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それ以降は美雪も加わり、三人で話し合った。その過程でプレゼンの必要性に気づき、ダメもとでプレゼンの原稿を作成した。さっきからダメもとばかりだが挑戦こそ尊いと開き直り、輝力を圧縮し時間を1.5倍にして文字を綴ってゆく。そして粗削りながら完成した原稿を携え、霧島教官の下へ走っていった。
原稿を読んだ霧島教官は、思いがけずプレゼンを許可してくれた。深い憂慮を湛えた霧島教官の顔に重なり、ふとある光景が脳裏に映った。それは太ももの激痛に歯を食いしばりつつ走る、勇の様子だった。南の地平線に素早く向けた俺の目が、走る勇の姿を捉える。その瞬間、相反する二つの思いが同時に脳を駆けた。一つは「明らかな過剰運動だ、地球の医学なら命を落としているぞ、今すぐ走るのを止めろ勇!」だった。もう一つはそれと正反対の思いで、また脳内を駆けただけなのに、
「勇! あと少しだ負けるな!!」
俺はそう叫んでいた。意識する間もなく、あらん限りの大声でそう叫んでいたのだ。それを聞いた生徒達が、俺の周囲に続々と集まってくる。訓練場と合宿所を結ぶここは傾斜が若干あり、訓練場より少し高いここなら勇の姿を捉えられる奴が5人に1人の割合でいるようだった。そいつらが「おいあれ・・・」「マズイんじゃ・・・」と口々に呟く。それを聞いた奴らに動揺と、己の不甲斐なさへの怒りが広がっていった。己の弱さに怒れるなら成し遂げられるかもしれない、と判断し俺は声を張り上げた。
「目に輝力を集め、松果体と対を成すよう輝かせ、『視力が急に良くなった自分』をありありと思い描け。輝力には、自分を新しく創りかえる創造力がある。それを、使うんだ!」
最初の奴が「見えるぞ!」と喜色に染まった声を上げるまで3秒かからなかった。人とは面白いもので一人が成し遂げると、続く奴が雨後の筍のように出てくる。
「見える!」「俺も見える!」「俺もだ!」「なぜだ! 理屈なんて知らないはずなのに、なぜ何となく理屈が解るんだ!」「俺らにとって輝力は、馴染み深いからじゃね?」「そうかもな。3歳からずっと一緒に育ってきた、仲間のようなものだからな」「よし決めた。俺は輝力をマブダチ認定する」「いいなそれ!」「俺もそうする!」「俺も!」「おいみんな、マブダチの輝力に『あいつの体調を見せてくれ』って頼んでみろ」「・・・な!」「ズタボロじゃねぇか!」「なぜだ、なぜあの体調で走れるんだ?!」「それはアイツの心が、負けていないからだ」「戦争で最も大切なのは、不屈の心か・・・」「それをアイツは、身をもって俺らに示してくれているんだな」「勇、負けるな!」「「勇、負けるな!!」」「「「「勇、負けるな―――ッッ!!!」」」」
千人近い野郎共が声を揃えたそれは、勇に届いたようだ。100倍に圧縮された輝力によって時間が10倍速で流れていようと、心の耳なら仲間達の声を捉えられる。なぜなら心は三次元物質肉体を越えた、四次元の存在だからだ。
その心を振り絞り、勇がラストスパートに入る。いや、本当はラストスパートではない。勇の体が動く時間は、あとほんの僅かしかない。体は、限界スレスレなのだ。それを恐れて速度を上げず、そのせいで時間を超過しゴール寸前で体が動かなくなるより、激痛を無視して1秒でも早くゴールテープを切ることを勇は選んだ。心を燃料として燃やし、それでも足らぬなら命でもなんでも燃やしてやると覚悟を決め、勇が走る。走る勇を、俺らも声の限りに応援した。声よ届け、届いて勇の力になれと一心に願い、全員が全身全霊で応援した。それが、奇跡を呼んだ。ああそうか、なるほどそうだったのか、それが身空スキルの性質か!
視力20の俺の目が、はっきり捉えた。
勇の足跡の深さが、いきなり半分になったことを。
そしてそのまま、
「「「「勇―――ッッッ!!!」」」」
勇がゴールテープを切った。切ると同時に気を失い、勇が転倒する。気を失い転倒した勇を、10枚のゴム網が受け止める。そうなることを予期していた医療ロボット達が、家事ロボット達と協力し設置していたのだ。勇の体が過度の負担を受けることなく止まる。普通なら安堵の息をつく場面なのだろうが、誰一人そうしなかった。勇の顔が土色になり、浅く短い呼吸しかしていなかったからだ。思わず駆け寄りそうになった俺らを、教官達と家事ロボット達が体を張って止める。俺らが見守るなか、医療ロボットが勇に酸素マスクをして、担架に乗せ、軍の救急飛行車に運んでいく。俺は、無意識に叫んでいた。
「不屈の心を身をもって示してくれた、偉大な戦友に敬礼!」
1千を超える右腕が一斉に敬礼した。
勇を収容した救急飛行車が飛び立ち、その姿が超山脈の向こうに消えるまで、俺達は敬礼し続けたのだった。
その後、プレゼンの時間に急遽なった。食堂に集まった998人の野郎共が、一人も漏れず覚悟の据わった漢の顔になっている。そんな漢達へ、俺は語り掛けた。
「20歳の戦士試験の二次試験が、本物のゴブリンとの戦闘だと俺達は既に教えられています。さあ、想像してみてください。闇オーラの知覚力を十倍にする機械を装備した俺達は、ゴブリンが繰り出した本物の大剣を、ぶっつけ本番を跳ねのけ紙一重で躱せるでしょうか?」
紙一重で躱すなど無理、との正解にみんな一瞬で辿り着いたのは、真の覚悟を胸に抱いているからなのだろう。それをもたらした勇に敬意を捧げつつ、俺は続きを話した。
「迫りくる本物の大剣が腹を裂いたら、内臓を巻き散らして死ぬことになる。そんな状況に生れて初めて放り込まれたら、紙一重など到底無理。大剣と自分の間合いをいつも以上に取り、かついつも以上に素早い身のこなしで戦闘を続けることになるでしょう。それを基にシミュレーションした結果、判明した事があります。それは訓練より、重心を下げるということ。そう俺達は高確率で戦士試験の二次試験を、腰をいつも以上に落として挑むのです」
空中にCGの戦士が映し出される。俺らが体で覚えている腰をほぼ落とさない姿勢で最初は戦っていたが、より素早くより間合いを取って戦おうとするや、戦士は腰をストンと落とした。重心を下げた方が素早く幅広く動けることを、みんな瞬時に悟ったようだった。
「本物のゴブリンとの戦闘は、訓練の何倍も疲れるはずです。たとえ疲れたとしても音を上げない体を俺達は育てたつもりでも、それは重心の高い訓練での話。重心の低い二次試験では、普段あまり使っていない筋肉が最初に音を上げることになる。その筋肉は、太ももの筋肉。走る勇の体調を見て、みんな知っていると思います。勇が最も痛めていたのは、太ももなのだと。そして勇と同じく俺達も、太ももを普段あまり使っていないのだと」




