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初対面の人達と分隊を組む訓練は、翌日以降も続いた。戦場で臨時分隊の隊長になった経験が役立ったのだろう、既成の分隊にお邪魔させてもらう身になっても一発合格をもらい続けることが出来た。隊長の重責を理解し、負担を少しでも軽くする役回りを心がけたのが、良かったのだと俺は考えている。
ただ、1年近く一緒に戦ってきた仲間達が日ごと数を減らしていき、訓練8日目でとうとう亮介がいなくなったのは非常につらかった。そう俺と亮介は、互いを呼び捨てにする仲になった。戦場で臨時分隊を組んだ翌日の訓練冒頭に「呼び捨てにしてもいいかな、翔」と、ちょっぴり照れつつ亮介が頼んできたのだ。もちろん俺に、否などあろうはずがない。「そんなの、いいに決まってるじゃん亮介!」と、こちらもちょっぴり照れて答えた。それを見ていた美雪がその日と翌7日目の夕飯に亮介を招いてくれて、俺達は最高の2日間を過ごした。前世と今生を合わせても、亮介以上に仲良くなった友人が俺にはいない。
亮介とこうも仲良くなれた最大の理由は、互いが互いを尊敬していたからだと思う。夕飯を共にした1日目、食後のデザートを食べながら、臨時分隊の隊長をまっとう出来たのは亮介のお陰なのだと俺は話した。
「俺はリーダーに向いてないし、リーダーをしたいとも思っていない。でも臨時分隊の訓練は、俺が隊長になるしかない状況でさ。よし腹をくくろうって覚悟を決めた俺の瞼に、リーダーの最高の手本が映った。この1年間ずっと見てきた、亮介の姿が瞼に映ったんだよ。それは俺の目に、よほど焼き付いていたらしくてさ。隊長としての言動を求められるごとに、該当する亮介の姿が心にありありと蘇った。それを手本にできたから、臨時隊長なんて分不相応の役目をまっとう出来たんだよ。亮介、ありがとな」
亮介と一緒に飯を食い、腹を割って語り合っているうち、自分を指す語彙がいつの間にか俺になっていた。それは亮介も変わらず、どちらも自分を俺と呼んでいたのだ。食後のプリンを食べつつ俺俺いう2人の7歳児に、美雪が笑いを必死で堪えていたのはさて置き、「俺もだよ翔」と亮介は誇りに満ちた声で言った。
「俺がリーダーに向いているのは否定しない。でもそれと、リーダーをして楽しいかは別。仲間に恵まれた時だけ、リーダーをして良かったやり甲斐あって楽しかったと俺は思える。そしてそう思えた俺は、最高の仲間が言うには、リーダーの最高の手本らしい。という訳で、恥ずかしいから一度だけ言うぞ。ありがとな、最高の仲間」
それからはヤバかった。照れるやら恥ずかしいやら、でもメチャクチャ嬉しいやらで、テンションが限界突破してしまったのだ。脳内麻薬も限界突破したらしく酒を飲んでいないのに俺らは酩酊し、肩を組み大声で歌を歌いながらそこら中を練り歩いたものだ。いやマジで酔っ払っていたのか、亮介と実際に肩を組んだ感覚を、俺は妙にはっきり覚えている。ひょっとして女神様が、手を差し伸べてくれたのかな・・・・
そんなこんなで迎えた、翌日の訓練7日目。盛んに俺俺いう俺と亮介に引っ張られたのか、俺ら以外の3人の男子もいつの間にか、一人称が俺になっていた。男とは単純な生き物なのだろう、それだけで男子の連携の鋭さが増し、今日初めて組んだ分隊とは思えない好成績をゴブリン戦で出せた。冴子ちゃんがいたら「男子って単純ね~」と、呆れ声でありつつも優しく温かな眼差しで、きっと言ったんだろうな。
その日の夕飯は美雪が気を利かせてくれて、ずっと一緒に戦ってきた分隊の男子メンバー5人が勢ぞろいした。そいつらも俺と亮介に引っ張られていつの間にか俺俺いうようになり、すると男子の単純パワーが炸裂して、2日連続の酩酊に突入した。バカ騒ぎの5人組がいたらさぞ煩かったに違いないが、訓練場に籠りっぱなしなのは俺だけなので近所迷惑は避けられたはず。1400メートル離れた孤児院にバカ騒ぎが届いたか否かは、知らないけどさ。
そうそう酩酊のお陰で、別れの悲しみを免れることが出来た。5人で肩を組み練り歩いているうち、寝てしまっていたのだ。お風呂や歯磨き等で美雪に迷惑をかけたのは、これで2度目。1度目は恥ずかしさに負けて感謝も謝罪もせず部屋から飛び出たが、同じ過ちを繰り返してはならない。身を起こしマットレスの上に正座して、友人達と肩を組んだ感覚を味わわせてくれたであろう女神様へ、心の中で謝意を述べた。続いて今度は声に出し、美雪に謝罪と感謝を述べた。傍らに現れた美雪はただ黙って、俺の頭を撫でてくれた。
