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「あの、翔さん大丈夫ですか?」


 もう我慢できません、けどなるべく穏やかな口調にします、という気持ちが凝縮して結晶化したような翼さんの声がほぼ直上から降り注いだ。俺を案ずるあまり、きっと体が触れ合う寸前まで身を寄せているのだろう。こうも心配させてしまったのだから、すぐ身を起こすべきなのは理解している。だが数分の考察を経てようやく気付いた気持ちの衝撃が強すぎ、身を起こすことが俺にはどうしてもできなかった。

 俺は、気づいてしまったのである。

 前の孤児院で六年間一緒にすごした舞ちゃんより出会って七日目の翼さんに、俺は心を許しているのだと。


 夕食会は、午後七時半に終了した。幸い俺は10分未満で回復し、最後の15分を若手五人で盛り上がって過ごすことが出来た。その終盤、俺が颯の家に泊まることを知った鷹さんは「俺も泊まる!」と挙手した。その挙手時の声が大きかったからか近隣テーブルの複数の男性達がこちらに顔を向け、「「「俺も混ぜろ!」」」的なオーラをビシバシ送ってきた。それに応じた鷹さんの気配から彼らは鷹さんと年齢の近い友人達と思われ、すると颯にとっては二十歳近く年長の先輩方になるため、断るという選択肢は自動的に消滅する。案の定「すまん翔」「皆まで言うな、男だから余裕で理解できる」「恩にきるぜ」「よせよ水くさい」との会話が即座になされた。そのお陰で友情を深められたのだから、結果オーライだったんだろうな。

 夕食会会場を発ってすぐ、翼さんの祖父の功さんが近づいてきた。叱られる気が何となくするのはなぜだろう、と内心ビクビクしつつ話しかけられるのを待っていたところ、「翼との昼食の映像を無断で拝見しました。お詫びします」と謝られてしまった。「こちらこそ先にお声がけすべきでした、申し訳ございません」 立ち止まり腰を折ってから、仮陸宮の息子さん夫婦と昼食時の息子さん夫婦の違いを説明した。死後の世界に旅立つ直前、一瞬を数百億倍に引き延ばして家族を見守る人々がいる話に、功さんは思い当たることが多々あるようだった。


「儂の妻、両親と息子夫婦と娘夫婦、弟夫婦に妹夫婦、叔父や叔母や甥姪孫等々、数多くの家族と親族が儂を残し向こうの世界へ旅立って行きました。しかし皆の気配を、不意に感じることが度々ありました。それは、勘違いではなかったのですな。教えて下さり、深く感謝します」


 功さんは百面相を顔に強いていたが、やはり無理だったらしい。それでも嗚咽だけは必死に堪えていたが「長生きしてくださいね、お爺様」と翼さんに優しく背中をさすられた途端、それも無理になってしまった。でも、それでいい。泣く正当な理由があり、かつこんなに優しい孫娘がいるのだから、心のままに涙を流せばよいのだ。

 その思いを瞳に込め、翼さんに会釈する。

 会釈を返した翼さんの瞳に「また明日」と言ってもらえたことを、俺ははっきり感じた。


 それ以降は、男の付き合いの時間となった。最初に目指したのは、お風呂場。「鷹さん軍団は家族サービスをしてからじゃないと泊まりに来られない。猶予はおそらく、40分ちょいくらいだろう。その時間を利用し、俺んちの風呂にのんびり入ろうぜ」 この地の男社会を熟知する颯が顔を青くして「鷹さん軍団」という語彙を使ったとくれば、否はない。俺達は蒼君も誘い、のんびり入浴することにした。が、実際は予定と大きく食い違った。俺以外の颯と蒼君は、とにかく興奮しまくる40分を過ごしたそうなのである。きっかけになったのは、颯が俺に何気なく放った「翔は目標とかあるのか?」という質問。お互い素っ裸だからか、演技ではなくまこと何気なくそう訊いたことが手に取るように解った俺も、何気なく答えた。


「俺の目標はただ一つ、戦争から生きて帰って来ることだけだよ」


 この言葉に嘘はない。重箱の隅をつつくなら、美雪のもとに生きて帰って来るという言葉を意図的に避けたのは事実だけど、美雪は軍事機密らしいので問題無しと勝手に判断させてもらった。だってこれはのんびり入浴中に交わされる、何気ない会話だからさ。

 そのはずだったのに、


「なんだと!」「のっけから、凄まじい大胆発言ですね」


 颯と蒼君にとっては真逆だったようだ。その真逆振りを決して軽視せず慎重に会話を進めていくのが、コミュニケーションの基本なのだろう。でも今は、のんびり入浴の真っ最中。心も体も弛緩しまくっていた俺は裸の付き合いという事もあり、二人の真逆振りを勝手に解釈して話を進めた。


「ああそうか、俺達が戦う闇族は第十次戦争をも超えて強いから、そんなに驚いているんだね」「なっ、なんだと!!」「いやマジホント、こんなぶっ飛んだ人を短時間とはいえライバル視していたなんて、俺って救いようのないバカだったんだな。ハハハ・・・」


 ここに至りようやく「?」が頭をよぎるも、今日の俺は思っていた以上に神経をすり減らしていた。友達の家に遊びに来ただけのつもりが決闘やら講義やら300人との食事会やら等々をすることになったのだから、精神的に疲れていて当然だったのだろう。それもあり重度の注意力散漫になっていた俺は、母さんすら深刻そうに明かした情報を二人にペラペラ話していた。


「闇将は通常の闇王、筆頭闇将は第十次戦争の闇王、そして闇王はあり得ないほど強い歴代最凶の闇王、と考えるべきなんだって」


 今俺ら三人が利用しているのは、寝風呂。湯の中に身を横たえつつ脚と足を水流でマッサージしてもらえるという、極楽風呂に俺達は浸かっていたのだ。よって心身の弛緩率は半端なく、そのせいで「翔さんはその情報をど」「口をつぐめ! それとなくきき・・・・」と二人が何やらゴニョゴニョしていてもまったく気にせず、水流マッサージ寝風呂を極楽気分で俺は味わっていた。

 のぼせる寸前で水風呂へ移動し、凍える寸前で寝風呂に戻る。それを二回繰り返し体と髪を洗うころには、「他者の成長を助ける者は自分の成長を助けてもらえる」を軸とする今俺が手掛けていることを、二つを除き洗いざらい話していた。松果体活性法等を合宿所に集まる五校の男子全員に伝えるつもりなことと、白騎士隊と銀騎士隊の白銀騎士団の今後の活動についてを、洗いざらい打ち明けたんだね。ちなみに除いた二つのうち一つは、銀騎士隊加入時の国家機密についてだから仕方ないと言える。だがもう一つの、勇と舞ちゃんと俺の三人でする合同訓練を除いたのは、俺の個人的な理由。舞ちゃんの「バカ、当分メールしないで」が重すぎ、ペラペラ話すなんて到底できなかったんだね。

 いや改めて振り返るとのしかかる重さに耐えかね、無意識に軽く振る舞っていたのかもしれない。なるべく早く時間を作り、舞ちゃんについて真剣に考えないとな。

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