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蓋を開けてみたら見当外れだったことは、もう一つあった。それは、輝力圧縮2.25倍をあっさり習得できたことだ。就寝前の考察および就寝中に判明したことは膨大なため、時間を1.5倍に伸ばす輝力圧縮2.25倍を試験的に行い、俺は美雪と話していた。小数点の圧縮は一般的に高難度とされていて、しかも初日の一回目だから失敗して当然と思っていたのに、違った。
「翔の話す速度と私との会話を基に計算したら、時間がピッタリ1.5倍になっているみたい。翔、おめでとう」
勉強時間の終了時、美雪にそう言ってもらえたのである。これで1日2時間の勉強時間を、3時間にできる。数学に2日で3時間を割けるようになったから重力の解明が進むに違いないと、俺は小躍りしたものだった。
小躍り気分はその後も続き、それが良かったのだろう。午前の訓練と午後の訓練を、いつになく高品質でこなすことが出来た。昼食時の美雪との会話も弾んだし、まこと良いこと尽くめだ。会話が弾んだ理由は美雪にもあり、おそらくそれは就寝中にぼんやり判明した「美雪との出会いには宇宙的な意味がある」を、美雪がとても喜んだことにあると思う。美雪がとても喜んだことについては顔に出さぬよう努めたけど、真剣に考えねばならぬ事のはず。美雪は常々、「AⅠの私ではなく人間を伴侶にした方が翔は幸せなのではないか」と、自問していたと予想される。いくら俺が俺自身の意思で選んだとはいえ美雪の性格からすると、1秒も休むことなく自問を続けていたと考えるのが自然なのだ。しかし、宇宙的な意味があると知った美雪は、自問を止めた。宇宙規模の壮大な意味があるのだから、このまま暮らして良いのではないかと、思えるようになったんだね。もちろん自問を止めた云々は、俺の勝手な想像にすぎない。ただそれでも美雪と過ごした十年以上の月日が、「間違ってないよ」と囁いているのも事実。美雪の笑顔に嘘もないし、油断せず観測を続ければ、少なくとも今はそれで十分な気がしている。
そうこうするうち訓練が終わり、夕飯の時間になった。そしてこの、夕飯から就寝までの時間が大変だった。野郎共がワラワラ集まって来て「「「「昨日の続きをしようぜ」」」」と、声を揃えたのである。仮に俺が昨日の続きを即座に理解し意気投合していたら、ああも大変ではなかったかもしれない。だが「へ? 昨日の続きって何だっけ?」のように意味不明でございますという本音を素直にさらした途端、
「「「「テメェの恋バナじゃ――ッッ!!」」」」
と、全員が激高してしまったのだ。しかし恋バナという語彙から騙されていたことに気づいた俺も、黙ってはいられない。「昨夜公園で話したアレは、やっぱ恋バナだったのかよ!」 俺はそう、即座に反論した。けどそのせいで、事態が更に悪化してしまったのもまた事実だった。
「アホ。それはお前が鈍感なだけだ」「えっ、そうなの?」「うむ、そうだ」「翔が鈍感なことに俺も同意。だってあの話を聴いていたら、胸がキュンキュンしてきたし」「あ、俺もそう。キュンキュンってこれかって、初めて知ったよ」「それを彼女に話したら『甘いわ、私なんてキュン死しそうになった』って、スッゲー喜んでたな」「右に同じ」「うちも同じ」「同じだけどそれに加えて『もっと聞きだしてきなさい!』って、厳命されちゃったよ」「クッ、うちもだ」「俺んとこもだ」「なあ翔、俺達を助けると思って、もう少しだけ話を聴かせてくれないか?」「さあ皆さんご一緒に、せえの!」「「「「頼みます、このとおりです!!」」」」「ちょっ、ちょっと待って。ええ――ッッ!!」
騙されたのは腹が立ったしキュンキュンもからきし理解できなかったから途中までは突っぱねるつもりだったけど、「彼女に頼まれた」でそれが揺らいだ。年頃娘はそういうものとこんな俺でも納得できたし、何より俺が突っぱねたせいで彼氏の評価が落ちたり恋人と喧嘩したりしたら、責任取れないと恐怖したのである。その瞬間を逃さず畳みかけるように「助けてください頼みます」と頭を下げられたら、諦めて畳まれるしかない。かと言って翼さんのプライバシーに触れず話せることも少なくなっていたので、鈴姉さんに教えてもらったことを代わりに話してみた。99が同じでも1違うと、そのたった1ばかりに目が行ってしまい破局を・・・・的なアレだね。するとみんな予想を遥かに超えて興味を示し一向に開放してくれず、夕飯が終わっても入浴時間が終わっても拘束は続き、結局夜の勉強時間を『翔による恋愛講座』に変更するしかなかった。ただ非常に感謝され、特に「互いの違いを、愛を育む余地にする」は絶賛された。勇が舞ちゃんとの交流で常にビクビクしていた「考え方が違ったらどうしよう」を、みんなも感じていたそうなのである。かくして講座は大成功に終わり、その成功ぶりに「これでやっと解放してもらえるな」と、勘違いも甚だしいことを俺は考えていた。
翌日の朝食時、昨夜の恋愛講座に関する多数の質問を受けた。しかし朝昼晩の三食のうち朝食は時間の余裕が最もなく、十分の一の人数にも対応できなかった。「仕方ない、また夕食でな」と皆に告げて迎えた、夕食開始時間。
「翔、食べながら話そう」
「了解です、霧島教官」
なぜか霧島教官と向かい合って、俺は夕食を摂ることになったのである。
霧島教官というか達也さんとなら、食事を共にしたのはかなりの回数に上る。頭の中で数えたところ二十三回という数になり、我ながら驚いた。鈴姉さんの家の合宿で初日の朝食を除き朝昼晩必ず一緒に食べていたから、こんな数になったんだね。
それもあり、こうして面と向かって食事しても、緊張はほぼ無かった。達也さんではなく霧島教官なため緊張皆無とは言えないが、大勢の野郎共が心配げな視線をチラチラ送って来るような心理状態とは無縁だったのである。正直言うと緊張も、うっかり達也さんと呼んでしまわないための意図的な緊張でしかない。達也さんも同種の危惧を抱いているのか普段以上に威風堂々としており、それが皆の心配を助長しているのだけど、まあ野郎共はほっとくとして。
「異例のことだが、女子寮の教官から依頼があった。翔の恋愛講座を、女子も参加して中央広場で開いて欲しいそうだ。質問があるなら受け付けよう」