――――――
これまでの仲間が1人ずつ減っていく訓練8日目の、午後1時59分。
俺と女の子の計2人で既成の分隊に加わる訓練が始まる直前、俺は自分の頬を両手でビシバシ叩いていた。男女1人ずつで加わるのだから、当たり前だが男は俺だけ。昨夜一緒に肩を組んだ奴らは今日、ここに決して現れないのだ。それは凄まじく悲しいことでも、それをそのまま顔に出したら女の子に失礼。昨夜肩を組んだ奴らを代表する気持ちで振る舞い、女の子の不安を軽減するのが今日の俺の役目なのである。よって悲しみを吹き飛ばすべく、左右の頬を盛んにビシバシ叩いていたんだね。
そうこうするうち午後2時になり、俺以外の9人が映し出された。9人は8人と1人に分かれており、初対面の8人は俺の前方にいて、旧知の1人は俺の右後ろにいるようだった。右後ろに映し出されたので女の子が誰なのかは判らないが、美雪が俺の気持ちを酌んでくれたのは解った。旧知の女の子を守ろうとする俺にとって、右後ろという位置は百点満点だったからだ。真後ろだと庇護の対象になり、1年近く訓練を共にしてきた仲間への敬意を欠くことになる。かといって横では、矢面に立とうとする俺の気持ちが伝わりにくい。よって俺が矢面に立ちつつも、女の子が一歩踏み出しさえすれば仲間として共同戦線を張れる右後ろという位置は、まさしく絶妙だったのである。その嬉しさが加わった俺は、好印象を得やすい表情をしていたのだろう。右後ろから、好意的な気配が伝わってきた。俺にとってその子は視界の外にいても、その子にとっては違うからさ。
という訳で好意的な気配に益々気を良くした俺は、女の子に挨拶すべく意気揚々と体を右後ろへ向けようとした。しかし、向けられることは無かった。なぜならそれより早く女の子が一歩進み出て俺の横に並び、高飛車に語り掛けてきたからだ。
「聞いていたとおり、ちょっとは男らしくなったみたいね」
そのとたん俺は尻尾をブンブン振る子犬になって「冴子ちゃん久しぶり!」と、上位者との再会を喜んだのだった。
誤解のないよう明言するが、俺はマゾではない。美雪の影響で優しい年上女性に頭が上がらないのは事実でも、上位の女性に見境なく尻尾を振るマゾ男では決してない。亮介と同じく素晴らしいリーダーの冴子ちゃんへ、俺は心から敬意を抱いていたのだ。もちろん大好きな仲間でもあるし、そこに再会の喜びと、リーダーの手本になってくれた感謝が加わった結果、上位者へ尻尾をブンブン振る子犬に俺はなったのである。が、
「ふ~んアンタ、未だ私をちゃん付けで呼ぶのね」
冴子ちゃんは氷の声音でそう言った。思わず後ずさるも、極低温の眼差しの冴子ちゃんは俺との距離をグイグイ詰めてくる。震え上がった俺は氷の女王陛下に「えっとあの、異性を呼び捨てにするのは、僕にとってハードルが高すぎまして」と本心を伝えた。前世のアラフィフの俺にもそんな異性はいなかったのだから、いくら女王様に命じられようと無理なものは無理なのである。が、
「僕? おかしいわね、亮介の話と違うわ」
女王様の関心は想定外の方向にずれた。ちゃん付けより「僕」を変わらず使っていることを、重視したようなのである。それは俺にとって、いわゆる渡りに船だった。異性を呼び捨てにするより一人称を俺に変える方が、遥かに簡単だったからだ。よってそれに喜んで乗ろうとするも、大想定外と表現すべき呟きを耳にしたせいで俺は硬直してしまった。それは冴子ちゃんの、
「美雪に悪いから、呼び捨ては諦めるか」
という呟きだった。固まった心身を無理やり動かし目をやった美雪の頬が、薔薇色にうっすら染まっている。大想定外どころではない美雪の様子に完全硬直した俺へ、普段どおりに戻った冴子ちゃんが命じた。
「呼び捨ては許してあげるから、その代わり俺を使うアンタで私にも接しなさい」
「・・・・・」
「まったく、ほらシャキンとする!」
「ひゃ、ひゃい。了解でしゅ!」
噛みまくるもシャキンと敬礼した仲間を、優れたリーダーは笑ったりしない。とは言えそこは、まだ7歳の女の子。冴子ちゃんは口元を盛んに痙攣させつつ、俺に敬礼を返してくれたのだった。




