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「翔さん、お願いがあります」

「うん、何だい?」


 別のことを考えていたのに醜態を晒さず正しく応じられたのは、俺が翼さんを信頼しているからなのだろう。翼さんが道理に合わないお願いをするわけ、無いからさ。


「翔さんのことですから、峰走りを介して多数の気づきを得たと思います。その中で、ここにいる皆の役に立ちそうなものがあったら、ご教授願えませんでしょうか」

「ご教授なんて大仰なものではないけど、気づいた事ならある。それで良ければ喜んで」

「ありがとうございます」


 翼さんに恭しく腰を折られ、一人を除く全員がそれに続いたという異常事態に、俺の中のヘタレ男子が過剰反応しかけた。しかしすんでの所でそれを回避できたのは、翼さんに続かなかったたった一人である、蒼君のお陰。俺如きに恭しくするのが異常なのであって、そっぽを向いた蒼君こそが正常なのだ。正常な蒼君に同調することで心の平穏を取り戻した俺は、日陰の有無を翼さんに尋ねた。この星の紫外線対策は完璧と解っていても、真夏の炎天下に女の子を立たせ続けることに、俺はどうしても慣れないんだね。翼さんも元地球人だからだろう、俺の意を素早く汲み、雨天屋外訓練場への移動を皆へ呼びかけてくれた。翼さんに案内を頼まれた颯を先頭に、雨天屋外訓練場へ総勢42人で駆ける。出発点にいたのは29人だったけど終点には41人いて、増加分の全員が10歳以下の子供だったことも、日陰への移動を希望した理由。冷房機能付きの戦闘服を着ているとはいえ、ちっこい子供は守ってあげたくなるものだからさ。

 そんな俺の胸中を、百花さんは理解してくれたらしい。雨天屋外訓練場への道すがら隣に移動して来て、終点に10歳以下の子供達がいた理由を教えてくれた。


「11歳にならないと、峰走りを許可されなくてね。10歳以下は、出発点に近づくことを禁止されているのよ」「出発点にいると我慢できなくなり、人目を盗んで峰走りをしちゃう子がいるから、とかかな?」「あはは、翔君は想像していたとおりの人ね」「どわっ! 訊くのが怖いけど、どういう事でしょうか?」「こういう環境で育つと、大勢の弟や妹たちができるよね。自分も大差ない年齢だから、その子たちの気持ちも解るわ。けど年長者として、嫌われ役にならねばならない時もある。そんな子供時代を生きてきた人の温かな眼差しでうちの子たちを見つめつつ、子供達の胸中と大人達の配慮を一瞬で看破してみせた。というところが、想像していたとおりだったのよ」「こんなに優しく賢く、そして芯の強い女性に出会えて、颯は幸せ者だ。もちろん、こんなお姉さんに育ててもらった、弟や妹たちもね」「ふふふ、ありがとう」


 その後も楽しく会話しているうち、時間経過を感じぬまま雨天屋外訓練場に着いた。上空から本拠地を一望したさい、「何の建物かなアレ?」と疑問に思ったことが脳裏に蘇る。東西300メートル南北700メートル高さ10メートルの、屋根のみで壁のない建物が、俺達の目的地だったのだ。

 風を遮らず吹き抜けるままにしている訓練場内は、クーラーなど無くとも非常に快適だった。幅20メートルのひさしの下にトイレや給水所もあるからか、翼さんは10分間の休憩を宣言。ならばすることは一つと、男子全員で連れションに出かけた。年の近い先輩方との連れションはこの星初だったため少し緊張したけど、杞憂以外の何物でもなかった。先輩方は大らかの見本、年下男子は可愛い後輩の見本だったんだね。特に10歳以下の子たちが瞳を輝かせて「僕も翔さんのような峰走りがしたいです!」「僕も!」「「「僕も!!」」」とわらわら集まって来たのは前世を思い出し、頬が緩みっぱなしになってしまった。いやホント、キラキラお目々の子供ってなぜこうも可愛いいんだろう。この子たちのためにも講義をしっかりせねばと、俺は決意を新たにした。

