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「肩を抱いて支えるのではなく、手を取り互いに支え合う。母のこの言葉を、胸の中に生涯留めなさい」


 承知しました、生涯留めます。そう応えた俺にぞんざいに首肯し、母さんは翼さんの隣に座り肩を抱き寄せた。抱かれた肩をピクンとさせ、次いで瞼を開けて翼さんが母さんに顔を向ける。その目を大きく開くも、瞼は再び降ろされた。母さんが翼さんの頭を傾けさせ、自分の頭に添わせたからだ。仕組みは解らないが、今の母さんは翼さんを物理的に支えられるらしい。母さんが翼さんの肩を、子供をあやすように優しく叩いてゆく。

 翼さんの表情がみるみる柔らかくなっていくのを、こころ静かに俺は見つめていた。


 翼さんが笑顔を取り戻したのを見届け、母さんは元の次元に帰って行った。

 翼さんと目が合い、互いに笑み崩れる。わかるよ翼さん、母神様の愛に触れたら、笑顔以外の表情になんて絶対ならないよね!

 というふうに俺と翼さんは想いを一つにできたけど、少し離れた場所にいた五人は違った。率直に言うと皆さん腰を抜かし、尻餅を付いていたのだ。でも冷静に考えたら、それで当然なのだろう。闇王の放つネガティブを1万とするなら、さっき母さんが放っていたポジティブは、1億くらいだからさ。

 長老衆の腰が落ち着くと、次は仰々しいやらゲンナリするやらの時間になった。石畳に正座し手を合わせ、母さんがいた場所を熱心に拝む五人の姿に、昭和を覚えている俺は「ナンマイダ~ナンマイダ~」をどうしても充ててしまう時間が訪れたのだ。農作業用の色あせた野良着を着た年寄り五人がすぐそこで「ナンマイダ~」を唱えている気が本当にしてきた俺はとりあえず五人の前に膝をつき、そんなふうに拝まれても母さんは喜ばないことを伝えた。だがその直後、激しく後悔することになった。「翔様は星母様の御子息様であらせられまするか」などと、この上なく阿呆なことを五人が宣い始めたのである。「御存じのとおり血縁はありません」「いやしかしお二人に確たる親子の情を我々は・・・」という無意味な会話をゲンナリ顔にならぬよう苦労しつつ交わしていたところ、


「翔さん」


 翼さんに呼ばれた。地に足がしっかりついたその声に、論より証拠との言葉を思い出した俺は、聴く姿勢を整える。翼さんは長老衆の疑問を、俺に代わって解いてくれた。


「時間がかかっても私も星母様を、母さんと呼べるようになります」

「翼さんならきっとできる。母さんもそれを望んでいるはずだから、願いを叶えてあげて」


 翼さんの教育担当AⅠになった冴子ちゃんと、冴子ちゃんの親友の美雪も母さんって呼んでいるから、翼さんもすぐだよ。そう付け加えたら翼さんは意表を突かれた顔をしたのち、天真爛漫に笑った。その笑みは無垢極まりなく、前世の幼い妹達を思い出した俺は、ふと気づくと翼さんの頭を撫でていた。しかしそんな大胆なことをしているにもかかわらず自分の行為を不思議と納得していて、翼さんも撫でられることをいたく喜んでいたから、まあいいかなと俺は考えている。

 長老衆と俺と翼さんの七人で三ツ鳥居に今一度手を合わせて、仮陸宮を後にした。ただ帰りは行きと異なり、困ったことがあった。「先ほど我らは露払いをしたのみ」「「「そうだそうだ~」」」などとほざき、長老衆が頑として前を歩こうとしなかったのだ。翼さんもコロコロ笑うだけで今回は助けてくれなかった事もあり、結局諦めるしかなかった。20代に見えても実際は120歳を超え内一人うちひとりは130歳の、お迎え寸前の老人五人組のはずなのに「「ワイワイ」」「「キャイキャイ」」が背後からずっと聞こえてきて、俺は諦めたことを少なからず後悔していた。けど空を仰いだ際ふと、


「行きと違い、杉たちの眼差しが柔らかい気がする」


 そう漏らしたように、杉の気配が変わったことは嬉しかった。「行きも、厳しい眼差しではなかったと思いますが」「うん、翼さんへはもちろんそうだったよ。そこに俺も加えてもらえたような、そんな感じかな」「むむ、それは聞き捨てなりませんね」「いやいや翼さん、よく分からないけど戦闘モードにならなくていいから」 という、よく分からずともほんわかした会話を翼さんと交わしたのは楽しかった。が、そんなやり取りを重ねるにつれ背後の「「ワイワイ」」「「キャイキャイ」」が騒がしくなっていったのは、ゲンナリせずにはいられない俺だった。

 行きと同じく仮陸宮の敷地を出てからは、寝殿まで走った。両側に水田が広がり、青々とした稲が風にそよいでいるこの道は、改めて見渡すと大斎原おおゆのはらの参道にそっくりだった。巨大な鳥居がないから、行きは類似性に気づかなかったのだろう。可能なら稲の茂るこの季節に毎年ここを訪れ仮陸宮をお参りしたいと、俺はしみじみ思った。

 寝殿に着くや執事さんとメイドさんに再び出迎えられ、面食らった。しかし違和感を覚えよくよく拝見したところ、執事さんが五人メイドさんが十人に増えていただけでなく、顔ぶれが一部変わっていた。若い執事さんがいなくなり21歳以上に見える執事さん四人が加わり、そしてそれはメイドさんにも当てはまるみたいだったのである。五家の執事長とメイドさんのトップ2が勢ぞろいしたとか? との思い付きを「そんなの無い無い」と、俺は内心冷や汗を掻きつつ否定していた。

 所作の洗練度とシンクロ率が前回とは明らかに異なる計15人の執事さんとメイドさんに「そんなの無い無い」を現実逃避と認定せざるを得なくなった俺が案内されたのは、あろうことか北のたいだった。神殿の東西と北に設けられる対は、平安時代は当主の家族の住居だったはず。東西と北に格の違いが有ったような無かったようなだけど、寝殿の母屋に生活の気配はなく、この北の対にはかつて人が生活していた気配が残っていることから、五家の筆頭当主が暮らしていたのかもしれない。そこに案内され、ご自由にお寛ぎくださいとメイドさん達に微笑まれただけでもパニック寸前になったのに、


「翔さん、楽な室内着に着替えますか?」


 と、なぜか上機嫌の翼さんに肩の触れ合う距離でテキパキお世話されたとくれば、気が遠くなりかけたというのが本音だった。何より、意識すまいと必死になっているから意識していない演技を継続できているが、お参り前までは50センチ以内に近づかないと鼻腔をくすぐらなかった涼しげかつ甘やかな香りが1メートルでもくすぐるようになったことが、正直言って限界寸前だったのである。何がどう限界で限界を突破したら何がどうなるかは分からねど、とにかくこの部屋に二人っきりでこれ以上いてはならないことだけは痛いほど確信した俺は、


「峰走りに今から挑戦してみてもいいかな?」

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