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女子の質問は、序盤と中盤は講義の理解を深め応用力を身に着けることに役立ったが、終盤で怪しくなった。いや怪しいというのは女子に失礼で、返答の難しい質問を沢山されただけなのが真相だ。また難しいと言っても翼さんのプライバシーに関わるような質問は一切なく、要約するとそれらは「空翔の秘密への興味」であり、当の本人の俺も思わず首肯してしまった。だって客観的に見て、俺ってやっぱ不可解だからさ。ハハハ・・・・
その「ハハハ・・・」に、女子達はたいそう恐縮した。たいそう恐縮する理由が解らず呆然としているうちに女子達は打ち明け話を幾つかし、その中の一つに「翔君の孤児院の女の子たちと仲良くなって情報交換をしているの」というものがあった。孤児院の女子達といっても先日の軍事裁判(笑)に参加した女子のみらしいがそれは置き、仲良くなったのは素直に嬉しくて喜色を浮かべたところ、打ち明け話はなぜか加速した。それを経て知ったところによると、
『彼氏が教えてくれる男子目線の翔君像だけでは、謎がどうしても残る』
との事だったのである。彼氏は自分達を指すため男子側もこの発言に注目し、すると女子達は注目されたことを喜んだのか舌が更に軽くなった。それが功を奏し、比較的短時間で「男女の見解は異なるという宇宙の真理」を双方が実体験で理解するに至った。具体的には、彼氏が男目線で「翔がまたこんな面白いことをした」という話をしても、彼女はそれを必ずしも面白いとは思わないという事だったのだ。その見解の相違を、この講義を受ける前までは「恋人関係の危機」のように感じていたが、今は「愛を育む余地」として捉えられるようになった。誠にありがとうと、男女の区別なく言ってもらえたのである。感動屋の俺が、それに感動しないなどあり得ない。孤児院の女子達とこの学校の女子達が仲良くなった嬉しさも加わった俺は滝の涙を流し、そんな俺を野郎共が揉みくちゃにし、女子達がそれに華やかな笑い声をあげる。そんな賑やかかつ和やかな空気をもって、200余年ぶりに開かれた男女合同講座は終了したのだった。
終了したのは予定どおりの、午後8時20分だった。20分という半端な時間に終えた理由は、中央広場の使用可能時間が午後8時50分までなことにある。つまり講座後の恋人同士のイチャイチャ時間を、30分残したってことだね。言うまでもなくこれは唐変木の俺のアイデアではなく、鈴姉さんと小鳥姉さんに教えてもらったこと。「20分と30分では」「女子の心証がかなり違うから」「30分になるよう努力するのよ」「翔君、頑張ってね」 いやはやホント、あの姉上達にはマジ頭の上がらない俺なのでした。
恋人たちの語らいの時間を予定どおり30分確保でき、安堵しつつ部屋に帰って来た丁度そのとき、メディカルバンドがメールの着信音を奏でた。音はみんな同じにしているけどピンときて開いたところ、送り主はやはり翼さんだった。といっても今日は翼さんのメールを受け取る日だったから、勘が当たったとかの大仰なことではないんだけどさ。
俺と翼さんは先日、メールを貰った翌々日に返信する取り決めを暫定的にした。暫定的というのは、翼さんが珍しくゴネたからだ。それは天風家で過ごした二日目の昼食後の食休み中に成され、絶品すき焼き丼を食べさせてくれた翼さんに多大な感謝を抱いていた俺は、翼さんの要求を突っぱねる事ができなかった。それでも「毎日メールしたい」や「せめて一日おき」はさすがに無理と説得し、メールを貰った翌々日に返信する取り決めを暫定的に承諾してもらったのである。う~むでも今こうして冷静に振り返ってみたら、翼さんは俺に駄々をこねて甘えたかっただけな気がしてきたぞ・・・・
それについても冴子ちゃんに今度訊いてみよう。冴子ちゃん、重ね重ねよろしくお願いします。
取り決めたのは三日前だったのに翼さんのメールを今日受け取ったことも、俺に駄々をこねて甘えたかっただけな気がする理由と言える。翼さんは譲歩の条件として、「取り決めの施行日をせめて明日からにして、明日は翔さんが私にメールをください」と提案したのだ。よくよく考えたらそれは当然で、仮に三日前に即施行していたら、帰りの車中で送信した「二日間ありがとう」のメールに翼さんが返信できるのは翌々日になってしまっていた。そりゃ流石に、イライラを避けられないからね。
という訳で施行後に届いた初メールによると、無音軽業と輝力を使わない全力疾走が、天風一族の間で大変なブームになっているという。ブームに年齢はなく、下は2歳から上は130歳までこの二つに夢中なのだそうだ。また一過性のものになってしまわぬよう長老衆と鷹軍団が協力し長期訓練計画を立てていて、翼さんが言うには「計画を立てやすい」と評判らしい。『どちらも機械による測定が容易なため、成長を数値で客観的に把握できます。無音軽業は輝力工芸スキルの習得を促し、礎走は峰走りのタイム向上に直結しますから、訓練動機になりやすいですね』 翼さんはそう、メールに書いていた。
ちなみに礎走というのは、帰りの車中で俺が考案した輝力を使わない全力疾走の名称。もっと時間をかけて考えたかったのが本音で、前世の学生時代に漢文の勉強をおざなりにしたことを悔やんだものだ。しかし翼さんの祖父の功さんがこの名称を気に入ったらしく、そしてそれには翼さんの父上が関わっているように思う。第二次世界大戦前の日本は、漢文の勉強を非常に重視していた。父上の家は元名主だったため漢詩の造詣が深く、それがこの星で役立ったように感じる。新しい農産物を複数創った父上は、それらの名付け親でもあったからだ。父上のネーミングセンスにずっと触れてきた功さんは、礎走に同系列の匂いを覚えて気に入ったのかもしれない。俺には、そう思えたんだね。アトランティス星の文字の振字は特に熟語の成り立ちが、漢字に似ているからさ。
翼さんの夏休みの終了日は、明日18日。冬休みの日程も俺と翼さんは合わせやすいけど、来年の夏は長期休暇の重なる日がなんと一日しかない。『ですから冬休みはなるべくお越しくださいますよう、切に願っています』 そう結ばれたメールに、俺は腕を組み唸った。鈴姉さんが望むはずの冬休み合宿と、翼さんの願い。まだ四カ月以上あるから後回しでいいやなんて油断していたら、命取りになるかもしれないな・・・・
と真剣に考えたのが、だいたい40分前の話。
現在時刻は、午後9時10分。
真剣に考えている内にこの三日間の回想を始めて、回想に熱中するあまり就寝時刻を10分過ぎてしまった。冬休み合宿と天風家訪問に折り合いを付けるアイデアは浮かばなかったけど、心地よい眠気がやって来たので寝るとしますか。
かくして俺は睡眠の境界を、今日も健やかに越えたのだった。