 そのお陰で重大な見落としに気づけたのだから、まこと後輩様々である。相談がある、と颯に小声で話しかけ休憩の輪の外縁部に移動した俺は、尋ねた。


「20歳の戦士試験の一次試験を超山脈で行うことを、俺は戦士養成学校に入学して始めて知った。ここにいる12歳以下の子たちも、それは同じか?」

「規則上は知らないことになっている。が、俺は知っていた。ただ、ここにいる12歳以下の一人一人についての情報を、俺は持っていない」


 そうかと答えて熟考に入った俺の視界に、話しかけようか止めようかを悩んでいるのが丸わかりの颯が映った。噴き出すのを懸命に堪え、自然に問うてみる。


「どうかしたか?」「ん~、それがだな・・・」「このアホ、腹をくくれ腹を」「お、お前、俺が何を訊こうとしているか分かるのか?」「ド阿呆、分かるワケないだろ」「スマン悪かった。よし、腹をくくるぞ!」「おお、ドンと来い!」 


 とのやり取りを経て成された質問は、大いに俺を助けた。予定している講義の方向性が正しいことを、教えてくれたからだ。颯は俺に、こう尋ねたのである。「戦士級の峰下りにすぐ到達したことと、超山脈第五高原で100年に1人の偉業を成したことは、密接に関係していたりするか?」と。

 それから二人で短くとも濃密な意見交換をした。濃密が功を奏し休憩終了までの3分ちょいで確かな手ごたえを得られたが、そればかりに気を取られ周囲に目をやっていなかったことは後悔した。休憩時間が終わり講義を始めるべく皆を見渡して、やっと気づいたのだ。長老衆を含む十数人の大人が、聴衆に加わっていることに。

 しかし気づこうと、もはや何もできない。このまま予定どおり、事を進めるしかないのである。それを見越してニヤニヤする長老衆を意識の隅に追いやり、純粋な年下の子供達のためになることだけを考え、講義を始めた。

 最初に選んだのは、丁寧かつ緻密な動作の重要性と、それを伸ばすための訓練の特異性だった。俺は輝力無しで、連続バク転からの後方三回転三回捻りをする。ありがたいことに子供達に大ウケし、盛んに拍手してもらえた。「どーもどーも」と応えて笑いを取ってから、俺はそれをひっくり返した。


「高さと速さを追い求めた今の軽業も20歳の戦士試験に役立ちますが、もう一方の軽業と比べたら、まあまあ役立つ程度にすぎません。20歳の戦士試験に直結する極めて有用な軽業は、高さと速度を追い求めたものではない。それは、丁寧かつ緻密な軽業です。個人的に無音軽業と呼んでいるそれを、今からします。耳を澄まし、音をよく聴いてくださいね」


 場が静まるのを確認し、定点バク転を無音で始めた。「え?」「音がしなくない?」「バカ、静かに」という、子供達の会話がすぐ聞こえてきた。俺は頬をほころばせると共に、己に気合を入れ直した。子供達の未来がかかっている、最高の手本を見せるぞ!

 丁寧さと緻密さを一段引き上げ、音のみならず地面に伝わる振動も減少させる。防風壁を展開していないため風切り音はそのままでも、手と足の着地時の音を可能な限り消してゆく。子供の一人が、「空中で風車が回っているみたい」と呟いた。同意の首肯をする多数の気配が伝わって来て、機は熟したと判断した俺は、伸身しんしんの後方一回転一回捻りをして着地する。最後は技術を総動員し、羽がふわりと舞い降りるかのように着地したので拍手喝さいを浴びることが出来た。照れつつ頭を掻き、右へ左へ体を向けて「どーもどーも」と応えたところ、前回以上に笑ってもらえた。俺は大満足し、最前列に並ぶ子供達一人一人と目を合わせながら語り掛けた。

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