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 翌日の、午後2時。

 昨日の彼を含まない初対面の男女1人ずつが、隊員2人と入れ替わりで入隊した。昨日の教訓を活かしまずは2人に、ゴブリンと1対1で戦ってもらう。女子は俺達より若干弱く、男子は昨日の彼より若干強い、との情報を得た俺達は、隊を三班に分けた。俺と加入男子の翔班、冴子ちゃんと加入女子の冴子班、残り6人の亮介班の三班に分け、それぞれに課題を設けたのである。

 翔班の課題は三段階あり、一段目はゴブリン1体との1対2戦闘の勝利、二段目はゴブリン2体との2対2戦闘の勝利、そして三段目は俺と加入男子の連携を確立することだった。一段目から連携を意識したのが功を奏し、翔班は1時間半で課題をすべて達成。休憩と作戦会議を経て翔班を左端、冴子班を右端、中央を亮介班の一列横隊を成し、ゴブリン10体との戦闘に臨んだ。作戦の肝は、翔班が2体を引きつけている内に、2対10の状況に持ち込むこと。結果は作戦を完遂した、快勝。自信を得た加入男女は動きが滑らかになり、2戦目は加入女子が単独でゴブリンを倒し、3戦目は加入男子もゴブリンの単独撃破に成功した。俺達は万歳三唱し、それをもって新規加入者戦闘の訓練はめでたく終了する。レポートも訓練時間中に書き終えた今日は、まことめでたい一日だった。


 翌日と翌々日も2日目の流れで行い、それぞれ大成功を収めた。特に4日目の今日はゴブリン12体との戦闘にも勝利し、加入者が半数未満時の訓練の卒業証をもらえた程だった。とはいえ繰り返しになるが、俺達は「加入者が半数未満時」を卒業しただけ。明日は丁度半数になり、そして明後日からは立場が逆転し、こちらが加入する側になるのである。俺達は気を引き締め、訓練を終えた。


 ――――――


 翌日の午後2時、5日目の訓練開始直後。

 俺は歯を食いしばり、拳を握りしめた。5人になった仲間に、冴子ちゃんが含まれていなかったのだ。俺以外の4人からも、歯を食いしばる気配が伝わってくる。美雪が近づいて来て、1人1人の頭を撫でてゆく。それが終わるや、誰が音頭を取るでもなく5人で円陣を組み、突撃時の雄叫びを上げた。気力が充実し、一列横隊に並び直す。そんな俺達に美雪は深く頷いたのち、今日の訓練の概要を説明した。


「本日は、二種類の状況を予定しています。最初は、軍主導による大規模な分隊再編が成されたという状況。亮介が分隊長のパターンと、初対面の5人に分隊長がいるパターンの、両方を体験してもらいます。それに合格したら、次は戦場で臨時分隊を組む状況に移ります。良い機会ですから、臨時分隊の分隊長決定の規則を、翔に発表してもらいましょう」


 円陣を組んで気合を入れなかったら「ヒエエ~」と泣きごとを言っていたな、と内心冷や汗を掻きつつ答えた。


「最高順位者が分隊長になりますが、戦場では怪我や疲労や空腹によって順位の大幅な変動がしばしば起こります。自分の認識章を全員一斉に提示し、分隊長を決めるのが臨時分隊の原則です。ただし伍長以上には異議を唱える権利があることと、戦闘で認識章を紛失もしくは破損している場合があることを、忘れてはなりません」


 戦闘服の胸部ポケットに収納する認識章には医療センサーと通信機が内蔵されていて、心身の健康状態を加味した順位を、つまり戦場順位を割り出せるようになっている。ただしそれは絶対ではなく、伍長以上は異議申し立てができた。認識章は音声操作によって他者の戦場順位も割り出せるが、10人全員の認識章が壊れていた事例も報告されているため、こちらも絶対とは言えなかった。

 との内容を追加した俺に、美雪が更に問う。


「異議申し立ての長所と短所、及びすべての認識章が使用不能になっていた場合の対応を、述べなさい」

「仕組みは解明されていませんが、輝力は勘の確度を上昇させ、戦士の勘は量子AIの未来予測をしばしば超えると言われています。よって異議申し立ては高確度の勘を共有する場になり、それが長所とされている反面、勘は外れることもあります。外れる勘をわざわざ発表し、疑心暗鬼を隊員に植え付ける場にも、異議申し立てはなってしまうのです。これが、短所ですね。すべての認識章が使用不能になっていた場合は、戦争開始直前の順位をもとに分隊長を決める規則に一応なっています。ですがその状況になったとされる10の事例において、規則を順守した報告はありません。勘で決めたのが2例、全滅による無報告が8例だったと記憶しています」

