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 前世の自分からは想像できないが、今生の俺は映画を始めとする映像作品に、とんと縁のない日々を送っている。前世の俺の小学校入学から大学卒業までの16年間は、テレビとアニメとハリウッド映画の三つが全盛期を同時に迎えた奇跡の時代と重なっていた。小1の5月にスターウォー〇が米国で初公開され、小5の夕方にファーストガンダ〇の初再放送が始まり、中3で夕焼けニャンニャ〇が爆誕したと言えば、解る人には解ると思う。かくして映画を始めとする無数の映像作品に触れることは俺にとって、無意識にこなす呼吸のようなものになっていたのだ。なのに今生は13歳になって初めて映像作品を、正確には映画を見たのだから、人生ってホントわからない。いや転生しているから、一続ひとつづきの人生ではないんだけどさ。

 そんな自分語りはどうでもいいので止めて、映画の話をしよう。

 俺が今生で初めて見た映画は、戦争映画だった。渾身の輝力工芸スキルで闇王の必殺の一撃を防ぎ、勇者たる夫を守り、人類を絶滅から救ったあの戦争を扱った映画だったのだ。映画は二人が戦士養成学校で視線を交差させた場面から始まり、恋をして夫婦になり家族を持ち、そして光の体となって夫婦一緒に天へ召されるまでを追ったものだった。どの場面も文句のつけようがなく、思い出しただけで涙が溢れて来るが、個人的に最も秀逸な点を挙げると「回想シーンの使い方がべらぼうに巧い」になる。二人の出会い、結婚式、赤ちゃんの誕生、夫婦と子供二人の四人家族で過ごす何気ない日常、これらを人生の節目ごとに二人は回想し、夫婦の絆を確かめ愛を深めていった。またそのシーンではいつも同じ曲が流れるので、回想が始まりその曲が鼓膜を震わせただけで感動が自動的に累積してゆくのだ。よって二人が息を引き取る間際の、人生全般を回想する場面はマジ半端なく、涙と鼻水が滝の如く溢れ体中がわななき嗚咽が口から洩れ、隣に座る翼さんにとにかく迷惑をかけてしまった。だから本当はすぐ謝りたかったのだけど、致命傷を負い息を引き取った二人が傷一つない光の体となって肉体を離れ、天空に輝く白光へ手を携え飛んで行くラストシーンが心をかすめるだけで迷惑野郎に戻ってしまい、謝ろうにも謝れなかったのである。ヤバイ、今もあのシーンを思い出しちゃったからまた涙が・・・・と焦るも、


「前世の翔さんは確か、クラシック音楽が好きだったんですよね」


 翼さんが阿吽の呼吸で最高の助け舟を出してくれた。自分もハンカチで双眸を抑えているのに、俺のために行動してくれたその優しさに応えねば、男が廃るというもの。俺は掌で顔をゴシゴシ擦り涙を追いやってから、カヴァレリア・ルスティカーナが使われていた驚きと嬉しさについてまくし立てていった。

 カヴァレリア・ルスティカーナという名で地球人に親しまれている3分ほどの曲は、正確には同名のオペラの、間奏曲の一つでしかない。しかしあまりにも美しい名曲中の名曲なため、カヴァレリア・ルスティカーナといえばこの曲を指すのが地球では一般的になっていた。その地球の曲がアトランティス星で最も高評価の映画の、最も大切な場面の曲として使われていたのである。驚くと共に嬉しくて仕方なかった俺は湧きいずる想いを暫しまくし立てたのち、再度の謝罪を翼さんにした。だってこういうのって本人以外は大抵、ドン引きしているものだからさ。

 幸い、己の身勝手さに1分少々で気づいたから大目に見てもらえたのか、翼さんは笑って許してくれた。そして、この映画に関する興味深い逸話を教えてくれた。それによるとこの映画を作った監督の夫は地球ではピアニストだったらしく、地球の名曲をアトランティス星の作曲ソフトで再現することを趣味の一つにしていたという。映画作りの参考になればと妻がそれを聴かせてもらったところ大層感動し、なかでもカヴァレリア・ルスティカーナは飛び抜けていた。二人はそれについて度々意見交換し、その時間は日常の一コマながら心温まる思い出となり、そんな数十年を過ごすうち、人生の幸せな回想とカヴァレリア・ルスティカーナは切っても切れない関係になっていた。そして老いを明瞭に自覚し始めた124歳のある日、夫と過ごした百余年を妻が振り返っている最中、閃きが突如脳を駆けた。それはコンマ数秒で走り去ってしまったが精巧なシナリオと台本を妻はたった数日で書き上げ、あの映画が世に送り出されたのだそうだ。


「映画は大成功し、この星で最も評価の高い作品と認知されるようになりました。それに伴い、夫が趣味で再現した地球の他の曲にも注目が集まるようになり、うち一つが・・・・」「・・・・うち一つが?」「ふふふ、内緒です」「な、なぜそんな生殺しを?」「いいじゃないですか、二本目の映画で判明するんですし」「えっ、次の二本目がそうなの!」「はいそうです。すぐ見ますか?」「見る見る、さあすぐ見よう!」「了解です。ではその前に、お花を摘みに行ってきますね」「どわっ、結局生殺しだ~~!」「アハハハハ~~」


 などとワイワイやりつつトイレに行き、用を足し身繕いして準備万端整えてから、この星で二番目に評価の高い本日二本目の映画に俺は全力集中した。

 その、約二時間後。

 エンドロールも終わり証明が灯り、5分ちょい経ったころ。


「翼さん、ラストシーンでまた大泣きしちゃってごめんなさい」


 アホな俺は一本目とまったく変わらない謝罪を、翼さんにしたのだった。

 二本目の映画は、根性物語だった。根性なんて古い、ダサい、精神論でうさん臭いと嘲笑されようが、俺にとってこの映画は生粋の根性物語だった。戦争に赴く話なため戦争映画でもあり、孤児院時代と戦士養成学校時代で全体の六割を超えるから学園物語でもあり、そして少年時代の恋が重要な位置を占めるので恋愛物語でもあるけど、全体を俯瞰すると根性物語以外あり得なかった。3歳の検査では下位0.1%に含まれていたのに根性で戦士試験に合格し、合格以降も根性で83年間努力し続け、役職のない最下級兵ながら戦場で大活躍しハイゴブリンを単独撃破して最愛の妻の下に帰ってくる、ド根性(おとこ)の物語なのだ。

 それでも地球では、特に俺が地球を去る頃の日本の子供達には、「子供じみている」と冷笑されると思う。だがそれは、十代ではなく二十代になってやっと思春期が来るような精神的に幼い集団になってしまった日本の子供達には、理解不可能なだけ。自分で自分を創造する輝力が社会常識としてあり、戦場で最も大切なのは不屈の心であることが立証されているこの星において、難局を根性で次々乗り越えていく主人公は「理想の自分」として心に映る。将来こういう人になりたいと子供が憧れ、来世はこういう人になりたいと大人が夢見る、理想の自分がこの根性の権化なのだ。

 そしてその根性漢が、未来の困難をぶちのめすべく努力している時に必ずかかる曲が、ボクシング映画の金字塔ロッ〇ーのテーマなのだから堪ったものではない。大事なことなので繰り返すが、ロッ〇ーのテーマは「努力している時」にかかる。主人公は努力によって根性を鍛え続け、そして絶体絶命のピンチの際、それをぶちのめす最強の武器として鍛え抜いた根性が登場する。二本目の映画は、こんな物語だったんだね。

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