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「想像してみて。君達は今、巨岩がまばらに敷き詰められた土地を縦断している。岩の大きさは、直径3メートル高さ3メートルほど。タイムアタック中だから、なるべくまっすぐ走った方が好成績を得られる。よって岩を回避するより岩から岩へ跳躍することを選んだ君達は、それをするなり『峰走りより難しい』と冷や汗を掻いた。その理由は、以下の5つ。1、ぶっつけ本番なので足場を暗記しておらず、次の足場を瞬時に決定しなければならない。2、峰走りの山と異なり雪が岩を薄っすら覆っているため、雪の積もった足場を選ぶしかない時がある。3、雪の積もった足場では段違いに精密な身体操作をただでさえ要求されるのに、次の足場の距離と方角と高低が毎回違うので、それにも精密な身体操作が要求される。4と5は異なる要素が関係してくるから、後半で説明するね。という訳で1と2と3を心に刻んだ上で、さっき俺が見せた2種類の軽業を思い出してほしい。さて、今君たちが頭の中に思い描いている状況で有用なのは、どちらの軽業かな?」
「「「「無音軽業です!!」」」」
子供たち全員が一斉に答えた。長老衆のいる方角から「指導者の才も図抜けておるの」「安心して引退できるわい」「いや儂は来世に向けて鍛え直すぞ!」「なに、儂もじゃ!」「「「儂も!」」」等々が聞こえてきたけど丸っと無視し、子供達のためだけに講義を進めた。
「高さと速さを求めた軽業も戦闘に役立つと、断言できる。また輝力なしで高く速く動けるようになれば、輝力の圧縮率が同じでも、より高く速く動けるのも事実だ。けど軽業を十年以上訓練してきた俺には、断言がもう一つある。それは丁寧さと緻密さの成長に、輝力圧縮は無関係ということ。丁寧さと緻密さは、それを主眼にした訓練でのみ伸びるんだよ。そして当たり前のことだけど、この映像を見て」
右手を指し伸ばした先に、白薙を構えた戦士の3D映像が投影された。颯にそれを、頼んでいたんだね。感謝の視線を颯に送ったのち、講義前半で最も大切な言葉を子供達に放った。
「当たり前だけど俺達は二本足で立ち、二本足で移動して白薙を振る。よって足腰を丁寧かつ緻密に使えるようになれば、刃筋はいっそう厳密化する。これを、忘れないでね」
「「「「はい、忘れません!」」」」
高らかと声を揃えた子供達に、頬が緩みっぱなしになってしまった。すかさず百花さんが隣の小さな女の子に「優しいお兄さんで良かったね」と語り掛ける。するとその子は「うん!」と即答してくれて、そのお陰で場に朗らかさが満ち巧く誤魔化すことができたけど、危なかった。後で百花さんに、お礼を言っておかないとな。心にそうメモして、講義を再開した。
一応ここから、講義は後半になる。後半最初はさっき後回しにした、4と5について。まずは4からと前置きした俺は、超山脈という語彙を用いずに超山脈の環境を再度明かした。
「君たちが縦断しているその土地は、環境がとても厳しくてね。具体的には言えないけど体に輝力を巡らせて厳しい環境に対応しないと、ほぼ100%命を落とすことになるんだよ。だから速く走るためだけに輝力を消費していたら命の危機に陥り、不合格になってしまう。では、どうすれば良いのか? 長い目で見て最も有用なのは、圧縮率が低くても速く走れるようになること。その技術の一つを、君たちに紹介しよう」
こちらはさすがに颯では間に合わなかったのでメインAⅠのお姉さんに頼み、俺の峰走りの映像をスローで映してもらう。その腰を指さし、骨盤の動きの特徴を誇張してCG映像化できるか問うたところ、「お任せください」と太鼓判を押してもらえた。間を置かず再生されたCG動画は百点満点の出来で、俺はお姉さんを称賛すると共に感謝を述べた。子供達も嬉々として続いたからだろう、お姉さんは「お役に立てて何よりです」と答えるのが精一杯のようだった。
その動画を基に、骨盤にペダル運動をさせる利点を子供達に説いていく。速く走れることより、片足跳躍時のメリットに子供達は興味津々なようだ。それについてはとやかく言わず、ペダル運動は刀術の不意打ちにも利用できることを代わりに取り上げた。
「例えば骨盤を固定する方法でしばらく戦い、敵に『刀の間合いを見切った』と思わせてからペダル運動で敵に踏み込む。ペダル運動は、骨盤の動きだけで切っ先を8センチ先に届けられるから、十分な不意打ちになるんだよ」
これには年下の子供だけでなく、年長の人達も興味を覚えたらしい。とたんに色めき立った聴衆へ、ペダル運動の欠点も忘れず伝える。
「でも注意してください。ペダル運動は骨盤を固定する方法に比べて、内臓疲労が大きいんです。教育担当AⅠとよく話し合い長期計画を立て、焦らず訓練してくださいね」
「「「「はい!!」」」」
元気よい子供達の声に、ママ先生と鈴姉さんに幾ばくかの恩返しをできたような気が、不意にした。恩返しは、本人でなくとも成立する。この気づきを胸に、最後の話題へ移った。すると子供達が一斉に、悲しげな表情をした。最前列中央に座っている小学校低学年くらいの男の子と女の子は特に悲しそうだったので、地に膝を付き頭を撫でであげる。顔をほころばせた二人に「説明の後にグライダーを造る、楽しみにしててね」と微笑みかけ、俺は立ち上がった。
「足腰を丁寧かつ緻密に使い、そこに骨盤のペダル運動を加えても、ある要素に着地点をズラされてしまうことがあります。その要素は、風です。皆さんが縦断しているその土地は、横殴りの強風が頻繁に吹く場所なんですね」
お姉さんが気を利かせて、強風に煽られ着地点がズレる第五高原のCG映像を投影してくれた。実写ではなく地名も上げていないから規則違反にならないとはいえ、ありがたいの一言に尽きる。長い付き合いになるんだし今度お礼にケーキをプレゼントしよう、と頭の隅でワクワクしつつ、子供達に本命の言葉を放った。
「でも安心して。ある技術を習得すれば、風の影響はほぼゼロになるんだ。その技術は、輝力工芸スキル。このスキルがあれば風を制するだけでなく、風と友達になって一緒に遊ぶことも出来る。たとえば、こんな感じだね」
俺は工芸スキルを使い、白銀のグライダーを構築していく。着色したからか普段よりウケがよく、「パネエ!」に類する称賛をたっぷり頂戴した。グライダーが完成し「移動するので防風率を0%にします」と皆に伝え、160メートルほど離れた訓練場の隅へ駆けて行く。そして防風率を55%に戻してから、全力ダッシュ。最良の風向きだったこともあり少し走っただけでグライダーは浮き上がり、250メートル超えの滑空を子供達に見せることができた。子供達の歓声に加え、やたら野太い歓声も聞こえてきたけど、楽しんでもらえたなら何よりだ。滑空を終えた俺はグライダー解除し、皆の場所に戻ってきた。
「このように輝力工芸スキルがあれば、風と友達になって空を飛ぶこともできます。そして実は軽業で縦回転を繰り返すことは、工芸スキルの習得を助けるのです」