「訂正箇所は皆無です。翔、よく覚えていましたね」


 やんやの歓声があがり、場が明るくなった。それに乗っかり俺もはしゃいでいたが、心の中では眉間に皺を寄せていた。8割という全滅比率は、通常より高いのか低いのかを俺は知らない。なぜなら戦士の生還率を、美雪は未だ秘しているからだ。

 しかしそれを考えるのは、今ではない。疑念を心の隅に追いやり、美雪と亮介君の対話に集中した。亮介君が分隊長を務める状況のシミュレーションを、2人は対話形式で行っていたんだね。

 そしてそれは有益だったことが、30分後に判明した。シミュレーションを終えて臨んだ分隊再編訓練で亮介君は見事な指揮力を発揮し、ゴブリンに3連勝して、このパターンにおける合格をたった30分で勝ち取ったからである。3連戦後の休憩中、俺達は亮介君を褒めまくり、非常に楽しい時間を過ごした。だがその空気は、次のパターンが始まるなり消えた。初対面の5人の中にいた分隊長が、はっきり言ってリーダーの器ではなかったのだ。


 今日で5日目となるこの訓練を、俺達は毎回必ず自己紹介をしてから行っていた。それ自体は変わらなかったが、分隊長はその自己紹介をとても横柄にした。俺たち5人の自己紹介中、興味なさげな態度をあからさまにしていたのも、横柄さを裏付けていた。ここに美雪はいない設定になっていても、認識章に話しかければ軍のAIに報告することが出来る。分隊長が背を向けた隙に5人で一糸乱れず、分隊長選出の不備を認識章に訴えたものだった。

 前回のパターンと同じく今回のパターンも、ゴブリン10体戦から始まった。それに勝ったらゴブリンの数を増やしていき、ゴブリン12体戦の勝利をもって合否判定の土俵に立てるというのも、前回のパターンと同様だった。初戦から3連勝し、3戦目が12体戦だったのも変わらなかったが、判定だけは違った。


「不合格」


 美雪は高らかと、そう宣言したのである。分隊長は予想どおり食って掛かり、美雪がそれに「理由は自分達で考えなさい」と返したのも予想どおりだったが、


「翔、初めから仕切り直す? それともこのまま続ける?」


 そう問われたのは予想外だった。数瞬の逡巡を経て、亮介君達と相談する是非を尋ねたところ、美雪はにっこり頷いた。是非を尋ねて正解だったと確信できる笑みを浮かべたことが、ささやかなミスとどうか判断されませんように。胸中そう祈りつつ、俺たち5人は車座になって話し合いを始めた。話し合いはとんとん拍子に進み、1分足らずで結論が出た。俺がそれを理由つきで発表する。


「僕らは、このまま続ける方を選びました。理由は、不合格になった理由にあります。分隊の3連勝に隊員同士の連携はなく、それが不合格の理由だった場合、仕切り直すことは連携の不在の繰り返しになると判断したのです」


 隊員同士の連携がなくても、ゴブリンが弱ければ勝てる。しかしゴブリンが強かったり、不測の事態が起きたりすると、連携練度の低さは致命的になる。よって分隊は連携の練度向上を常に心がけねばならぬのに、さっきまでの3連戦に連携はなかった。この連携の不在を、俺たち5人は不測の事態と判断した。ならば不測の事態に連携をもって挑むのが今の俺たちの課題であり、そしてそのためには、訓練をこのまま続ける必要がある。なぜなら続けないと、過去の失敗に挑みそれを克服することは、不可能だからだ。という内容を、奇跡的に理路整然と話せた俺へ、


「正解」


 美雪は笑顔で告げた。拳を握り「「「ヨッシャ―――!!!」」」と叫んだ俺らを、仇のように分隊長が睨む。美雪は分隊長のもとへ歩いていき、地に両膝をつき分隊長の手を取って、輝力と連携の関係を説明した。


「輝力は調和の力、そして連携は調和の現れです。仲間と連携して戦うことは、輝力量の増加と輝力操作の精度向上をもたらします。連携がなくても勝てるのは、最弱モンスターのゴブリンだけ。あなたが今より強くなりたいなら、これを忘れないでくださいね」


 顔を大きく歪ませた分隊長の背を「ほら、勇気を出しなさい」と美雪は優しく叩いた。分隊長は意を決し、立ち上がって僕らの方に歩いてくる。車座を解いた僕らの正面に座った分隊長が、ガバッと頭を下げた。


「スマン、俺が間違っていた。連携重視の戦闘のアイデアがあるなら、どうか教えてくれ」

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