表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/674

18

 既成の分隊に冴子ちゃんと2人で加入する訓練は、驚くほどすんなり合格した。その最大の功労者は、分隊長で間違いないと思う。分隊長は、自分より優れた新加入者の扱いを、熟知していたのである。自分より優れた新加入者は言うまでもなく、冴子ちゃんだね。

 訓練開始直後に行われた、2人の加入者の実力を知るためのテストで、冴子ちゃんの戦闘力が極めて高いことを知った分隊長は、その次のゴブリン戦もテストにした。連携の(かなめ)に冴子ちゃんを配置し、連携力を計ったのである。冴子ちゃんの連携力が極めて高いのは事実でも、それを素直に認められない上位者がいるのも、また事実。自分より優れた下位者を、自分の地位を脅かす敵と認識し、実力を発揮させない環境に押し込め飼い殺しにする上位者が、地球にはゴマンといた。アトランティス星の軍隊は地球の軍隊より数段優れていても、そのような分隊長が皆無とは限らない。実際には皆無だとしても、『そのような分隊長の下で苦労する訓練』なら、あると考えるのが正解だろう。その証拠に俺も3日前、連携の重要さを微塵も知らない分隊長に苦労する訓練を受けたしな。

 という次第で今日の分隊長が冴子ちゃんの連携力を正当に評価するか否かを、しっかり見極めねばならないと俺は気を引き締めていた。と同時に、冴子ちゃんが不当に評価された場合の自分の振る舞いも脳内でシミュレーションしていた。仮にそうなったら、それは3日前の訓練と同種の状況という事になるので、俺が対応を誤れば不合格になる。忘れそうになるが今日で八日目になるこの訓練は、俺のテストだからさ。

 かくして臨んだ、10体ゴブリンとの初戦。冴子ちゃんは連携の要として最高の立ち回りをして、分隊を勝利に導いた。さあ次は分隊長の見極めだ、と気を引き締めた俺は、肩透かしをくらった。分隊長は冴子ちゃんを、手放しで褒めたのである。想定していた複数の未来の中で俺の負担が最も少ない未来に、どうやらなったらしい。俺は安堵し、息を大きく吐いた。

 のだけど、それは大間違いだった。分隊長が続いて、想定外の提案を冴子ちゃんにしたのだ。


「この分隊は、最強ゴブリンが率いる12体のゴブリン戦に、まだ勝てていない。しかし君の加入により、勝率が飛躍的に高まったと俺は感じる。君の忌憚のない意見を、聞かせてほしい」


 正直、頭を抱える寸前だった。理由は二つあり、一つはこの分隊も(くだん)のゴブリン戦を制していると、勝手に決めつけていた事。そしてもう一つは、勝手に決めつけて隊員達の戦闘を注視しなかったせいで、この分隊の実力を把握していない事だった。かくなる理由により俺は頭を抱えそうになるも、心の中で自分を叱りつけてそれをどうにか回避していた。しかし冴子ちゃんがいとも容易く、


「このメンバーなら勝利を十分狙えるわ。そのための連携を高めるべく次の11体戦では○○さんと△△さんを隣り合わせてここに配置し、□□さんと◎◎さんを・・・・」


 と答える様子を目にするや、叱りつける必要はなくなった。冴子ちゃんはたった一度の自己紹介で初対面の8人の名前を記憶し、かつたった一度の戦闘で8人の戦闘力と連携力を把握して、最強ゴブリンが率いる12体戦に勝利する方法をすらすら説明してみせたからだ。その冴子ちゃんの優秀さが嬉しくて嬉しくて堪らなかった俺は、頭を抱える云々を綺麗さっぱり忘れられた。俺は全身を耳にして冴子ちゃんの説明を聴き、脳をフル回転させて説明を理解し、そしてその後の話し合いでは遠慮や恥ずかしさを宇宙の彼方に蹴飛ばして積極的に意見を述べた。それが気に入られたのか分隊長は俺とペアを作り、そのペアで連携の要を担うようにして、全体指揮を冴子ちゃんに任せた。勝利のために全体指揮を新参者に任せるという、同性でも惚れてしまいそうな漢気を魅せたヤツを、嫌いになるワケがない。俺らは意気投合し、それが他のメンバーにも広まって分隊の士気は天井知らずになり、そうして迎えたゴブリンとの11体戦。二段強化したゴブリンリーダーを俺らのペアが瞬殺したことなんて些事になるほどの絶妙な連携が、戦闘の至る所で見られた。結果は、もちろん完勝。自信を付けた皆は個々の連携と、それらを結び付けた全体連携を再度確認したのち、最強ゴブリン率いる12体戦に挑んだ。危ない場面が幾度かあるも、全体連携で(ことごと)く凌ぎ、最強ゴブリンのペアだけが残る2対10の戦いに持ち込むことに成功する。ここで冴子ちゃんが、声を張り上げた。


「焦りは厳禁、油断も厳禁! 2対10でやっと半分と思って!」


 焦りは厳禁との言葉に、俺と分隊長と男女の伍長がハッとして、表情を改めた。勝ったも同然の現状を勝利確定に早くしたかった俺ら4人は、指摘どおり焦っていたのだ。

 油断も厳禁との言葉に、俺ら4人と冴子ちゃん以外の5人がハッとして、表情を改めた。勝ったも同然なのだから少しくらい気を抜いてもいいと考えていた5人は、指摘どおり油断していたのである。

