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 まず無いとの予想は当たり、執事長に先導され寝殿内に足を踏み入れた。俺は日本家屋が基本的に好きだけど、天井が低いのは減点要素になっている。その天井の低さが皆無の寝殿は俺の憧れと言って良く、郊外の広大な土地に寝殿を建てて住む妄想を、若い頃はしばしばしたものだ。中高年になったら里山の暮らしに、憧れたけどね。

 再度それはさて置き、寝殿内を見渡した俺は、


「ああやっぱり長老衆は当主ではなく、当主代理的な位置づけなんだな」


 と心の中で呟いた。すだれで仕切られた母屋もやの中に人はいても、自分の場所に客を迎え入れるという気配を感じない。11年前の戦争で五家の当主が悉く亡くなり、今は五人の長老が長老衆として代理を務めている。長老衆にとって()この母屋は、招き入れてもらえる格上の場所なのだ。そんな空気を、俺は感じたんだね。

 執事長が簾の開口部の脇へ移動し、腰を折り左手を開口部に差し伸べる。寝殿内の所作は知らねど、廊下に膝をつき襖を開け、座布団ににじり寄るような事はしなくていいはず。だって襖も座布団も、ここにはないからさ。

 簾の開口部前で軽く腰を折り、母屋に左足を踏み入れる。寝殿内に入るさいの翼さんに、倣ったのだ。堂々でも卑屈でもない姿勢を心がけ長老衆と目を合わさず、歩を進める。上座の五人の長老衆は、三人が男性で二人が女性。一段高い場所を設けたりせず、畳の上に男性は胡坐をかき、女性は正座で座っている。その中央の男性に正対する3メートル手前に正座し、畳に手をつき腰を折る。長老衆全員の首肯を気配で察してから堂々と上体を起こし、中央の男性と目を合わせた。男性の容姿は、20代終盤。残り四人は後半から中盤だが、年齢は席次を決める基準ではないはず。正面の男性が五家筆頭、もしくは翼さんの祖父か曾祖父なのだろう。亮介の面影をはっきり感じる男性と目が合うなり、胸がほっこり温かくなった。俺達はどうやら、相性が良いみたいだ。男性も似た感覚を抱いたらしく柔和な気配が生まれ、四人もそれに同調した。母屋に朗らかな空気が漂う。その空気を肺に納め、男性が口を開いた。


「翼の祖父、天風(いさお)だ。五家の序列は固定されておらず、儂が中央にいるのは翼の祖父だからに過ぎない。我らにとって翼はそういう存在なのだと、理解して欲しい」


 承知しましたと頭を下げたのち、残り四人に簡単な自己紹介をされた。俺も空翔ですと名乗ったが自己紹介は年齢と、戦士養成学校の生徒であることのみに留めた。俺のことなんて、調査済みに違いないからさ。

 との油断を、突かれたのだろうか。自己紹介が終わるや長老達は顔を引き締め、男性陣も正座に座り直した。そして一斉に、俺の左後ろへ顔を向ける。視線の先にいるのは、翼さん。張り詰めた空気に一変した寝殿内に、功さんの厳格な声が響いた。


「当主代理以上でない限り決して耳にしない名を、翼は五家の歴史初の特例としてこれから聴く。然るべき時が来るまで、その名への一切の詮索を禁じる。翼、誓えるか」


 誓えますと即答した翼さんに頷いた長老達が、正した姿勢を更に正した。その姿に「ああなるほど」と閃いた俺は、息子として対応する気概に切り替える。目を剥いた長老達を代表し、功さんが辞を低くして述べた。


