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「ご注文の二品目でございます」


 メイドさんが新たな大皿を俺と翼さんの前に置いた。無意識に、喉がゴクンと鳴る。でも仕方ないよ、大皿にてんこ盛りにされていたのは前世の俺が愛して止まなかった料理の一つの、チャーシューだったのだから。

 俺はチャーシューを見つめる。煮しめられ醤油色になった肉の部分と、煮しめられても醤油色にならなかった油の白身部分が、俺好みの3対1になっているチャーシューを食い入るように見つめる。でもなぜだろう、網膜に焼き付ければ焼き付けるほど、焼き豚という語彙が遠ざかっていく気がしきりとするのだ。不意に「一度あることは二度ある」との言葉が脳を駆け、納得した俺は咄嗟に問いかけようとするも、


「翼さん、今度は自力で正解に辿り着いてみせるよ」


 口から出たのは問いとは真逆の、宣言だった。「頑張ってください、応援しています」 翼さんもノリノリでそう応えてくれて俄然やる気になった俺は、口をすすぐようにグラスの水を飲んだ。汚染皆無の恩恵を受けたこの水も、正直べらぼうに美味い。翼さんによるとこの地を取り囲む山に登りさえすれば、加熱の必要すらない水が至る所から湧き出ていて、好きなだけ味わうことが出来るという。「ぜひいつかお伺いします」 山の守り主に心の中で手を合わせてから、翼さんが取り分けてくれたチャーシューを頂いた。その、1分後。


「焼き豚ならぬ、焼き黒鮪かな」

「正解!!」


 翼さんが顔をパッと輝かせ、盛大に拍手してくれた。と同時に、300の視線が一斉にこちらへ向けられる。普段なら畏縮不可避のはずなのに俺がこうも落ち着いていられるのは、視線の全てが優しさに満ちていたからだ。翼さんについて初めて耳にした、冴子ちゃんの言葉が耳に蘇る。『私の再来だから年下でも私のように生意気な口調だけど、もし知り合ったら可愛がってあげて。根は、とてもいい子だから』 今ならわかる。この天風一族の本拠地で冴子ちゃんのあの言葉に同意しない人がいるとするなら、それは翼さん本人だけなのだと、今の俺には痛いほどわかるのだ。俺達が各会場を回ることはないけど、今の翼さんをこの地に住む人たち全員に見てもらうことを、俺は切に願った。

 その願いを胸に、焼き黒鮪について熱く語る翼さんに耳を傾けた。


「前世の父は煮魚が大好きだったのに、醤油で煮しめた魚料理がこの星には無かったそうです。でも元中国人の人達がチャーシューを再現していて、それを食べるなり豚の代わりに鮪を使うことを父は閃いたと、冴子さんが教えてくれました」

「ねえ翼さん」「はい、なんでしょう」「この焼き黒鮪、歴代のチャーシューをあっさり抜いて1位に君臨してしまったよ。ありがたすぎて父上に、やっぱ五体投地したくて堪らないんですけど!」「ふふふ、ありがとうございます。う~んそうですね、そこまで言うなら・・・」「そこまで言うなら?」「塩むすびを持参して仮陸宮へ行き、三ツ鳥居の前で渡り蟹のお味噌汁を作り、英霊にお供えしてから頂きたく思います。渡り蟹のお味噌汁と一緒に食べる塩結びが、父の一番の好物だったんです」「この星の言葉では解らないけど、日本語だと直会なおらいだね。もちろんいいよ」「そうでした、直会でした。その言葉を胸に仮陸宮で過ごした方が、父も喜ぶと思います」


 こんなに嬉しそうな娘さんの姿をみたら、そりゃ父上も喜ぶだろう。

 心の中だけでそう呟き、翼さんが取り分けてくれる様々な料理を、俺は引き続き堪能したのだった。


 そうこうするうち、午後6時55分になった。翠玉市と戦士養成学校を結ぶ最終バスの出発時刻は、午後7時半。翼さんによると7時10分までにここを発てば、最終バスに問題なく乗れるという。よって右隣の颯に暇乞いをしたところ、


「お前、今日は俺んちに泊まれよ」


 宿泊をあっけらかんと誘われた。「・・・あれ?」「どうした」「外泊って可能だったっけ?」「夏休みなんだから可能に決まってるだろ。ただし外泊許可を事前に取ってないなら、男友達の家に泊まることを教官に必ず報告するんだぞ」「わかった、今すぐ教官にメールするよ。颯、ありがとう」「いいってことよ」 颯はそう言って、親指をグイッと立てる。俺も親指を立てて応じたところ、颯はいきなり俺の肩に腕を回し耳元で囁いた。


「メールの前に、俺んちに泊まることを姫に教えてやれ」


 それもそうだと思い了解と述べ、翼さんに体を向けた。と同時に、未使用のハンカチを取り出して翼さんに渡した。翼さんに出会ったことを夕飯の話題として取り上げた今月7日の夜、「今日からハンカチを二枚所持し、一枚は必ず未使用にすること。いいわね」と鈴姉さんに厳命されていたことが役に立ったんだね。それはそうと達也さんにメールを送ったら、鈴姉さん達にもメールをすぐ送らないと取り返しがつかなくなる気がするぞ。でも、なぜなのかな? 

 などと比較的悠長に考えていられたのは、翼さんの涙が悲しみの涙ではなかったからだ。翼さんが泣き止むのを、俺は静かに待った。そして翼さんのおもてに笑みが広がってから計四通のメールを急いで書き、最初の一通と続く三通に僅かな時間差を設けてそれぞれ送信した。ちなみにこの四人以外から送られてきていた数百通のメールは、公平にまるっと無視させてもらった。みんなゴメンね。

 いや、勇と舞ちゃんだけには颯の家に泊まることを伝えておかないと、取り返しがつかないまでは行かずとも巨大な面倒事を招く気がする。う~むやはり、連絡を入れておくか。

 と思い直し二人にメールを出した直後、達也さんの「許可する」の返信が届いた。ただしそれは教官としてであり、プライベートの方のメールは「夜這いはまだ早いから我慢しろよ」という、顔面茹蛸化必至の文面になっていた。間を置かず送られてきた雄哉さんのメールも一字一句違わなかったため、成人男性特有のお約束なのか本気で案じているのか判断つかなかったが、1分ほど遅れて届いた奥様連合のメールを読むに後者と考えて間違いないようだった。夜這いに関する鈴姉さんと小鳥姉さんの表現方法は異なれど、最後の「「何かあったら私達にすぐ相談するのよ」」だけは、一字一句同じだったのである。目頭を熱くしつつ、「信頼してください」系のメールを四人全員に再送信した。そして一息つき、勇と舞ちゃんの返信を開く。勇は達也さんや雄哉さんと同系列だったので気楽だったが、舞ちゃんは堪えた。点を百個「・・・」と連ねた最後に「バカ、当分メールしないで」と書かれていたのだ。上体を支え切れなくなり、俺はテーブルに激突した。そんな俺を心配する気配が、左隣から伝わって来る。しかし茜さんに「そっとしておきましょう」と諭された後は見守る気配になり、それは右隣の二人も同様だったので、舞ちゃんについて改めて考えてみることにした。その、数分後。


「あの、翔さん大丈夫ですか?」

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