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 虎鉄に重要性を教えてもらった筋力のみの100メートル走は、翌日から始めた。午前の訓練の最後に行った第一走の記録は、17秒2。このタイムが前世の日本人の何歳にあたるかが分からず、ダメもとで美雪に訊いてみたところ、小学6年生の男子の平均タイムとの事だった。驚きのあまり口をあんぐり開けた俺に、「母さんが教えてくれたの」と美雪はころころ笑う。あの女神様にとってこの星と地球を隔てる6万光年の距離など、きっと無いに等しいんだろうな。

 ちなみに高3男子の平均タイムが14秒と知っていたのは「生涯で足が最も速いのは18歳らしいぞ」「マジかよ」との会話を、高3の体力測定で皆が熱心にしていたからだ。野郎共は「体育ダリ~」と文句を垂れつつも、100メートル走のタイムだけは少しでも良くしようと、目の色を変えていたものだった。

 対して平均身長の方は、孤児院で小さい子たちの身長をよく計ってあげていたから、そこそこ詳しいと思う。2歳から10歳まで身長がだいたい毎年6センチずつ伸びるのは、男女とも同じだね。この星の平均身長が日本人より20センチ高いのは、20歳まで身長が伸び続けるからではないかと俺は予想している。しかも110歳まで老化が訪れないなんて、ありがたい限りだ。

 などと考えつつ筋力のみの100メートル走の二本目を走り、午前の訓練を終えた。


 午後の訓練は9人の仲間達と、昨日の強敵にひたすら挑み続けた。それは翌日も同じだったが、3月12日に変化が訪れた。

 昼休みを経て臨んだ午後の訓練の冒頭、俺は心の中で俯いた。ずっと一緒に戦ってきた9人の仲間の1人が、別の子に代わっていたのである。またそれは、今日から数えて9日間続くと美雪は説明した。3日前に感じた別れの悲しみは、やはり正しかったんだな。


 新メンバーの男子が入ったゴブリンとの初戦を、俺達は黒星で終えた。新メンバーが秒殺されたことによって生じた数的不利を、最後まで覆せなかったのである。といっても敗北は慣れっこだし、何より自分のミスのせいで分隊に無数の黒星を付けてきた俺が、彼を糾弾するなどあってはならない。俺達は気持ちを切り替え、次戦に臨んだ。

 しかしその戦闘も、まったく同じ理由で負けることになった。こうなると、気持ちを切り替えるだけでは不十分になる。皆で意見を出し合い、対策を練らねばならないだろう。俺達は戦闘を分析し、彼を一列横隊の左端にする等の変更を施した。また皆で彼に声をかけ、雰囲気が悪くならないよう心掛けて3戦目を始めた。

 が、結果は敗北。かつ理由も同じとくれば、雰囲気も悪化するというもの。幸い悪化は微々たるものだったので3連戦後の小休止を利用し、俺と亮介君と冴子ちゃんは雰囲気改善に努めた。しかし9連敗を喫した3度目の休止中、「お前いい加減にしろよ!」との怒声が、訓練場にとうとう響いたのである。

 怒声を放ったのは、新メンバーの代わりにいなくなった男子と、特に仲良くしていたヤツだった。ただしそいつは、友人の代わりにやってきた彼を目の敵にするような、そんなちっぽけなヤツではなかった。積極的に話しかけ、彼が分隊に早く溶け込めるよう最も気を遣っていたのは、そいつだったのである。だが振り返ると、それこそが一番の間違いだったのかもしれない。人には、性格の相性がある。いなくなった男子と怒鳴ったそいつは、どちらも前向きで社交的な性格だった。それに対し新しくやって来た彼は、人との関りをなるべく避けようとする、後ろ向きに考えがちな性格をしていた。それでも彼は俺達に溶け込む努力を当初していて、その努力を俺達も称えて仲良くなろうとしていたのだけど、状況は彼に味方しなかった。たとえ彼が秒殺されても戦闘に勝てていれば彼の心労は少なかったに違いなく、よって俺達と仲良くなろうとする努力を、もっと続けられたと思う。だが実際は黒星ばかりで彼の心労は増え続け、余裕がどんどん無くなっていき、そしてとうとう彼は、勝つ努力と仲良くなる努力の両方を放棄してしまったのだ。かくして「お前いい加減にしろよ!」と声を荒げる隊員が出るほど、関係が悪化してしまったのである。

