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 ジジババが、もとい長老衆が「何だと!」系を口々に叫びゲンナリしたが、翼さんが一睨みするや静かになった。目で感謝を伝えた俺に、翼さんが頬を朱に染めて頷く。とたんにニマニマし始めた長老衆に、このジジババ共を出禁にする作戦を真剣に考えたのはさて置き、俺は縦回転と工芸スキルの関係を説明していった。「軽業の縦回転は空間認知能力を伸ばし、それが空間に複雑な図形を描く手助けをしてくれるのです」 これに気づいたのは、俺ではなく勇。あとで勇に、ジジババが静かになったことも加えてお礼を言っておかないとな。と半ば本気で考えつつ、質問の有無を皆へ問うた。案の定「どれくらい訓練すれば輝力工芸スキルを習得できますか?」と多数の子供達に訊かれた。俺は子供達一人一人と目を合わせながら、用意していた答を活舌よく伝えた。


「習得期間を左右する最大要素は、教育担当AⅠとの仲の良さだ。解る子は、いるかな?」「はい!」「ありがとう、ぜひ聴かせて」「私は今日初めて、メインAⅠのお姉さんを見ました。ここで生まれた11歳の私より翔さんの方がお姉さんと仲が良かったから、お姉さんは姿を現してくれたのだと思います。翔さんとお姉さんがニコニコ会話していたように、私もお姉さんや教育担当AⅠとニコニコ会話したいなって思いました」


 国語のテスト的には、女の子は高得点を得られないと思う。しかし俺にとっては、100点満点の回答だった。仲良くすれば習得を短縮できるのだから仲良くするといった損得勘定ではなく、純粋にニコニコ会話することを、この子は願っていたからである。「大切な友達と接するように、教育担当AⅠと接してごらん。きっと喜ぶと思うよ」 そう語り掛けた俺に笑顔で「はい!」と応え、その子はハンカチで目元を抑えた。近くに座っていた百花さんがその子の隣に移動し、優しくあやしてゆく。「颯は幸せ者だ」「おう、そんなの百も承知だぜ!」 との俺と颯の会話に笑いが湧き起こったところで、他の質問の有無を尋ねた。うん、何もないようだ。蒼君が相変わらずこちらを睨んでいるけど、挙手する意思を感じないので流して良いだろう。「以上です、ご清聴ありがとうございました」 そう結び、俺は講義を終えたのだった。


 その後、近づいてきた翼さんに謝罪された。長老衆を始めとする複数の大人達が講義出席を望んでいたため、休憩を設けて時間を稼いだこと。時間稼ぎはもう一つあり、寝殿で翼さんは戦闘服にあえてゆっくり着替え、10歳以下の子供達が峰走りの終点に集まりやすくしたこと。この二つを、翼さんは詫びたのである。二つとも薄々気づいていたし全然いいよと応じた俺に、翼さんは満開の花の笑みを零した。すると最前列中央に座っていた、頭を撫でてあげた二人の子が手を繋いでトトトと駆け寄って来て、声を揃えて俺に何かを言った。なぜ「何か」と言うと相殺音壁が急遽展開し、二人の声を掻き消したのだ。ご丁寧に口元にも蜃気楼壁を展開していたので、唇の動きを基に言葉を判別することもできなかったが、二人のオーラからだいたい想像できる。二人は5年前の、颯と百花さんだからね。よって中腰になり目線を等しくして、俺と翼さんの関係を説明しようとした寸前、


「おいお前!」


 蒼君が横から怒鳴った。「俺と翼さんは友達以上にならない」との説明を察知した上で、蒼君は俺を阻止したのか? それとも真逆の意味に誤解し、阻止したのか? そのどちらかで俺の対応は決まり、かつ蒼君への評価も決まる。よって子供達に「ごめんね」と声を掛け、俺は中腰を改めた。いつの間にか近づいて来ていた百花さんが子供達を促し、訓練場の外へ連れて行く。ジジババが「長老命令じゃ」と声を張り上げ、俺と翼さんと蒼君を除く全員を訓練場の外へ誘導している。あのお年寄り集団はただの無遠慮ジジババではなく、五家のおさたる長老だったみたいだ。心の中で長老衆と百花さんに手を合わせ、蒼君に向き直る。蒼君は奥歯を噛み締め続けていたからか顎を思うままに動かせないらしく、口の開閉を幾度もしてから語った。


