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「スマン、俺が間違っていた。連携重視の戦闘のアイデアがあるなら、どうか教えてくれ」
もちろんさ、と答えた僕らはアイデアを思いつく限り発表していった。分隊長は最初こそ困惑していたが次第に活き活きした表情になり、ふと気づくと分隊長と4人を加えた10人で車座になっていた。美雪に戦闘の俯瞰図を出してもらい、10人で作戦を詰めてゆく。そして臨んだ2度目のゴブリン11体戦を、少々まごつきつつも白星で終えた僕らは、ゴブリンの強さを変えず戦闘を重ねていった。重ねるにつれ連携は巧くなり、巧くなるにつれ連携と輝力の関係を実感するようになり、実感するにつれ見えてきたモノがあった。それはゴブリンに、連携の概念は無いということだった。休憩中に美雪に尋ねたところそれは正しく、またモンスターが強くなるほどそれは顕著になるため、闇族には戦術や作戦の概念すらないらしいのである。そう教えられた際の、分隊長の様子は忘れられない。地面に座っていられぬほど、身を震わせていたのだ。俺達は分隊長の傍らへすっ飛んでいき、肩や背中を叩いた。だが震えは一向に収まらず、大義名分を得た俺達は、嬉々として分隊長をくすぐった。くすぐられても最初は何も感じなかったみたいだが次第に体をよじらせるようになり、次いで腹を抱えて笑い出し、そして今は息も絶え絶えになって地面に横たわっている。仰向けになった分隊長が、呼吸を整えつつ呟いた。
「連携も無ければ、戦術や作戦も無い。前の俺は、闇族と同」
しかし呟きは途中で遮られた。亮介君が分隊長の胸倉を掴み、まくし立てたからだ。「バカ野郎、お前は人間だ。連携が上達したことをあれほど喜ぶお前は、正真正銘の人間なんだよ、この大バカ者が!」 初対面時の横柄さが物語るように、分隊長はプライドの高い人と考えて間違いないだろう。なのに今、大バカ者呼ばわりされた分隊長は、実に良い笑顔を浮かべていた。友人とすごす時間を心から楽しむ、ただの男子の顔になっていたのである。そんな男子は大概イイヤツで、そしてイイヤツ同士の会話では、バカは時として最高の誉め言葉になる。今の分隊長にも、それがド直球で刺さったようだ。
「決めた、俺はバカになる! 連携が好きでたまらない、連携バカに俺はなるぜ!!」
瞳を輝かせてバカになる宣言をした好男子に、亮介君は思わず噴き出した。それは皆も変わらず、2人の好男子を中心に爆笑が轟いた。その笑いの爆発をやる気の爆発に変えて、10人が一斉に立ち上がる。そして挑んだゴブリン11体戦に、最高の連携で勝利した俺らは、美雪を含む全員で勝鬨を上げた。それは心を嬉しさ一色に染め上げる出来事のはずなのに、俺に限っては嬉しさと悲しみの二色になっていた。美雪も一緒に勝鬨を上げるということは、合格を意味する。太陽の傾きから推測するに、現在時刻は午後5時。そこに、今日の課題がまだ一つ残っているという事実が加わると、悲しみを払拭できなかったのだ。この10人で過ごす時間は、もう終わりなんだな・・・・
30秒後、9人の仲間達が消えた訓練場に、俺は1人座り込んでいたのだった。
体育座りで足を抱え込み、膝に額を乗せ、地面に座っていた時間は1分なかった。虎鉄が俺を心配し、すっ飛んで来てくれたのである。体育座りの脚に、虎鉄が頭をこすりつける。これは親愛の仕草であると同時に、頭を撫でてくれの要求でもある。胡坐に座り直し、虎鉄の頭部をひとしきり撫でてあげた。「にゃはは~極楽にゃ~」に類する声を聞いたと錯覚するほどの虎鉄の極楽顔を、癒されつつ眺めていた俺の脳裏に、ふと不安がよぎった。訓練場に泊まることを禁じられ、孤児院に帰って寝ることを強制されたら、虎鉄も一緒に来てくれるかな? 前世の日本で言われていた「犬は人につくが猫は家につく」が虎鉄にも当てはまるなら、孤児院に連れて行ったらダメなんじゃないかな?
