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それはさて置き。
垂直に形成した平らな防風壁を、最初は体と同サイズの縦長の長方形で展開した。そのサイズでも速度をグッと落とせたが、安全な着地には程遠い。よってその準備として、長方形を台形に変えた。頭の方の幅を広く、足の方の幅を狭くしたのだ。すると空気抵抗の大きい頭は後ろへ、抵抗の少ない足は前になった。足の裏を先頭に、進んで行くようにしたんだね。よし、準備完了だ。俺は空中で脚を踏ん張る姿勢になり、続いて足の裏に大きな防風壁を展開する。その途端、
グワン
巨大な空気抵抗を脚に感じた。それでも脚を踏ん張り、防風壁を更に拡大。脚が悲鳴を上げそうになるも、このまま峰に直撃するより断然いい。渾身の力で脚を踏ん張り続け、それに伴い速度も急低下。頃合いを計り防風壁を再び台形にして、空気抵抗の差で姿勢を制御する。ほぼ真横だった体を縦に近づけ、足の裏で岩に着地できるようにしていく。初めての試みだったが本番に強いスキル(?)が働いたのか、サーフボードに乗る要領で目指す岩へ降下していった。さてそろそろ、最後の仕上げだ。岩まで5メートルを切るや64圧を発動し、時間の流れる速度を8分の1にして最終調整。調整は巧くいき俺は目出度く足の裏で岩に着地し、
ダンッ
そのまま岩を蹴り、再び走り始めたのだった。
改めて振り返ると、空にジャンプしたのは時間の無駄だったかもしれない。自動車レースにおけるドリフト走行のような、派手さはあっても時間をロスしてしまう方法だったのかもしれない。だがたとえそうだとしても蒼君に負けるような大きなロスではないし、何よりあのジャンプのお陰で俺も体も「ヒャッハ――ッ!!」になれたのだから、あれで正解だったのだ。
いやホント、これは嘘ではない。この峰走りはヒャッハ――ッと、相性が非常に良かったのである。足場となる岩が5メートルから15メートル間隔でバラけて並んでいるこの峰を、俺達は岩から岩へ跳躍して走る。そうそれは日本のアニメで散々見てきた、忍者や超能力者だけに許される夢の走りだったんだね。これをヒャッハ――せずして、何をヒャッハ――するのか。「この宇宙は、義務で嫌々するより楽しんだ方が、好記録になるよう最初から創造されているんだ!」との宇宙法則を隠れ蓑に、俺は心の中で雄叫びを上げまくっていた。
雄叫びを促す要素は、他にも二つあった。一つは、絶景。茶色い巨岩の連なる標高1千メートルの峰から見る景色の、なんと素晴らしいことか。右側の眼下1千メートルに真っ青な海がどこまでも広がる光景に、俺はワクワクしっぱなしだったのである。超山脈とは異なり豊かな緑が山肌を覆っているから、空気も美味しいしさ。
雄叫びを促す要素の二つ目は、前世の高校時代に編み出したペダル走法を存分に使えることだった。ペダル走法とは、大腿骨と骨盤の結合部分に自転車のペダルの動きをさせる走法。自転車のペダルは、右足が地面に最も近づいたとき、左足は地面から最も遠い場所にある。これと同じ円運動を結合部分にさせることにより、脚の前後動作と上下動作を助け、記録短縮を図る。これが、ペダル走法だね。そしてこの走法と峰走りは、相性が非常に良かったのである。
たとえば右足で岩を踏みしめ、跳躍したとする。このとき骨盤を固定して跳躍するより、骨盤の右側部分も下へ押し下げて跳躍した方が、飛距離を稼げる。前者は脚力のみなのに対し、後者は骨盤周りの筋肉も動員できるからだ。つまり同じ距離を跳躍しても後者はより少ない筋力負荷になるため、軽快にピョ~ンピョ~ンと跳べるということ。この軽快さこそが、忍者走りや超能力走りの醍醐味。かくなる理由により前世の中二病も刺激された俺は「ヒャッハ――ッ!!」と、心の中で叫びまくっていた。
そうこうするうち、東山の終点が近づいてきた。終点で峰は西へ直角に折れ、北山に続いている。ただ直角と言っても、それは岩の先端部分だけ。峰の北東と北西の隅にはひときわ巨大な岩が鎮座し、コの字型の山脈の内側を、茶碗の内側のような美しい曲面しているのだ。先端の直角部分を走るなら時速10キロ以下に落とさねばならぬが、その下の曲面部分なら時速500キロでも可能とのこと。重力に逆らい体を斜めにして、いや斜めどころか地面とほぼ平行にして、駆け抜けることが出来るのである。湧きいずる中二病にニマニマするのを、俺はどうしても止められなかった。が、
「さて、どの走行線を選ぼうか・・・」
胸中ではなく口を動かし、俺は真面目顔で呟いた。あの曲線部分を、俺は走りたくてたまらない。壁と大差ない急勾配でも、高速で走れば遠心力が生じ、落下せず駆け抜けられる。地球では夢物語でもこの星では可能なのだから、ぜひ走ってみたい。そう願って当然だし、現に颯と百花さんと蒼君もあの曲線を走っていた。もっとも駆け抜ける場所、つまり走行線には微妙な違いがあった。走行線とは、無数の戦士の卵が高速で走ることによって岩に刻まれた、足跡の線。硬い花崗岩といえど800年間も人に踏まれていたら、窪んでしまいましたって事だね。
ちなみに窪みは、ここに来るまでの岩にもあった。ただ定期的に補修されているらしく、走行に支障をきたす深さにはなっていなかった。それでも補修部分は色が違うため容易く見極められ、今日が初挑戦の俺にはとてもありがたかったな。
話を戻そう。
巨岩内側の曲線は、峰から離れるほど急勾配になる。よって速度を出せない人は勾配の緩い峰の近くを駆け、速度を出せる人は峰から離れた勾配のキツイ場所を駆ける。颯と百花さんと蒼君で峰から最も離れたのは颯、次が百花さんだった。颯と百花さんの峰走りの記録は、445秒と450秒。ただの勘だけど俺は今のところ、颯を抜くペースのはず。ならば颯より峰から遠い走行線を選ぶこともできるが、離れるほど斜面を駆け上がる距離も増え、そしてそこに時間をロスする罠が潜んでいた。繰り返すが峰から離れるほど駆け上がる距離が、即ち走行距離が増えてしまうんだね。また曲線部分を通過したら、遠心力を得られなくなるのも無視できない。可変流線型による空気抵抗で体を岩に押し付ければ、遠心力がなくとも峰に戻れると思うが、多大な時間のロスを覚悟せねばならないだろう。つまり長くなったが何を悩んでいるかと言うと、三本の走行線のどれを走るかを決めかねていたということ。
「颯の走行線にするか。初めてなので余裕をもって百花さんの走行線にするか。それとも、颯の一つ下の走行線に挑戦するか。う~ん、悩むなあ・・・」
などと悠長に構えている時間が、そろそろ無くなってきた。俺は意を決し、颯の走行線を選択。それ以外を頭から除外しそれのみを見つめ、線上を正確に走って行った。




