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『戦闘順位一桁の生徒は周囲のやる気を促進し、学校全体の成長率を高める傾向がある。よって9人は九つの学校に大抵バラけさせられ、戦闘順位1位の颯と2位の百花さんも仕方ないと諦めていたが、予想に反し2人は同じ学校になった。2人はもちろん驚喜し、そして自分達以外にも一組のカップルが同じ境遇になったことを知った4人は、理由の解明を始めた。解明できれば戦闘順位一桁内のカップルの、光明になるからだ。当初4人は自分達に理由があると推測していたが、糸口を一つも見つけられなかった。ならばと外部へ目を向けたところ、興味深い情報を二つ得た。一つは、13歳の試験合格者平均2人の孤児院で、合格者が50人出たこと。そしてもう一つは、50人合格の立役者の生徒と同じ学校になるよう、マザーコンピューターに直談判した戦闘順位二桁の生徒がいたことだった。この二つから、4人はこんな仮説を立てた。「立役者の生徒は、次の戦争までの約90年間で大勢の戦士を成長させる。その合計成長率が莫大であるため自分達4人の役目が相対的に減じ、学校を同じにしても大差ないと判断された」 4人は仮説を検証すべく、立役者の情報を集めた。孤児院で仲間達に教えていたことを、戦士養成学校の仲間達にも教えていること。5月1日の男女合同挨拶の動向。初合宿の記録と行動。そして孤児院の元仲間の50人と現学校の仲間達の、最新の戦闘順位。これらを可能な限り集め精査した結果、仮説はほぼ正しいと4人は思うようになるも、予想外のことが起き、仮説は100%正しいと確信するに至った。その予想外のことこそが、翼さんの変化だった。しかしそれについてヤイノヤイノするのを長老達になぜか止められているのでヤイノヤイノはせず、黙ってニマニマするだけに留める合意が、ついさっきここで成立した。という訳でよろしくな、例の立役者!』
最後の「よろしくな、例の立役者!」の箇所は、元々ここにいた29人の子供たち全員が笑顔で声を揃えてくれた。各学年のトップ10は亮介と戦闘訓練を受けていて、この巨岩の下にいた29人は11歳から18歳までの八学年。よって全員が亮介の戦友でもおかしくなく、そしてそれが、皆が初めから俺に好意的だった理由なのかもしれない。亮介と最後に言葉を交わしたのは、かれこれ6年以上前。またアイツと肩を並べて戦いたいな・・・・と湿っぽくなるのは、今は脇に置いて。
「そんで翔は、蒼と峰走りで決闘するんだって?」
颯がニヤニヤしつつ俺に訊いてきた。俺に決闘を挑んだ少年の名前は蒼君だったんだな、と密かに合点して答える。
「うん、そのつもり。二番目に走っていいって、ハンデをもらったよ」
ふむふむそうか、と颯は相槌を打ちつつ蒼君に近づき、交渉を始めた。皆に聞こえるよう最初から意図して行われたそれは、颯と百花さんが俺の前に走ることを蒼君に認めさせる交渉だった。「翔にアドバイスは一切しない、ただ走って見せるだけだ」「私と颯は翔君にとても感謝しているの。蒼、お願いできないかな?」 百花さんも途中から交渉に加わったとくれば、蒼君に勝ち目はない。といっても蒼君は颯に反対するつもりが、元々なかったみたいだけどね。
かくして交渉は成立し、走る順番は蒼君、颯、百花さん、俺になった。「翔君、双眼鏡を使う?」 百花さんがそう訊いてきたけど、自前の目だけで大丈夫と断った。平野中央から北へ500メートル移動すれば最も遠い峰は「富士山麓オウム鳴く」を二倍してちょい増やし、46の二乗は2116だから4.6キロ未満。眼球に輝力を集めた上で集中スキルを発動すると、視力を最大5倍良くできる。元々の視力20を5倍して実質視力100にし、4.6キロを100で割ると46メートル。つまり視覚的な彼我の距離は、最大でも46メートルにしかならない。その上で手本を三度見れば、危険な箇所はだいたい把握できると思ったんだね。したがって、より重要なことを質問した。
「俺は輝力工芸スキルを持っててさ。防風壁は使用可でも、最後の斜面を滑空するグライダーは使用不可とか、あったりする?」「どわ、お前のグライダー見てえ!」「ちょっと颯、誤解させるようなこと言わないの! 翔君、防風壁は使用可でも滑空用のグライダーは使用不可ね。ただ例外が一つあって、下山時の減速のためならパラシュート形状の防風壁を使える。もっとも、飛行して距離を稼ぐのは不可だけどね」「百花さんありがとう。颯、後でグライダーを見せるよ」「おお、お前は話の分かる漢だな!」
などとワイワイやる俺ら三人を、蒼君はどことなく寂しげに見つめていた。ひょっとして蒼君は、亮介と戦闘訓練をしたことがないとか? との可能性に気づいたことが顔に出ぬよう、俺はそれを頭の隅に追いやった。
俺からの質問はもう無く、ならば決闘開始という運びになった。第一走者の蒼君の出発は、3分後。俺はハンデをもらった時から考えていたように、巨岩と寝殿を結ぶ直線道を寝殿に向かって走ってゆく。稜線を隈なく見渡す最良の場所へ、移動したんだね。西山南端の斜面が死角になるのは、玉に瑕だけどさ。
視力を上限まで高めたところ、峰の北東隅と北西隅の石ころを数えられるようになった。手の指を立ててそれを数えるクイズなら、満点確実のはずだ。満足し息を一つ吐いたところ翼さんが北東の隅を指さし「4キロ半と少し離れた峰の最遠部が、翔さんにはどう見えているのですか?」と尋ねてきた。立てた手の指を数えるクイズなら満点確実かなと答えたところ、翼さんは左手首のメディカルバンドを口元に寄せた。
「冴子さん、北東隅の峰に3D映像を投影できましたっけ?」「要救助者の位置を矢印で表示する装置を使えば、手の指くらいなら可能ね」「翔さん、聞いてのとおりです。指を数えてみませんか?」「面白そうだね、了解!」
時間がないのだろう、了解と言うなり手だけがポンと映った。峰から1メートル半ほどの場所に右手だけが漂っている光景に、「怪奇現象かよ」と胸中突っ込みつつ答える。
「右手の人差し指と中指で、ピースしているね」「正解です。次は?」「それに薬指を加えた、三本」「正解です。時間がないのでこれが最後です。どうですか?」「あはは、足の裏も映せるんだ。左足の親指と小指だけが立っているよ。あんな器用なこと、俺できるかな?」「あのですね翔さん、着眼すべきはそこじゃなくて・・・・」
目と目の間を指で揉み始めた翼さんが演技しているとも思えず、オロオロし始めた丁度そのとき、出発地点の東山の方角に残り10秒のカウントダウンが映し出された。「翼さん、もうすぐ始まるみたい」「蒼の峰走りなど反面教師にしかなりませんが、了解です」 なかなか辛辣な翼さんに、幾度目とも知れない蒼君への同情心が心をよぎる。彼をどうすべきか、颯と腹を割って話さないといけないのかもな。などと考えているうち、
ギュン
計算間違いをしていたので修正しました<(_ _)>