という不安を、指先から感じたのだろうか。虎鉄はいきなり真顔になり、左右の前足で俺の両頬をぺちぺち叩いて、
「にゃ!」
力強く頷いたのである。弱気になった俺を虎鉄が励ましてくれたのかは、わからない。だが、ここで気丈に振舞わねば男が廃ることなら確信できた。虎鉄が特に好む首回りを集中して最後に掻き、立ちあがる。そして美雪に体を向け、
「姉ちゃんお待たせ!」
俺は元気よく言った。ハンカチで目元を拭った美雪は「・・・・ん」と、たった一文字を発音するのが精一杯なようだった。
戦場で臨時分隊を組む訓練が始まる前、美雪は状況設定を改めて説明した。早口で成されるそれに美雪の焦りをありありと感じた俺は、聞き漏らしがないよう全身を耳にし、無理解がないよう全開で脳を使っていた。その甲斐あって重大な誤りに、いや誤りというより、重大な見落としに気づくことが出来た。その見落としは、自分を含む隊員達の年齢だった。これまでは、自分が6歳なら隊員達も6歳と無意識に考えて訓練をこなしていた。だが今回は、そう考えてはならなかった。隊員全員が20歳以上なのだと、しっかり意識していなければならなかったのである。戦場に出られるのは原則、20歳以上だからさ。
ただ年齢が20歳以上なのは確実でも、容姿も20歳以上になっているかは、美雪の説明だけでは判断つかなかった。判らない最大の理由は、この訓練の合格基準を美雪が微塵も明かしていない事にあった。昨日と一昨日の「ゴブリン12体戦の勝利をもって合否判定の土俵に立てる」に類する話を、美雪は未だしていないのだ。然るにひょっとすると今回の訓練は、戦闘に勝たずとも合格できるかもしれないのである。そのヒントを聞き漏らさぬよう、俺は益々集中して美雪の説明に耳を傾けていた。それが実り、
「では翔の周囲に、隊員9人の3Dが映りしだい訓練を始めるね。質問ある?」
との美雪の言葉が耳朶を震わせるや、俺は挙手して問いかけることが出来た。
「僕を含む隊員10人は、全員20歳以上ですよね。これから映される隊員9人の容姿も、20歳以上になっているのでしょうか?」
厳密には、18歳と19歳の戦士もほんの僅かいる。人類軍が定数に届かなかったら、18歳と19歳の優秀者へ戦士の募集がされるからだ。しかし今は時間がないのでそれは口にせず、容姿のみを尋ねた。そしてそれは、どうやら正解だったらしい。美雪の面に、安堵の想いが溢れていたからだ。
「翔、よく気づきました。9人の容姿は、全員20歳以上になっています。ちなみに翔の年齢設定は24歳、三番目に年長の隊員ですが、翔は自分の姿を見られません。ただ怪我を負った箇所だけは、3D映像にしておきます。また、『分隊長選出で合格点に届かなかったら、戦闘の勝利得点を加えて』合否を決めねばなりません。その場合、戦闘時の9人の容姿は、翔と同年齢の7歳に変わりますね」
美雪が強調したカギカッコの内容によると、戦闘に勝たずとも合格をもらえるみたいだ。予想が当たり気を良くした俺は「他に質問はある?」との問いに、ありませんと答えた。それ自体は間違っていなかったが、予想が当たる程度で気をよくしてはならなかった。なぜなら俺の周囲に現れたのは、満身創痍の仲間達だったからである。
俺はバカだった。少し考えれば、仲間達が傷だらけなことを容易く予想できたはずだ。戦闘服の胸部ポケットに収納するよう決められている認識章には、心臓を守る防具の役割もある。人は心臓を本能的に守るため、胸部は頭部と並び傷を最も負いにくい場所とされている。その胸部に収まった認識章を、破損もしくは紛失するほど激しい戦闘をしたのだから満身創痍で当然なのに、俺はそれを予想していなかったのである。バカすぎる自分を、本当はぶん殴りたかった。けど今は、それとは比較にならぬほど重要なことがある。俺は仲間達のもとを1人1人訪ねて、傷の具合を確認していった。
幸い、致命傷を負った仲間はいなかった。輝力には自然治癒力を高める作用もあるから、自宅療養だけで十分治る傷と言えよう。だがここは、戦場。戦士とハイゴブリンが戦っている最前線の100メートル後方の、凍てつく大地の上なのである。ザックリ割れた傷の上に応急シールを貼れない仲間の代わりにシールを貼り、ポケットから断熱シートを自力で取り出せない仲間の代わりにそれを取り出し、震える仲間に気付け薬を飲ませてゆく。救急キットには痛覚を麻痺させ精神を高揚させる注射針も、ありていに言うと麻薬も入っているが、効くまでに1分かかり、効いているのも10分しかなく、かつその両方に個人差があるので判断が難しいところだ。そのためにも分隊長を速やかに決めねばならないと考えたところで、やっと思い出した。自分の怪我の具合を、確認していなかったことを。




