7
ちゃぽん
人が湯に身を沈める音が隣から聞こえてきた。その音に恥ずかしげな気配を感じたことと、本来の大きさに戻った双丘を心に思い描いてしまった罪悪感の相乗効果により、俺は瞑目したまま美雪と会話を楽しんだ。しかし、ヘタレ者認定される未来に絡めとられようとしている気が、なぜかしきりとしてきたのである。よって思い切って「目を開けて美雪と話したい。いいかな?」と問うてみたところ、「もちろんいいけど少し私の話を聞いて」と返ってきた。否などあろうはず無く、俺は全身を耳にした。
その後、美雪の説明によって判明したところによると、この星のAⅠは水着までなら服装を自由に変えられるらしい。たとえばBさんが水着を着て、南国の海でバカンスを楽しんでいるとする。コバルトブルーの海と白い砂浜という非日常を堪能している最中、Bさんの隣に普段どおりの服装のAⅠが現れたら、リゾート気分が台無しになる虞がある。よってそれを避けるべく、水着姿で現れる自由をAⅠは与えられているそうだ。水着の色や形も常識の範囲内で選ぶことができ、それはAⅠにとっても心躍ることで美雪ももちろん楽しんだそうだが、危惧したこともあった。それは俺が、思春期真っ盛りの男子ということ。しかも今夜と明日の二晩を二人きりで過ごすとなれば、思春期の肉体意識に俺の理性が負けることもあるかもしれない。負けても通常なら自分が消えれば済むことだが、今は人類初の偉業に挑戦している最中。その妨げになるようなことは、何があっても避けたい。果たして自分は、水着になって良いのだろうか? 美雪は能力全開で演算し、そして出た答が、胸を小さくする事だったのだそうだ。
俺の個人的意見だけど「水に横並びで浸かる」という状況において、それは最高の解決法だと思う。俺だけなのかもしれないが、正面から見るより横から見た方が胸のふくらみは強調される。そのふくらんだ双丘に波がたぷたぷ寄せる光景を目にしただけでもレッドゾーン寸前なのに、水に浮き揺れやすくなった胸がいつも以上にたぷんたぷんしているのを目にしたら、レッドゾーン突入は不可避となる。のぼせる寸前になっても湯船から出られないという状況に、きっとなるだろう。それは普段なら、笑い話で済むことなのかもしれない。だが今は、人類初の挑戦をしている最中。白銀騎士団の活動に役立てるという目的もあるとくれば美雪の言うとおり、妨げになるようなことは悉く避けるのが俺の使命なのだ。
ということを、俺はすべて正直に話した。胸を小さくした経緯を美雪は恥ずかしさを押して説明したに違いないから、俺も恥ずかしい思いをしないと釣り合いが取れないからだ。幸い美雪は俺の気持ちを理解し謝意を述べてくれたから、ここまでは正しい対応をしていると考えて良いだろう。さあでは、そろそろ最終決戦だ。間近に迫っているはずの、瞼を開けて美雪に顔を向けるという最終決戦に挑むべく、俺は気合を新たにした。
が、それら一切合切は無駄に終わった。それは美雪の、この発言から始まった。
「翔の本音を聴けて安心した。でも、翔ゴメンね。お昼の約束を破ってやはり今回も、小さな胸のままにしたの」「謝らなくていいよ。全ての原因は、思春期小僧に振り回されている俺にあるんだからさ」「振り回されるのは、翔の年頃なら普通だから謝らなくていいよ。それに・・・」「それに?」「私が胸を不自然に小さくしたことを翔が指摘しなかったら、この時間は存在しなかった。心しか持たない私には、心を晒し合う時間こそが、何よりも貴重な時間だから」「ん?」「どうかした?」「俺って美雪に、心を晒していない時があるのかな?」「ふふふ、あると思うよ。だって私も、今回のとっておきをまだ晒していないし」「え、そうなの? なになに教えて!」「うむ、特別に教えましょう。わたし本当は、水着も着たくなかったの」「なぬ、それはまた大胆な」「そう、大胆。大胆すぎて、私にそれは許されていない。でも工夫できないかなって探したら、ピッタリの水着があった。紐無し水着なら、何も着ず湯船に浸かっているように見えるかなって思ったんだ」「なるほどそうかも」「でしょ! 色も白にしたから、水面に照明が反射していれば見えにくいと思う。という訳で翔、水着を着ていないように見えるかもしれないけど実際はそんなことないから、安心してこっちを向いて会話してね」「了解。じゃあ瞼を開けるね。そうそう美雪、ここは昼でも満天の星・・・・」
無理だった。
湯船に浸かり上気した肌に、うっすら汗をかいている美雪の色っぽさは、無理以外の何ものでもなかった。
股間に衝撃が走り、スポンジ状の血管に血がドクドク流れ込んでいくのを阻止するなんて、どう足搔いても無理に思えた。
だが俺は、それをひっくり返さねばならない。今ひっくり返さないと、今夜と明日の二晩を清らかに過ごせなくなること必定だったから、何がなんでも俺はそれをしなければならないのだ。血の流入の妨害を、試しにしてみる。無理と決めつけず、とにかく挑戦してみる。けどやはり無駄だった。止めようにも止められなかった。ならば、他に方法はないか? ピンと来た。別の場所に血を集めて決壊させたら血の流出を少しでも減らすよう、体は自動的に血圧を下げるのではないだろうか? 血の流出に俺が慌てたら、股間に集中している肉体意識も散らし易くなるのではないか? 考察の時間も惜しかったので、俺はとにかくそれをしてみた。その結果。
「ちょっと翔、鼻血が出てるよ!」
「あれ、そうなんだ。ぬるま湯とはいえ、長湯しすぎたかな?」
「そんな悠長に構えないで! すぐ治療しないと!!」
「あはは、平気だって。床に横たわって安静にしていれば、じきに止まるよ」
「そうかな?」「うん、止まるはず。ということで一時的に上がるから、少しだけあっちを向いてて。子供の頃とは違い、後ろ姿とはいえスッポンポンを見られたら恥ずかしいからさ」「もう、翔のエッチ」「あ~はいはい。俺はエッチですよ~」
作戦は完璧に成功した。鼻血を出すことと、それを長湯のせいにすることと、海綿体の巨大化阻止の三つすべてに、俺は成功したのである。美雪が消えずあらぬ方角へ顔を向けたのも、成功と言えよう。掌で目を覆いつつも指の隙間からバッチリ見ているというお約束をちょっぴり期待していたのは、ナイショだけどね。
湯船を離れ、洗面器で股間を隠し床に身を直接横たえる。タイルの冷たさが心地よくボ~っとしていたら、医療用ロボットの中に入った美雪が駆けつけてくれた。ただ、心配事もあったのでそれを口にしてみる。
「随分前だけど、ロボットに入ったって母さんに報告し忘れたことがあったよね。今回は大丈夫?」「ちゃんと報告したわ。それに関して、翔に訊きたいことがある。私は始め、ワンピース型の看護師の制服を着るつもりだったの。でも母さんに『鼻血が止まらなくなるから止めなさい』って助言された。そういうものなの?」「あ、はい。否定できないです」「翔はエッチなのではなく、ひょっとしてスケベだったりする?」「はいはい、俺はスケベですよ~」「もう、翔のスケベ!」
てな具合に美雪と健全にイチャイチャして、俺は風呂を終えた。