「天風五家には、一部の者のみが扱える緊急メールがある。今その権利を所持しているのは、翼と長老衆のみだ。そのメールを五家に連なる者達は、今日二通受け取った。みんな素振りに出していなかったが、本当は心穏やかではなかったはずだ。戦争時以外は滅多に使われない緊急メールが、翼と長老衆の両方から送られてきたのだからな」


 緊急という語彙が用いられるレベルの特別な連絡とは思わなかったものの、二つの出来事からメールの内容を概ね想像できた。出来事の一つは翼さん自身がさっき明かしたように、戦闘服に着替える時間を必要以上に長くして外部と連絡を取っていたこと。出来事のもう一つは颯に初めて会った際、「ヤイノヤイノ言うなって長老衆になぜか命じられてな」とアイツが発言したことだ。翼さんが「私ではなく長老衆が命じたことにしなさい」などと強要するはずなく、また長老衆も独自に連絡を入れていたことから、緊急メールの内容を概ね想像できたのである。

 というように頭の中を整理していた俺に「もういいか?」と律儀に訊いてくるのだから、蒼君も根は良い奴に違いない。「待たせて悪かった、もういいぞ」 そう答えた俺に、またもや律義にしかめ面をして蒼君は話を再開した。


「一通目の翼のメールには『私達は友人以上に決してなりません。翔さんをわずらわさぬよう伏してお願いします』と書かれていた。あの翼に『伏して』を使わせただけで俺ははらわたが煮えくり返ったが、俺個人の問題だからそれはいい。二通目の長老衆のメールは、『空翔と天風翼をいたずらに囃し立てることを禁ず。理由は核機かくきと知れ』だったな」

「ちょっと待て、核機ってお前!」


 蒼君を案じるあまり俺は咄嗟に叫び、話を中断させてしまった。

 核機とは、この星特有の機密の分類。地球では一般的に、極秘や厳秘げんぴより機密の方が秘匿性は高かった。それはこの星でも同じだが、惑星全土を覆う国家を5万年以上維持してきたからか、機密の秘匿性にも三段階が設けられていた。秘匿性が高い順に、核機、極機、そして機密だ。つまり核機は国家においてこれ以上のない最高の秘密であり、然るに違反への罰も桁違いで、核機という語彙を用いた文書を軽々しくそらんじるだけで処罰対象になるほどだったのである。その「核機という語彙を用いた文書」を蒼君は軽々しく諳んじてしまったのだから、叫んだのもやむなしと言える。だがそれでも蒼君は苛立ったらしく、「俺は覚悟を決めている黙っていろ」と吐き捨てただけだった。


「緊急メールで止められようと、俺はお前が許せなかった。峰走りで格の違いを見せつけられても、上に立つ者の才に天と地の開きがあると悟っても、今もそれは変わらない。翼の心を奪ったお前が、俺は憎い。憎くて憎くて堪らない。だが・・・・」


 右へ左へ揺れる体を懸命に制御していたが、蒼君はとうとう限界を迎えた。立っている事ができなくなり、崩れ落ちたのだ。しかし矜持を振り絞ったのだろう、膝立ちの状態で蒼君はどうにか踏みとどまる。けれどもそれは、矜持も尽きたことと同義。その状態で、この男は何を吐露するのか? 今後の人生の大半を決定するそれを、せめて聴き洩らすまい。俺に出来るのは、それのみだった。

 そしてとうとうその時が訪れる。膝立ちを必死で維持していた蒼君はそれをも止め、吐露した。


「だが一番憎いのは、ふがいない俺自身だ。なあアンタ、俺はどうすればいいのだろう」

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