かくして午後12時55分という、余裕を少し持たせて予約を入れていた俺は、4分超過した59分に温かな昼食を滑り込みで頂くことが出来た。合宿を終えた翌日だからだろう、普段より蛋白質の多い昼食を体がとても喜んでいる。体への感謝のためにも、次回の合宿も翌日は休暇にして特別製かつ作り立ての昼食を頂くことに、俺は決めた。
その日の夕食後、翼さんに結局泣かれてしまった。テレパシーの内容に質問あるかなと思いメールしたら『黙って帰るなんて酷いです』と責められ、反論できなかったのでメールをやり取りしているうち、文字だけでは追いつかなくなっていった。よって訓練場に移動し3D電話に変更したのだけど、俺の3Dを目にするや昼の悲しみが蘇ったのか、さめざめと泣かれてしまったのである。訓練を休み疲れていないし勉強も終わらせていたので気のすむまで電話に付き合ったところ、やっと気が晴れたらしく翼さんは泣き止んでくれた。困ったのは事実でも、嫌な気はしない。この手のタイプは周囲にいなかったこともあり、楽しいと少し思ったほどだったのだ。前世は小さな弟や妹たちの面倒を四六時中見ていて、なのに嫌な気がまったくしなかったことから、泣きたい時は素直に泣いてくれる女性の方が俺は好きなのかもしれない。よくよく考えると美雪もそうだし、母さんもそうだからね。舞ちゃんは俺の前で涙を見せまいといつも必死になっていたけど、おそらくそれこそが、最も大きな行き違いだったと今は考えている。
舞ちゃんとのメールのやり取りは、あい変わらずない。でも互いの人生が交差することはもう無いのだから、このまま消滅が一番良いのだろう。俺とメールするくらいなら勇とメールした方が、ずっと建設的だしさ。
入院二日目となる今夜も、勇の夢にお邪魔した。昨夜の訪問から一日経っているのに勇の体にめぼしい変化はなく、疲労の甚大さを改めて知らされた気がした。よって長居すべきではないのだけど、親友との語らいはやはり楽しいもの。20歳の試験における太ももの重要性等々、伝えておかねばならぬことも複数あったため、精神的にも内容的にも暇乞いの難しい訪問だった。
親友との語らいを長引かせた要因の一つに、足跡の深さが半分になったことへの考察がある。だがこれについて勇は全く覚えておらず、試しに俺の本体に訊いてみたところ、『1千超えの仲間の想いが一時的な奇跡をもたらした』と返ってきた。それを伝えたら勇は落ち込むより「皆に奇跡をもらったのか!」と大喜びしていたから、それでいいかと俺も考えている。
話を戻そう。
勇を早く退院させるには、体を輝力で満たす時間を少しでも長く設けなければならない。勇の意識が戻れば自分の意思で好きなだけできても今は眠り続けているのだから、俺の訪問時に促すしかないのだ。「あれをすると寝ちゃって、もったいないんだよな」「体にとってはそれこそ最高だ、さあ始めるぞ」「そりゃ必要だって解ってるからするけど、明日も来てくれよな。暇で仕方ないんだよ」「暇で仕方ないって、お前ずっと寝続けてるじゃん。でも安心しろ、明日の夜もまた来るから」「ゼッテーだぞ!」「おう、ゼッテーだ」 なんて会話を経て始めた輝力満たしは昨夜の倍ほど続き、内臓の回復に明らかな効果が出た。ひょっとすると今ごろ医療AⅠは、ぶったまげているかもな。
勇の夢への訪問はその後も続いた。といっても意識不明が続いたのではなく、勇は入院四日目に目覚めた。四日目に目覚めるのは予想されていたそうだが、内臓の回復率が計算より30%高かったらしく医者に驚かれたという。おそらく二日目の輝力満たしで回復率が10%増加し、三日目の輝力満たしで20%増加して、合計30%増になったのではないかと俺達は推測している。
目覚めてからはそれこそ暇で仕方なく、輝力満たしばかりしていたらしい。それが実り二週間と予想されていた入院を9日に縮められたのだから、大成功と言えるだろう。これには医者も驚き精密検査したい云々を呟いていたけど、母さんがマザーコンピューターとして裏から手をまわしてくれた。母さん、ありがとう。
退院して寮に帰って来ても、それは単に退院の許可が出ただけ。勇が全開訓練を許されたのは、帰寮5日目だった。それまでの4日間と、意識不明から目覚めて退院するまでの6日間の計10日間、勇と舞ちゃんはメールを一日に何通もやり取りして親交を深めたという。入院中は夢訪問を欠かさず続けていたので舞ちゃん関連の話を毎回聞かされたけど、二人の仲が良いのは俺にとっても嬉しいことなので俺はニコニコしていた。夢訪問中なので俺が心底ニコニコしているのを勇は我がことのように感じ取り、しかしそれが油断に繋がりつい話し過ぎて、「おい勇それは秘密にしておけ」「ヤバ、話しちゃったのを秘密にしてて」的な会話を幾度もするハメになった。そのお陰で俺らの友情が深まったのも、事実なんだけどさ。
入院中、俺らの友情が深まる場面はもう一つあった。それは勇の問いから始まった、この会話だった。
「なあ翔、翔がこうして毎晩夢に来てくれているのを、舞さんに話していいか?」「そのことなのだが勇、落ち着いて聞いてくれ。鈴姉さんの孤児院時代、疲労で倒れたことが舞ちゃんにはあってな。昏睡から目覚めた舞ちゃんの下を俺は訪ね、こんなふうに肉体を離れた状態で会話したことが一度だけあるんだよ」「そうか、そんな事があったんだな。それにしても、今その話を聴けて良かったよ。今は互いの心が相手に筒抜けだから、舞さんへの翔の想いが俺には解るし、同じように舞さんへの俺の想いも翔は解っている。誤解や勘繰りや嫉妬がまるっきりなく、俺らの友情が深まっただけなんて、俺らって幸せだよな」「ホント、幸せだな」
その後、今回の件を舞ちゃんにいつ切り出すかを二人で話し合った。いや話し合ったと言うかそれは途中からただの説得になり、照れと恥ずかしさに悶えまくる勇を説き伏せどうにか了承させたのは、「二人が正式に付き合うようになったら話す」という事だった。説得した真の理由は伏せたけど、意識投射中だからか予感が強く働いたのである。二人が正式に付き合うようになってから今回の件を話すのが、二人の意識投射に最も役立つのだと。