 その後、長時間の話し合いを設けるも、彼は決して態度を変えようとしなかった。そんな彼に(くだん)の隊員が殴りかかった瞬間、9人の3D映像が消える。訓練場にただ1人残された俺は、これは独り言だから返答はいらないよと前置きして呟いた。


「僕はそろそろ、温室にいられなくなるんだね」


 そうこの訓練場は、温室だった。最高品質の設備と食事と戦友達を、俺は労さず与えられていたからだ。幼稚園児までならそれで良いのだろうが、ここと戦場は環境に差がありすぎる。年齢が上がるにつれ差を段階的に減らしていくのが理想であり、そして小学校に入学する年齢の4月は、おしらくその最初の節目なのだろう。俺はそれに、やっと気づいたんだね。

 とはいうものの、この星の学校制度を俺はまるで知らない。だがそれについて話すことを、美雪は禁じられている。4月1日に俺が体験することは、学校制度と大いに関わるはずだからだ。したがって美雪を苦しめぬよう、俺は素早く立ち上がった。


「姉ちゃん、返答はホントいらないからね。それよりも、これからどうしようか。新しい子が来た場面から仕切り直す? それとも今日は不合格決定で、これ以降は自主練になるのかな?」

「翔、希望はある?」

「可能なら仕切り直したいな。これまでの仲間達が残っているうちに、誰とでも分隊を組めるように少しでもなっておきたいからさ」


 そうこれは、3Dの虚像ではない生身の人達と分隊を組むための訓練と考えて間違いない。訓練場にずっと籠ってきたこの生活は、きっと今月で終わるのだ。そうはいっても段階を踏ませてくれるはずだから、心配はさほどしていないけどさ。

 その証拠に、仕切り直して再挑戦したいという希望を美雪は叶えてくれた。成長するほど柔軟な対応が可能になることに、人と社会の区別はないのである。

 仕切り直しの初回、俺は新メンバーと積極的に関わった。そのさい心がけたのは、自分のせいで分隊が負けた経験を俺も無数にしてきたことを、相手にさりげなく伝えることだった。伝える前までは「さりげなくって具体的にどういうことなんだ、ああ分からない!」などとパニックになっていたが、そこはいわゆる案ずるより産むが易し。分隊敗北の責任と罪悪感に押しつぶされそうな彼を見たとたん、俺は自然な足取りで近づいていき、彼の丸まった背中を朗らかに叩いていたのだ。


「みんな底抜けにいいヤツだから、一番悔しがっている人を責めたりしない。僕のせいで100連敗以上してもそうだったんだから、君も大丈夫だよ」


 彼は顔を上げるも、それでも悲痛な表情で「ゴメン」と皆に詫びた。そんな彼の背中をビシバシ叩きつつ「なんだよそれ、僕とまるっきり同じじゃん!」と俺はゲラゲラ笑った。ノリの良い皆が、それに乗っからない訳がない。亮介君が「ううん、翔君の方が何倍も酷かったよ」と訂正するや、怒涛の俺イジリが始まったのだ。


「そうだそうだ、お前の方がよっぽど酷かったぞ」

「気にするなって言ってるのに、この世の終わりのように落ち込みやがって」

「そうね、気落ちする翔君を立ち直らせるのは、大変だったわ」

「そうそう冴子ちゃんはよく、立ち直りなさい軟弱者って切れてたもんね!」

「み、みんな酷い! 事実ばかりをバラさないでよ!」

「なんだよ自覚あるじゃん!!」

「「「「ギャハハハハ~~~!!!」」」」 


 てな具合に、皆が俺をイジリ倒したのである。でも最後は彼も大笑いしていたから、これで正解だったんだろうな。

 皆のアドバイスに耳を傾け、真摯に実践した彼は、戦闘不能になるまでの時間を確実に伸ばしていった。そして遂に彼は引きつけ役をまっとうし、分隊に白星をもたらす事となる。俺たちは全員で彼を胴上げした。そしてその光景をもって、9人の仲間達が消える。美雪が早口で命じた。


「今すぐ生活スペースに戻り、今日のレポートを書きなさい」


 胴上げされ嬉し涙を流す彼が目に焼き付いているうちに、今日の学びを文字にしておきなさいという事なのだろう。了解と応えた俺は体育館へすっ飛んで行き、客観と主観を時系列で書き連ねてゆく。整理された記憶が発見と推測を次々生み出し、レポートは想像以上の難敵となった。

 もちろん食事と入浴をしっかりこなした上で、就寝前に完成させたけどね。

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