「我ら一同、星母様の意向に従います。翔殿へいかなる干渉もしないと、誓います」

「承りました。母から伝言を授かっています。『感謝します』だそうです」


 長老達が一糸乱れず平伏する。俺も畳に手を付き、頭を下げた。

 その後、少々困ったことになった。長老達が身を起こすまで俺も身を起こさないつもりでいたところ、いつまで経っても同じ状況が続いたのである。頭頂側から伝わって来る気配によると、長老達は俺が身を起こすまで絶対に身を起こさない覚悟でいるらしい。それは俺ではなく母さんに捧げた敬意の現れなのだから俺の一存でどうこうしてはならないと思う反面、どうこうする最適任者が俺なのも事実だった。息子として伝言を授かった俺が母さんの代理になるのが、最も順当だからね。

 しかしだからと言って、代理になるのを躊躇する時間は無駄ですから一瞬たりとも躊躇しませんとばかりにすぐ代理になったら、コミュ力欠損者の疑惑を掛けられて当然と言える。葛藤を経て先に身を起こすも、こんな未熟者が代理を務めて申し訳ございませんとしおらしくしているのが、処世術というものなのである。前時代的でくだらないと侮蔑する若者は、多いかもしれないけどさ。

 という人間社会のしがらみ的なことを承知していても、二つの理由によりすぐさま身を起こすことを俺は躊躇っていた。理由の一つは、アトランティス星の大統領をも超える権威の持ち主の代理を、俺は務めるからだ。いかに代理とはいえ軽々しく振る舞ったら、星母様の権威に傷がついてしまう。そんなの命に代えても、阻止せねばならぬのである。

 理由のもう一つは、翼さんの祖父を含む年長者達の意志に協力したいからだ。天風家を筆頭とする名家は、人類絶滅回避に多大な貢献をしてきた。貢献の代償は甚大で、天風五家の当主という非常に優れた戦士達が先の戦争で五人全員亡くなっているのも、代償の大きさを如実に物語っているだろう。よって名家一族はただでさえ敬意を払われて然るべきなのに、今俺が相対しているのは名家筆頭の天風家の、長老達なのである。その長老達が強固な意志のもと何かを成そうとしているなら、俺はそれに全力で協力したい。この「協力したい」という想いが、先に身を起こすことを躊躇わせていたんだね。

 とはいえ、永遠にこうしてはいられない。どちらかが折れて、己の意思を引っ込めねばならぬのである。ならばそれは、どちらであるべきなのか? やはりどう考えても、若輩者の俺であるべきだろう。そう結論した俺は体現しうる最高の威厳でもって己の意思を引っ込め、先に身を起こした。俺はここにいる誰よりも母さんの偉大さと素晴らしさを知っているから、それくらいの意地は通させてもらわないとさ。

 さすがと言ったら傲慢だけどやはりさすが、俺の意地を長老達は十全に酌んでくれた。長老達は口々に、「かたじけない」と謝意を示してくれたのである。

 それ以降は場がくだけ、歓談の時間が訪れた。天風五家はいつでも俺を歓迎すること。歓迎しても誓いを守り、俺の意思を尊重して介入しないこと。それでも一族全員に慕われている翼姫が連れてきた男性へ、興味や嫉妬を抱く者達が出てくるのは避けられず、一族を代表し先に謝っておくこと。等々を、冗談や笑いを交えつつ話し合ったのである。容姿が二十代なため失念してしまうが長老達は全員120歳を超え、筆頭を務める功さんは平均寿命を上回る130歳とのこと。19歳で前々回の戦争に従軍し、前回の戦争にも従軍する気満々だったが、掟に阻まれ諦めるしかなかったそうだ。


「111歳以上の者はトップ55に入っていないと、長老として留守を預かるのが一族の掟でしてな。119歳にして戦闘順位57位だった儂は、駄々を大層こねたものです。今は弟夫婦と妹夫婦、息子夫婦に娘夫婦、甥に姪に孫にひ孫、そして年下の友人達。それら数多の大切な人達の冥福を、祈る日々です」


 長老達に倣い、俺も瞑目し手を合わせた。すると、言葉が自ずと出た。


「守り神の方々へ、挨拶させていただけないでしょうか」

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