 といったように、焦り組と油断組に分かれてしまっていた9人を、冴子ちゃんは一瞬で一つにまとめ直してくれた。冴子ちゃんの優秀さを改めて感じた9人は、やっと半分という言葉に従うことを決め、それを全体連携に落とし込んでゆく。仕切り直しの作業を始めた10人が、作業を完成させ攻勢に転じた数瞬後。弱い方のゴブリンを挟み撃ちした男女の伍長が斬撃を同時に放った。前方の斬撃は回避されるも、後方の斬撃がゴブリンの急所を斬り裂き、1対10が完成する。その数秒後、


 ザンッッ


 分隊長がゴブリンリーダーに会心の一撃を放った。それはゴブリンに致命傷を穿つも10人は冷静に連携攻撃を重ねていき、ゴブリンリーダーが遂に崩れ落ちる。それでも油断せず戦闘態勢を解かなかった10人へ、


「分隊の勝利!」


 喜び溢れる美雪の声が届いた。この時点で俺達はこれ以上ないほどはしゃいでいたのに、美雪が続いて試験の合格も告げたものだからさあ大変。完全にタガの外れた俺達は数分後、


「気持ちは解るけど騒ぎ疲れて訓練不可能になったら、あなた達を叱らなきゃいけなくなっちゃうじゃないの!」


 と、全員もれなく叱られるハメになってしまった。もっとも「騒ぎ疲れて訓練不可能」の箇所は、いわゆる言葉の綾なんだけどさ。


 ――――――


 3連戦後の通常休憩に、騒ぎ疲れを癒す休憩が追加された特別休憩には、お菓子とジュースが付いていた。「水分とカロリー摂取が必要と思ったの」などと美雪は説明していたが、それを信じる奴などいない。お礼を述べた俺達は美雪の願いを叶え、楽しい休憩を満喫した。白状すると俺1人だけは、悲しみを胸の奥深くに閉じ込めていたんだけどね。

 休憩が終わり、俺と冴子ちゃんを除く8人が訓練場を去っていった。俺は笑顔を頑張って維持し、隣にいる冴子ちゃんへ体を向ける。そして感謝と再会の言葉を元気よく言い、右手を差し出した。冴子ちゃんは苦笑し、差し出した手を握ってくれた。ここまでは想定内だったが、それ以降は違った。心配顔になった冴子ちゃんが俺の手を両手で包み、


「アンタひょっとして、これが今生の別れになるって思っていたりする?」


 そう問いかけてきたのである。図星でもそれを肯定すると、冴子ちゃんは俺より比較にならぬほど頭が良いから、誤魔化そうにも誤魔化し切れなくなるかもしれない。本当は既に戦死していることを、馬鹿な俺は漏らしてしまうかもしれない。そんなの絶対避けねばならないと思った俺は、咄嗟に嘘を付いた。


「今生とは思ってないけど、少なくとも暫くは会えないよね。これまでとはまったく異なる訓練が、4月から始まるみたいだし」


 俺を見つめている冴子ちゃんの瞳に、怒りの色が微かに加わった。冷や汗が一筋、背中を伝ってゆく。焦った俺は、馬鹿も甚だしい暴露をしてしまった。


「昨日の夕飯は男子5人で食べて、別れを済ませているんだ。冴子ちゃんとは、さっきの休憩のお菓子とジュースがそれに当たるのかなって、思ったんだよ」

「そうなんだ。美雪のことだから、豪華な夕飯を用意したのでしょうね」

「うん、とっても豪華で美味しかったよ」

「ふ~ん、それに引き換え私との別れは、お菓子とジュースで済まされちゃったんだ」

「え? わっ、うわわっ、ごめんなさい~~!!」


 体を直角に折って謝るも、仁王立ちする冴子ちゃんの怒りの表情は消えない。こりゃもう土下座するしかない、と地面に身を投げ出そうとした俺の後頭部に、鈴を転がすような笑い声が降り注いだ。腰を直角に折ったまま、顔だけ恐る恐る上げてみる。すると目の前に、春の日差しを浴びて微笑む妖精姫がいた。もちろんそれは比喩だが、前世と合わせば精神年齢60歳になる俺を十倍しても足りない悠久の超常精神を感じたのも、まぎれもない事実だったのである。しかもそれに、冴え冴えとした印象の美少女が浮かべる柔らかな花の笑みというギャップが加わったとくれば、妖精姫という神聖な存在を連想して然るべきと言えよう。かくして土下座寸前だったこともあり、土下座系の拝礼を無意識にしてしまいそうになったが、


「これでは話も出来ないわ。ほら普通にして」


 妖精姫がそれを止めた。俺の肩に手を優しく添えて上体を起こさせた超常的な美少女へ、本物の信仰心が芽生えそうになる。それもいいかな、なんてちょっぴりワクワク考えていた俺を、否が応でも現実に引き戻す言葉を冴子ちゃんは放った。


「実は私、自分が戦死していてこの世にいないことを、知ってるんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